「レコードを一番いい音で再生するのがこのプレーヤーです」と、昭和50年代によく見かけた小さなポータブル・プレーヤーのケースを開き、ターンテーブルに次から次へとレコード盤をのせていく「本と雑貨と音楽の店 黒猫」店主の田口史人(ふみひと)さん。昭和の歌謡曲から商店街の祭り唄、さらには、大事件の中継音声、サル山のボス争いを伝えるローカルニュースまで毎回テーマに沿って、田口さんが自身の膨大なレコードコレクションから抽出したさまざまな音源をかけながら、音源制作のいきさつや時代背景を語るイベント、その名も「レコード寄席」が長野県伊那市で開催されている。
「黒猫」が店舗を構える「通り町商店街」。近年は経営者の高齢化や後継者難などでシャッターを下ろしたままの店舗が目立つこの商店街に暮らす知人から、「面白い人が移住してきた」と伝え聞いたのが2年前のことだった。かつて呉服店が営まれていた空き店舗に5万枚のレコードとともに東京からやってきたのが、高円寺駅前で「円盤」というレコード・CD店を経営する傍ら、専門誌にも寄稿する音楽ライター・編集者の田口さん、その人だった。新型コロナ禍で、新たな拠点を探す道程で「伊那市が気に入った」という田口さんと南信州の地で縁が生まれるとは人生、不思議なものである。
「レコード寄席」でもたびたび取り上げられるのが「校長先生の話」である。昭和30年代後半から全国の学校で教材として作られたものや、卒業記念に先生から生徒に送られたあいさつを収録したものなど......。それは映像での記録がまだ一般的でなかった時代の「声のアルバム」であり、そのレコードのひと溝ひと溝には、戦争も含めさまざまな体験を経た先生の人生が刻まれ、大切な教え子に送る愛情溢れる珠玉の言葉が収録されている。
こうしたレコードは、卒業生や家族などごく限られた人々に配られたものであり、ビデオ画像やデジタルでの記録が主流となる中で廃棄され、リサイクルショップの片隅で埃をかぶる存在となっていたが、田口さんは全国を巡り、こうしたレコードを集めている。一枚一枚丹念に耳を傾け、ゆかりの人々にも取材し『校長先生の話』という本も自費出版している。この本の中で田口さんは「レコードに収録されている昭和後期の言葉たちから伝わってくる背景や態度には、現在、我々が生きている社会の特徴や問題の根幹にかかわる何かが横たわっているはず」と綴っている。
田口さんが「寄席」で紹介する全国各地の校長先生の「声」は、ラジオとレコードで少年時代を過ごした私にとって大いに感性を揺さぶられるものであった。加えて「問題の根幹を伝える」ことがラジオの役割と信じて番組を作り続けてきた人間として、新型コロナ禍でリモートが日常化し、SNS全盛とされる今こそ「先生の言葉」を伝えるラジオを世に送り出したいと考えてこの番組を企画した。
番組の制作はレコード・プレーヤーを使った経験がないという、若い生田明子ディレクターに託したが、アナウンサーとしても豊かな経験を重ね、「ラジオに育てられた」と感謝の想いを持つ彼女が、田口さんと、そして子どもたちへの言葉をレコードという形で残した先生方と時空を超えて情熱を共有できたことで、普遍性を持つメッセージを伝える番組として具現化されたと思う。この場を借りて心からの感謝を伝えたい。
「考え、哲学する、そして自分自身の足で歩く」「過去には感謝を。現代には信頼を。未来には希望を」――田口さんが集めた校長先生の言葉の数々がこの最優秀受賞により、さらに多くの人々に明日を生きる力を、私たちラジオマンにも勇気を与えてくれると期待している。