「寄り添う」という言葉をよく耳にする。政治しかり、警察しかり、報道しかり。では、何をすれば寄り添っていると言えるのだろう。私はその理念を何となく理解しているつもりだったが、今回の調査報道で身に染みて分かった。寄り添うとは背負うことだ。
この番組の制作を担当したのは偶然だった。元々は警察班キャップの先輩記者がご遺族から「警察の怠慢で被害者が亡くなった」という訴えを聞いたことがきっかけ。先輩記者とサブキャップだった私の2人で、複雑な事件を1年近く取材している間に、先輩が異動となってしまった。あとを託された私は突然、被害者の無念や遺族の怒りを1人で背負うことになった。
背負ったものはそれだけではない。被告らが私に向けた怨念、証言者が取材後に抱いた殺人事件への後悔。そして、問題を報じることで暗転するであろう警察官たちの人生。真実を追求すればするほどさまざまなものを背負った。一度背負うと自分の意思とは関係なしにどんどん積み上がっていく。寝ても覚めてもこの事件を考えるようになり、その重さに吐き気さえ覚えた。
それでも私が取材を続けた理由は単純だ。助けを求める市民に寄り添わなかった警察組織の責任を追及している自分が、途中で投げ出すわけにはいかない。そして、取材開始から放送までの1年半の間、遺族に寄り添うことで私自身、確信した。あの時、警察に寄り添う姿勢さえあれば、被害者の命は「すくえた」。それを、番組のタイトルにした。