民放連研究所の「民放のネット・デジタル関連ビジネス研究プロジェクト」はこのほど、2021年度の報告書を取りまとめた。本稿では、同報告書の概要について、特にネット・デジタル関連ビジネスに取り組む各委員の寄稿内容を紹介することとしたい。
「民放のネット・デジタル関連
ビジネス研究プロジェクト」の概要
民放連研究所では、放送事業者による主にインターネット、モバイルメディアを活用したデジタル関連の新規収入源や新規事業領域開拓の可能性の探索を行い、民放連会員社の検討に資することを目的として、「民放のネット・デジタル関連ビジネス研究プロジェクト」を2011年度から設置している。
本プロジェクトには、中村伊知哉・iU(情報経営イノベーション専門職大学)学長を座長に、菊池尚人・慶應義塾大学大学院特任教授を座長代理に、また、内山隆・青山学院大学教授を外部委員に迎え、テレビ社、ラジオ社の委員も参画したうえで研究を行っている。
2021年度報告書の概要 ~委員の寄稿を中心に
報告書では、はじめに中村座長がコロナ禍とウクライナ侵攻という未曾有の試練に対し、放送が主役たる役割を果たせたかと問題提起している。そのうえで、2021年のインターネット広告費がマスコミ4媒体を超えたことに触れつつ、メディア業界の構造変化を示し、放送業界がメディア全体を見通した総合的な戦略を策定することを提唱している。
続いて、菊池座長代理が「ウクライナ、放送、ナショナルミニマム~危機の30年~」とのタイトルで総論を執筆している。この30年における放送を取りまく技術環境や社会環境の変化を振り返りつつ、地上放送ネットワークの維持方策が問題となっていることを提起する。そのうえで、地上放送ネットワークを社会資本として公的に整備するとともに、「放送」を改めて定義するべき時機だと提言している。
各論では、本プロジェクトでの研究テーマに関連した内容で、委員各自が関心のある内容を寄稿している。各委員の寄稿は以下のとおり。
■海外とわが国のネット映像配信事業の概観 2021年(青山学院大学・内山隆)
2020~21年度における欧米の放送事業者等のインターネット分野での映像配信事業に関連した「民間の動向」と「政策動向」をまとめている。特に民間の動向で、2021年はハリウッド・メジャーの反撃が目に留まる。NBCUniversalを筆頭に展開される広告指標をめぐる議論や、配信市場の競争が全世界に拡大する模様など、注目に値する内容を紹介している。
■札幌テレビ放送の「STVどさんこアプリ」「STVどさんこ動画+」(札幌テレビ放送・島昌弘)
札幌テレビ放送では、デジタル展開として「STVどさんこアプリ」を番組制作、番組や事業の広報、営業企画に活用するとともに、同社の動画を集約した「STVどさんこ動画+」で収益化を行っている。デジタル展開の収益化が課題となる中、有料課金や広告配信、アプリ・動画配信サイト等の連携による新サービスなど、さまざまな可能性が示唆されている。
■民間放送のビジネスエコシステムの行方 ~CTVで考える~(TBSテレビ・薄井裕介)
昨今、注目されるConnected TV(CTV)について、米国Rokuの事例を中心に取り上げる。CTV市場の伸長はすさまじく、米国だけではなく欧州でも注目されており、テレビ広告の業界エコシステムに変化をもたらすと考えられている。放送局がオンラインサービスを提供するにあたり、ユーザー目線で新たなエコシステムを構築する必要性を訴える。
■文化放送箱根駅伝実況中継の取り組みから考えるラジオ局のデジタル戦略の可能性について(文化放送・三ツ谷建志)
文化放送の『箱根駅伝実況中継』におけるデジタル展開として、ウェブサイトリニューアルの概要や記事展開、ポッドキャストを使った展開を紹介している。ラジオ局のデジタル戦略として、ラジオのリアルタイム性や音声コンテンツの利点の「ながら聴き」という強みに、ストック型コンテンツも組み合わせることで、ビジネスを発展させる可能性を考察している。
■「日テレ系ライブ配信」が2021年秋から本格スタート(日本テレビ放送網・手柴英斗)
日本テレビは、2021年10月からTVerで「日テレ系ライブ配信(現・日テレ系リアルタイム配信)」の名称で同時配信の本格運用を開始した。2022年度以降は在京テレビ社の同時配信が本格化し、民放にとって節目の1年となるが、同社が実施する同時配信の実施番組や技術的な体制などとともに、有識者のコメントといった参考となる情報を紹介している。
■メタバース関連の取り組みについて(テレビ朝日・木山亨)
FacebookのMetaPlatformsへの社名変更や、Microsoft、Disney等の大企業の参入表明など、メタバースが注目を浴びている。今後、メタバース市場が巨大化するという見方が広がる中、テレビ朝日が取り組む「バーチャル六本木」という仮想空間を紹介しつつ、2次元から3次元のプラットフォームへの移り変わりの可能性を見据えた取り組みの強化を説いている。
■プロセスエコノミー~過程を見せて、顧客を囲い込む~(フジテレビジョン・清水俊宏)
昨今、注目が集まるプロセスエコノミーは、テレビ番組のような「完成品を売る」のではなく、「商品が完成するまでのプロセスを売る」という考え方である。ファンを巻き込んで、商品やサービスの裏側にある思いや試行錯誤の過程を可視化してビジネスにつなげるものであるが、フジテレビの取り組みも交えつつ、放送局がプロセスエコノミーに取り組む価値を示している。
■東京2020オリンピック大会でのIPリモートプロダクションの取り組み~番組制作のDXにむけて~(テレビ東京・袴田健)
コロナ禍で迎えた2021年のオリンピック。テレビ東京が番組制作のデジタルトランスフォーメーションとして、中継現場とスタジオをIPネットワークで接続して制作する「リモートプロダクション」を推進した事例を紹介している。IP技術を用いるメリットとともに、今後の放送機器のリソースシェアの可能性やクラウド利用の進展などを見通した考え方を提示している。
■デジタル領域においてラジオ放送と融合した新たなファンマーケティングの確立を目指すTOKYO FMファンコミュニティ「LisCom(リスコム)」(エフエム東京・小田紀和)
TOKYO FMのリスナーが番組やラジオの楽しみ方などでつながるファンコミュニティ「LisCom」を紹介している。LisComでは、ファン増加や聴取拡大とともに、AIビッグデータ技術を用いた番組への還元や、デジタル領域でのコミュニケーション手法の導出を目指すとともに、広告出稿効果の可視化など、マーケティングツールとしての可能性も示されている。
■「No!三密プロジェクト」におけるTOKYO MXの取り組みについて(東京メトロポリタンテレビジョン・大槻貴志)
コロナ禍での3つの密(密閉・密集・密接)、いわゆる「3密」を避ける情報を伝えるTOKYO MXの取り組みを紹介する。ローカル局ではリソース的に難しい場面がある中、元任天堂・横井軍平氏の「枯れた技術の水平思考」のように、すでに広く使用されている技術を異なる使い方をすることで、新しいサービスを生んだ取り組みは、ローカル局が生き残る方策を示唆している。
■オンラインフェスプラットフォームを活用した、放送局のイベント協力の試み(中京テレビ放送・家頭義輝)
コロナ禍でリアルイベントが開催できない中、オンライン配信が試みられたが多くの課題が残る。中京テレビがこのような課題を解決するために開発したオンラインフェスプラットフォームの事例を紹介している。若年層を対象としたイベント・商品作りや、参加者の対象を地域に縛られず全国にできることなど、イベントの新たな可能性が示されている。
■データの見える化とデータ基盤整備に向けた取り組み(関西テレビ放送・坂梨裕基)
テレビに関するデータは昨今、視聴率は特性ごとの視聴率を把握することが求められ、また、見逃し配信やウェブ関連データも重要な指標となっている。さまざまなデータを活用するために関西テレビが取り組んだ、データの「見える化」や各種データを集約するための「データ基盤」整備の事例を紹介するとともに、さらなる活用方法が模索されている。
■テレビだけでない「何か」を模索して~ローカル局のデジタル施策~(九州朝日放送・大賀真由子)
近年、ローカル局でも、若年層の視聴促進のための「SNSをからめた発信」や、番組プレゼント企画での「自社アプリの利用」など、放送だけではない「何か」を求められる機会が増えている。その「何か」に対して、加速する"ながら"視聴というキーワードを絡めつつ、九州朝日放送が取り組んだYouTube配信やウェビナー、アプリといったデジタル各施策を紹介している。
主な内容は以上だが、あわせて、研究会合で実施した在米のメディアコンサルタントであるDenise Colella氏の講演「米国における放送関連のネット・デジタル関連ビジネスとその潮流」の記録も採録している。
本稿で紹介した委員の寄稿内容は、実に多種多様である。裏を返せば、民放事業者がネット・デジタル関連ビジネスに取り組むにあたり、その射程とすべき領域は拡大・深化していることを示している。地図がない未知の地平に踏み出すのはなかなかの困難を伴うが、各社では着実に取り組みを重ねている。そのような積み重ねは、放送を起点としたメディア全体を見通した戦略を描くのに資すると考えている。本プロジェクトは2022年度も研究活動を継続する予定であり、引き続き、新規分野やテーマを積極的に研究し、放送業界全体または各社の総合的な戦略策定に資する情報・知見を提供していきたい。
また、報告書は適宜配布しているので、ご希望の場合は民放連研究所にお問い合わせいただきたい。本稿が、多くの方に報告書を手に取っていただくきっかけとなり、さまざまな方と民放のネット・デジタル関連ビジネスに関する連携や議論を行うことの一助となれば幸いである。