入社以来、10年以上報道部で記者やディレクターを経験してきました。記者としては、これまで、行政や医療・教育を主に担当し、記者としての仕事をしながら、公共キャンペーンCMのプロデューサーやドキュメンタリードラマのディレクターなどを務めてきました。私生活では、2歳の息子を育てる母です。
この春で、社会人になって丸12年がたとうとしています。何か皆さんの参考になればと、東海テレビで過ごしてきたこれまでを振り返ってみたいと思います。
辞めたい日々
最初の1年は、とにかく毎日辞めたいと思っていました。
報道現場を志望し、1年目から報道部に配属させてもらいましたが、当時の部内の雰囲気は、私が生き残っていけるとは到底思えないほど厳しいものでした。ミスをして怒られることは当たり前。話し方、物事の報告の仕方一つから叩きこまれました。また、当時は今よりも長時間労働が普通で、突然発生する社会の事象に合わせて進む記者の仕事は、朝早くに家を出て、深夜に帰宅することがほとんど。さらに、時間に追われ、上司の怒号におびえ、自分の無力さに打ちひしがれ、楽しいとは言えませんでした。
そんなネガティブの塊のような1年目の私は、たまたま取材現場で一緒になった系列局のベテラン記者の方に、「もう辞めたいと思っています」と打ち明けました。すると、その方は、「辞めるにしても、1年はやってみたほうがいい」と、アドバイスをくれました。深夜に帰宅するタクシーの中でも、「もう辞めたいです」と運転手さんに泣きつくと、「お客さん、『石の上にも3年』ですよ」と、励ましてくれました。そして、祖母からは、「苦労は買ってでもせよ」と、諭されました。
そうして1年が経つと、2年目の春は2度目の春、緊張するような現場での取材も2度目の現場、というように、これまでは何もかも初めてだったことが、少しずつ経験に変わっていき、その経験が自分を支えてくれるようになり、その後も続けてこられたような気がします。
それと、女性の記者が周りにいなかったことも、新人時代の自分を心細くさせていた原因でした。職場での自分の未来を描けませんでした。しかし、それから10年以上が経ち、そうした思いを、昨年制作した公共キャンペーンCM「ジェンダー不平等国で生きていく。」にぶつけました。東海テレビの公共キャンペーンCMについては後述しますが、時が経ち、自分の立場が変化したり、表現者としてスキルを身に付けたりすると、どんな経験も表現という形で昇華できる仕事なんだなぁと実感しています。
脂汗をかくということ
入社4年目の教育担当記者の時代には、地元の名古屋大学の海外戦略を取材する機会があり、当時の総長にインタビューしたことがありました。そのときに総長は、「海外に出て、慣れない異国の現場で、脂汗をかく経験が、学生たちを成長させる」というような趣旨のお話をされました。ちょうど私も記者として試行錯誤を繰り返していた時期。それまで、不慣れな取材現場で日々がむしゃらに仕事をする自分に確信を持てませんでしたが、「よし、よし、今の自分でいいぞ。このやり方でいいんだ。私もいっぱいかいている脂汗って、悪いことじゃないんだ」と思えて、自分のあり方が肯定されたような、励まされるような思いがした言葉でした。若いときほど、脂汗をかいて苦労した経験が、いつのまにか血肉となって、その人の力になっていくのではないかと感じています。若くてエネルギーある時代に、がむしゃらになる経験は、いつか振り返って良かったと思える時が来ると思っています。
母になった今、思うこと
母となり、1年の産休・育休を経て、現在は時短勤務をしています。そのため、仕事のうえでさまざまな制限が出てきて、新人・若手時代と形は違いますが、試行錯誤を繰り返す毎日です。一方で、子どもは、自分を正してくれるありがたい存在です。それまでは、仕事で疲れたらソファーに倒れこむような独身時代でしたが、今は倒れこむ前に、息子にご飯を食べさせ、風呂に入れ、着替えさせ、寝かせ......と一通りの世話を終えなければなりません。早起きも当たり前になりました。それと、自分の中に母としての視点が加わったことが記者の仕事に生きています。日々の暮らしの中で感じる疑問や興味・関心が、取材のテーマのきっかけになり、取材するうえでも経験の中で感じた"実感"がモチベーションになることが多いからです。基本的に子育ては大変ですが、母になり、人生や暮らし、そして、記者としての仕事が面白くなっています。
東海テレビの公共キャンペーンCM
報道部では10年以上、私のような記者がCMを作っています。公共キャンペーンCMという枠で、社会的なテーマでCMという映像表現をしています。昨年は、ジェンダー平等について考えようと、「ジェンダー不平等国で生きていく。」というタイトルのCMを作りました。そもそものCMの出発点は、新人時代に女性が少なかった職場での私自身の経験や、母になって夫婦で家事を分担していく中で生じた経験などがもとになっています。CMを作るにあたり、私は時間的な制約もあり、一人で全てをカバーするような働き方はできないので、"チームで働く"ということを制作現場に取り入れました。CM作りは過去にも経験していますが、以前なら私1人で担っていた仕事を、今回は後輩記者2人にも任せることで負担を分散させ、さらに、私が経験してきた制作のノウハウを伝えて後輩にも主体的に動いてもらうことで、それぞれがやりがいを持ちながら取り組んでもらいました。メンバーの中には、当時2年目だった女性の後輩記者がいます。とても頼もしい存在で、彼女がいなかったらCMも完成していません。メンバーとは、濃密な制作時間を共に過ごしたので、彼女には私の母としてのリアルな生活状況や、記者としての考えなどをさらけ出しました。良くも悪くも、彼女の未来の一つとしての姿を可視化できたらいいなと思いながら。CMは、2021年日本民間放送連盟賞のCM部門で最優秀という評価をいただきました。頑張ってくれた彼女と一緒に受賞を喜べたこともとても良い思い出です。