番組制作のきっかけは2020年秋、防災番組『ネットワーク1・17』のキャスター交代に際し、前キャスターの千葉猛アナウンサー(当時)が「最後の出演で、どうしてもリスナーに伝えたいことがある」と切り出したことでした。「これは自分にしか言えないことなのだ」と言うのです。
千葉アナの仙台の実家は、2011年の東日本大震災で全壊判定を受けました。住宅自体は壊れなかったのですが、下の地盤がずれて、床にビー玉を置けば勢いよく転がるほど、完全に傾いてしまったのです。1970年代に開発されたニュータウンの一戸建て。不思議なことにすぐ隣の家は全く被害がなく、全壊判定の家はあるラインに沿って並んでいるように見えたといいます。
後になってわかったことですが、千葉アナの実家は、谷を埋めた「盛土」と山を削った「切土(きりど)」の境目に建っていました。山の高いところを削ってその土で谷を埋めると全体が平らになりますが、盛土と切土の境目や、盛土の上に建つ家は、地盤が不安定で崩れやすいので、地震で大きな被害を受ける可能性があります。最大の問題は、そこに住んでいた当事者が、地盤について何も知らされていなかったことです。「住宅を購入するときは地盤の情報をきちんと調べ、自己防衛しなければならない」と、千葉アナは最後の番組出演で力説しました。
これを聞いて私の頭に浮かんだのは、1995年の阪神・淡路大震災のことです。大阪と神戸の間には山を削って造成したニュータウンがたくさんあります。斜面災害研究の第一人者で宅地防災に詳しい京都大学防災研究所の釜井俊孝教授(当時)によると、阪神・淡路大震災では約200カ所で宅地の崩壊が起こり、その半分以上は谷を埋め立てた盛土が崩れたものでした。『ネットワーク1・17』は、阪神・淡路大震災をきっかけに生まれた番組です。2021年の放送では、阪神間の宅地造成や盛土の取材に継続的に取り組もうと決めました。
阪神・淡路大震災の地盤崩壊で最大の被害をもたらしたのは、兵庫県西宮市仁川百合野町の地すべりです。1950年代に浄水場建設のため谷を埋めた盛土が、地震で一気に崩れ住宅を押しつぶしました。土砂に埋もれた住宅から火の手が上がり、近隣住民の必死の消火・救出活動にもかかわらず、34人が亡くなりました。
高度成長期の無秩序な宅地開発で、危険な地盤の上に建てられた住宅は全国にたくさんあります。たまたま地震が少なかった高度成長期は問題が顕在化しなかったのですが、阪神・淡路大震災以降、地震が頻発するようになり、宅地崩壊の危険性が明らかになってきました。釜井教授はこれを「遅れてきた公害」と呼びます。私たちは今、高度成長期のツケを払わされているのです。
取材を始めたときには想像もできなかった災害が、2021年7月に起こりました。静岡県熱海市の土砂災害です。これは山の上に置かれた建設残土が崩れたもので、私たちが注目した「宅地の盛土崩壊」とは性質の異なるものでしたが、「盛土」という言葉が急に注目されるようになりました。今が伝えるチャンスであり、時宜にかなった取材・放送ができたと思います。
全国には5万カ所以上の大規模盛土造成地があります。国土交通省のウェブサイト「重ねるハザードマップ」で調べるか、自治体名と「大規模盛土造成地」という言葉で検索してみてください。住民が行政に掛け合って、盛土造成地の崩壊を防ぐ事前対策工事が行われた事例も、番組の中で紹介しました。住宅の耐震性だけでなく「宅地の耐震性」に目を向けよと、阪神・淡路大震災や東日本大震災が私たちに教えてくれます。