民放連研究所では、民放事業者による主にインターネットやモバイルメディアを活用したデジタル関連の新規収入源や新規事業領域開拓の可能性やビジネスモデルの探索を行い、民放連会員社の検討に資することを目的として、「民放のネット・デジタル関連ビジネス研究プロジェクト」を2011年度から設置している。
本プロジェクトには、中村伊知哉・iU(情報経営イノベーション専門職大学)学長を座長、菊池尚人・慶應義塾大学大学院特任教授を座長代理、また、内山隆・青山学院大学教授と、株式会社インターネットイニシアティブの渡辺文崇・ネットワーク本部xSPシステムサービス部配信ビジネス課長の両名を外部委員に迎え、テレビ社、ラジオ社の委員も参画したうえで研究を行っている。
このほど、本プロジェクトの2022年度の報告書を取りまとめたので、概要を紹介したい。
2022年度報告書の概要~委員の寄稿を中心に
中村座長の巻頭言では、ChatGPTの性能を引き合いに出し、シンギュラリティの予想よりはるかに早い実現と、社会全体が大きな場面転換の最中にあると状況を分析。この場面転換で放送はどういう光を放つのか、放送分野に閉じることなく情報市場全体の中で立ち位置を考える場面だと指摘している。
続いて、菊池座長代理による総論では、「均衡なき世界、連帯なき社会と放送~増えるAI、減る人類~」とのタイトルで、現在の社会環境とメディアの役割を考察している。世界経済、民主主義、安全保障、社会構造のどれもが不安定な状況に置かれているなか、「今という時間を切り口に、私的な生活と公的な世間とをつなぎ続けるのが、変わらぬ放送の役割」と結び、放送の将来に期待を寄せている。
各論では、本プロジェクトでの研究テーマに関連した内容で、委員各自が関心のある内容を寄稿している。各委員の寄稿は以下のとおり。
■海外とわが国のネット映像配信事業の概観 2022年(青山学院大学・内山隆)
本稿は、欧米の放送事業者等のインターネット分野での映像配信事業に関連した「民間の動向」と「政策動向」を丹念に整理している。2022年度は、北米におけるSVODからFASTやAVODへのシフト、世界的なコンテンツ投資の勢いの鈍化、vMVPDを巡ってのネットワークとアフィリエートの対立の表面化、アメリカのCNN+やフランスのSalutの頓挫、新しい広告指標の導入を巡る議論など、多岐にわたるトピックスについて、豊富なデータと具体的な事例を交え、詳細に分析を加えている。
■「東京・春・音楽祭」を通じて配信プラットフォームの未来を考える(インターネットイニシアティブ・渡辺文崇氏)
上野を舞台に春の訪れを祝う国内最大級のクラシック音楽の祭典「東京・春・音楽祭」。コロナ禍により2021年から有料配信に舵を切ったが、会場セッティング、撮影、配信、料金決済、ウェブサイト構築に至るまで運営を一手に引き受けているのが株式会社インターネットイニシアティブである。本稿は、運営にあたって直面した課題やそれを解決するための工夫や仕組みを詳しく紹介している。また、こうした運営を通じて筆者が感じた現在の配信プラットフォームが抱える課題や将来展望を考察している。
■社外のニーズに応える ローカル放送局の配信委託ビジネス(札幌テレビ放送・山本 典弘氏)
自社制作番組やリソースに限りがあるローカル局にとって、ネット・デジタル分野の取り組みを強化しようにも、自社コンテンツの二次利用だけでは展望が見いだしづらい。札幌テレビ放送では、社外からの「事業委託」により、収益が伴う新たな配信コンテンツと巡り合う機会が増えており、本稿では具体的な取り組み事例を紹介している。配信受託事業は、ユーザーの課金や広告に頼らず直接収益を得られ、安定的に収益機会を拡大する一つの手段として有力であると結んでいる。
■DXによる番組制作演出 XRステージ開発:北京オリンピック放送と世界陸上(TBSテレビ・薄井裕介氏)
コロナ禍も一つの契機となり、リモートプロダクションの検討が進んでいる。TBSテレビでは制作現場でのXR技術の活用に2年前から取り組んでおり、本稿は、北京オリンピックと世界陸上の番組制作での「XRステージ」の実例を通じて、臨場感や没入感を得るための試行錯誤や工夫を紹介している。大規模イベントにおける「XRステージ」での運用が軌道に乗れば、今後は従来の番組演出だけでなく、さまざまな分野での応用の可能性も期待されるとしている。
■自社WEBシステムを起点としたラジオ局のメタデータの考え方と展望(文化放送・三ツ谷建志氏)
2021年3月に新たに構築した文化放送のウェブシステムでは、一貫したUI・UX設計や他システムとの連動性の欠如といった旧システムの課題を解消し、番組と出演者の情報のデータベース化、各ページの共通フォーマット化など、抜本的なフルリニューアルを行った。本稿は、こうしたウェブシステムの開発の根底にある考えや今後の展開について考察し、メタデータの集約と効果的な活用が今後の事業展開の可能性を拡げる一つの鍵となると分析している。
■「リアルタイム配信」の今、そしてAIを巡る最新の動きについて(日本テレビ放送網・手柴英斗氏)
2022年度は、在京民放テレビ5社のリアルタイム配信の本格運用により、先行するNHKとともに、本格的な同時配信の時代に突入した。本稿は、直近の視聴傾向を分析するとともに、外資を中心としたデジタルプラットフォームとの向き合いなど、民放事業者が抱える新たな課題についても問題提起している。また、映像編集の自動モザイク入れAIソフトウェアを例にとり、放送におけるAI活用の現状を紹介している。リアルタイム配信やAIの活用により、コンテンツや視聴者サービスの質向上につながることが期待されると結んでいる。
■テレビ朝日における自動撮影技術への取り組み(テレビ朝日・廣瀬蓉子氏)
スイッチャー・カメラなどの撮影オペレーションを自動化する「自動撮影」技術の実用化は、番組制作の省人化・効率化と増加が続くコンテンツ制作への対応に資すると期待される。本稿は、テレビ朝日で取り組んでいる自動スイッチング技術と自動追尾カメラ技術の検討状況を紹介し、実際の人間が操作するような自然なスイッチングやカメラワークの実現に向けた試行錯誤や工夫を伝えている。最終的には、これらに加えて、テロップシステムや自動ミキサーなどの技術を複合的に組み合わせた、番組制作全体としての自動システムの構築も期待されると結んでいる。
■タイムライン生活者のためのテレビ掛け算~SNS、メタバース、NFT、そして...~(フジテレビジョン・清水俊宏氏)
博報堂メディア環境研究所がSNSやトークアプリで多くの時間を過ごす生活者を指す言葉として提唱した「タイムライン生活者」。デジタルネイティブ世代が増えるなか、民放事業者がこうした価値観を持つ層をつなぎとめる魅力的な存在であり続けるために何をすべきか。本稿は、バラエティ番組『恋愛トキワ荘』の複層的展開をはじめ、テレビがSNSや最新技術と"掛け算"するフジテレビジョンの取り組み事例を紹介している。
■3DCGを活用したXRバーチャルプロダクションへの取り組み(テレビ東京・佐藤哲也氏)
本稿は、テレビ東京が大型イベントや特番で取り組んでいる、XRによるバーチャルプロダクションの取り組みを例にとり、LED背景とグリーンバックの比較、複数カメラ合成のための各手法の比較、CGコンテンツの最適化手法の比較など、技術的な課題解決のための工夫や知見を紹介している。XRを用いたバーチャルプロダクションにより、これまでにない新しい映像表現やいっそう魅力的な空間演出の実現が期待されると結んでいる。
■INNOVATION WORLD FESTAにおけるAR・XR・メタバース・NFT施策の取り組みについて(J-WAVE・村川卓朗氏)
J-WAVEが「テクノロジーと音楽で日本をイノベーション」をテーマに年1回開催している「INNOVATION WORLD FESTA」。本稿は、AR技術を用いたライブステージ、XR技術を用いたスタジオ演出、メタバースでJ-WAVE社内を再現した「J-WAVE META STUDIO」、NFTを活用したアーティスト発掘・育成プロジェクトなど、多岐にわたる最新の取り組みを紹介している。それぞれの仕組みや工夫がエンターテインメントとして非常に興味深い内容となっている。
■準天頂衛星システム「みちびき」を利用した避難者情報伝達手段の実証実験について(東京メトロポリタンテレビジョン・大槻貴志氏)
東京メトロポリタンテレビジョンが内閣府等の実証事業を受託して実施した災害時の避難者情報伝達手段の実証実験を紹介している。スマートフォンなどインターネットを利用した災害情報の伝達が普及しているなかで、放送波を利用したインターネットを経由しない情報伝達方法を模索する意義は大きい。今回の実証実験で示された、災害の全体状況だけではなく、被災者個人の被災状況や安否を放送で伝達する手法は、放送事業者による災害情報発信の一つの新しい形になる可能性を秘めていると結んでいる。
■メタバースを活用した地上波テレビ局の試み(中京テレビ放送・大島健治氏)
動画配信サービスやSNSの普及等のメディア環境が大きく変わるなか、メタバース分野に積極的に取り組む民放事業者も増えている。本稿は、中京テレビ放送が取り組んでいるメタバース分野の具体的事例を紹介している。メタバース空間においても、地上波テレビ局が番組制作を通じて培ってきた「生活者の喜怒哀楽を引き出す」企画力や演出力は大きな強みであり、「新たなつながる場の創出」を通じて、社会・地域貢献の実現や新たな収益源となる可能性があるとしている。
■XR&VRシアターによる体験プロデュース事業(関西テレビ放送・吉田一人氏)
関西テレビ放送では、社内プロジェクトとしてXR技術の活用方法を検討し、放送との連動・相乗効果、ビジネスとしての収益化を模索している。本稿は、その一例として、同社が取り組んだ展覧会イベントにおけるVRアトラクションとメタバース展開を紹介している。今後も、放送局ならではの強みを活かした「ストーリーのある映像体験」の提供を目指すとしている。
■九州朝日放送の取り組み~マネタイズへの道のり~(九州朝日放送・道岡理人氏)
九州朝日放送が取り組んでいる「アサデス。アプリ」を通じた視聴者との接点づくり、同アプリを通じた番組のライブ配信、スマホネイティブを念頭に置いたオリジナルのタテ型動画制作の取り組み、ポッドキャストのコンテンツ制作、メタバース活用に向けた検討状況――など、ネット・デジタル分野のさまざまな取り組みを紹介している。ローカル局として地域社会に寄り添うという原点を大切にしつつ、新たな分野のマネタイズに試行錯誤しながら挑戦している。
2023年2月に電通が公表した2022年度の「日本の広告費」では、テレビ・ラジオを含むマスコミ四媒体の広告費が2兆3,985億円である一方、インターネット広告費は、3兆912億円(前年比114.3%)となり、2兆円を超えた2019年からわずか3年で約1兆円増加した。
ネット活用やデジタル展開は民放事業者にとって大きなフロンティアであり、可能性は無限である。他方、そのフロンティアはグローバルプラットフォームも含む大小さまざまな事業者がしのぎを削る競争の場でもある。
本報告書の各委員の寄稿には、放送番組のリアルタイム配信に加え、リモートプロダクション、XRの活用、メタバース、NFT、タテ型動画、メタデータ活用といった多種多様な取り組みが紹介されており、新しい取り組みに挑戦しつつ、課題に直面し、試行錯誤を重ねている各社の姿が鮮明に描かれている。
本報告書が、各社のネット・デジタル関連ビジネスに関する取り組みや議論の一助となれば幸いである。報告書は民放連ウェブサイトの会員ページ(MMEMBER'S ROOM)に掲載しているので、民放連会員社の方はぜひご覧いただきたい。また、民放連会員社以外の方は、民放連研究所にお問い合わせいただきたい(kenkyu-chousa@j-ba.or.jp)。