【「地方の時代」映像祭2022グランプリ】静岡放送 『SBSスペシャル 熱海土石流 -なぜ盛り土崩落は防げなかったのか-』 遺族の"なぜ"に応えるため取材

和田 啓
【「地方の時代」映像祭2022グランプリ】静岡放送 『SBSスペシャル 熱海土石流 -なぜ盛り土崩落は防げなかったのか-』 遺族の"なぜ"に応えるため取材

「人災になりますよ、あれは。今手を打たなければ」。2014年に録音された音声は、まさにこの災害を"予言"していた。

2021年7月3日、降り続いた雨で何かが起こるかもしれないと私は県庁の記者クラブに詰めていた。静岡県内では冠水や橋げたが崩れるなどの被害が確認されていた中、昼前に届いたSNSの動画に衝撃を受けた。流れ下れる大量の土砂によって民家が飲み込まれる映像だった。死者27人(関連死含む)、いまだに1人が行方不明。熱海市で起きた未曽有の土石流は当初、大雨によってもたらされた自然災害とみられていた。だが、その起点にあったのは人工的に造られた盛り土。町を襲った大量の土砂の正体だ。「なぜ家族が死ななければいけなかったのか、それがわからなければ前に進めません」。遺族の"なぜ"に応えるための取材が始まった。

資料をたどり、盛り土造成の申請者に取材

盛り土造成の背景を探る取材は、造成の申請から崩落までの約15年間、8,000枚にも及ぶ公文書を読み解くことから始まった。業者名や個人名はすべて黒塗り。前後関係や当時の関係者の証言から、一つひとつ登場人物を解き明かす作業はパズルのようだった。何の映像素材も発生しない地道な作業の末に徐々にピースが埋まってくると、造成当時の土地所有者A氏が経緯の中心にいること、そして本人に話を聞く必要性が鮮明に浮かび上がった。

神奈川県小田原市の不動産会社で代表を務めるA氏は盛り土造成の申請者であり、再三の行政指導にも従ってこなかった。建設残土などを捨てたずさんな工事の本丸とされ、各メディアが接触を試みようとしていた。本人は当初、各地を転々とする生活を送っており、警戒心も強く、話を聞くどころか姿を捉えるのも難しい状況だった。私は取材を重ねることで直接本人とやり取りをする機会を得て、電話インタビューに成功。だが、大変だったのはそこからだった。

電話インタビューの使用許可をめぐり、弁護士を交えて面会をしたいとの申し出があった。私が単身で待ち合わせ場所の弁護士事務所に入ると、独特のオーラを放つA氏とサングラスをかけるなどした強面の部下たち、さらに弁護士3人が出迎えた。正直、「怖い」の一言に尽きる。完全アウェーの中、雰囲気にのまれないように毅然とした態度とはっきりした口調で取材の意図を説明した。人生で経験のない緊張感と冷や汗、若干の震えは隠せなかったが、何とか了解を取り付けることができた。

さらに2カ月かけてA氏と交渉を進めた結果、メディアで初めてカメラの前での単独インタビューにこぎつけた。そこで語られたのは、バブル崩壊後の地価の下落などをきっかけに、風光明媚な熱海市の土地開発に乗り出そうとしていた実態だった。「世界の熱海よ。ロマンチック別荘地を作ろうと僕は考えた。不動産業者にとってはドル箱だよ」。開発の名のもと、観光地・熱海が残土ビジネスの呼び水となっていたことが浮かび上がったのだ。

民放連 熱海土石流②.jpg

<崩壊した盛り土

行政も機能せず

この違法な盛り土造成を唯一現場で食い止められたはずの行政は機能していなかった。直接A氏と対峙していた熱海市は、防災対策の項目が未記入のまま工事の届け出を受理。ずさんな工事を事実上、許したことになる。さらに、強制力のある措置命令を出さず、"お願いベース"の行政指導にとどまった。

発災後、職員OB関係者には市からかん口令が敷かれ、当時を知る人は堅く口を閉ざし、熱海市長は個別インタビューに応じないという徹底ぶりだった。すでに裁判で訴えられることを見越した保身の対応ともとれた。

熱海市と連携するはずの県も傍観者に成り下がった。発災の7年前、A氏のもとで働いていた男性が盛り土の危険性を県に報告していた。「これで大災害が起きたら、耳を貸さなかった行政の怠慢による人災と言わざるを得ません」。必死の訴えは届かず、悲劇は起きた。数年で異動する公務員の雰囲気として"自分がいる間に何もなければいい" "面倒なことに関わりたくない"といった体質が垣間見えた。

地域にいかに本気で向き合うか

この番組は「地方の時代」映像祭にて「調査報道のお手本」との評価を受けた。だが、本来はこの災害が起きる前に異変に気付き、問題点を指摘し、警鐘を鳴らすことが、あるべき調査報道の姿だと思う。往々にして災害が起きてから気を吐くメディア業界だが、今回のケースで言えば盛り土の造成から数えて15年間、問題を放置し続けていたのは行政だけでなくわれわれメディアも同じことではないだろうか。

調査報道は、地域を見つめるミクロな視点とそこに普遍性を見出すマクロな視点が根幹にある。それを得意とするのは、日々地域の小さなニュースを伝え続け、地域に暮らす人々を映し出し、地域の変化を見つめているローカル局なのかもしれない。報道やテレビの役割そのものが問われているこの時代、地域にいかに本気で向き合うかが試されているように思う。

盛り土崩落の背景が明らかになっても、誰一人責任を認めていない。その現実が今も被災者の心をえぐり続けている。災害、それを報道する私たちの役割はまだ終わっていない。

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