熊本放送・松田望さん 『ななまるテレビ「今日、解決はしないけど。」』 視聴者とともに考える 【制作ノートから】①

松田 望
熊本放送・松田望さん 『ななまるテレビ「今日、解決はしないけど。」』 視聴者とともに考える 【制作ノートから】①

民放onlineは、新しいシリーズ企画として「制作ノートから」をスタートします。全国の番組制作者にご自身が担当した番組をめぐるエピソードを紹介いただきます。作り手の思いに触れ、番組の魅力を違った角度から楽しむ一助にしていただければ何よりです。

第1回は熊本放送の松田望さん。2024年1月に放送したRKKななまるテレビ『今日、解決はしないけど。―熊本で生きるわたしたちのテレビ―』についてご執筆いただきました。(編集広報部)


複雑化、多様化する社会の流れにいまいちついていけていないのは私自身。だから、一緒に考えたいと思いました。

2023年に熊本放送(RKK)が開局70年を迎えるにあたり、未来の新たなレギュラー番組を模索するプロジェクトとして立ち上げられたのが『ななまるテレビ』です。2023年5月、テレビ制作部を中心に企画募集があり、採用された2本を実際に制作することになりました。その時私が出した企画が「今日、解決はしないけど。」というトーク番組で、2024年1月に放送しました。

RKKななまるテレビ『今日、解決はしないけど。―熊本で生きるわたしたちのテレビ―』
複雑化・多様化する社会の流れの中で、実はついていけていないことや、腑に落ちていないこと...。そんなもやもやについて、RKKアナウンサーの田名網駿一と糸永有希が、ゲストと「これまで思っていたけど言えなかったこと」を本音で話す番組。今回のテーマ①生理について考える②ジェネレーションギャップから働きやすさを考える。

企画の段階から決めていたのは、番組側が答えを出さないということと、熊本の放送局だからといって「熊本ならでは」にこだわらないということでした。

答えを出さない意味

タイトルの「解決しないけど」には、「この番組ぐらいで解決する問題じゃないんですけど」という意味と、もう一つ「答えを出さない」という意味を込めています。

現在、私はバラエティとドキュメンタリーを担当していますが、ここ数年は部署を異動することがあり、記者として夕方のワイド番組の特集を作る機会などもありました。その中でずっと考えていたことが、何かの問題を取り上げるときに「テレビは最後に答えを出さなければいけないのか」ということでした。問題提起をして具体例を出して、最後に答えとして良い取り組みを紹介し完結する――、そのやり方しかないんだろうか......。そういう思いがあったので、一度「解決しない」番組を作ってみることにしました。

収録の際にはこのコンセプトをアナウンサー2人と進行役の人形(役)と共有し、トークは本音で活発に行うようにしながらも、話が一つの方向にまとまらないよう気をつけました。うまくいったのかわからないと思っていましたが、これまで作ってきた番組とは違うと感じたのが、放送後に社内外から寄せられた感想でした。番組で扱った「生理」と「働き方」、どちらのテーマについても、感想というより「自分はこう思った」「家族や友人、同僚と話をした」と熱い意見を伝えてくれる方が多く、何か解決できたわけではありませんが、話したり考えたりするきっかけを作れたのではないかと感じました。「きっかけを作る」というのは聞き慣れた言葉ですが、実際に「きっかけになった」と感じたのは初めてのことで、一気に問題の答えまで提示してしまうのではなく、一段目、一歩目だけを丁寧に作るのも、問題を少しだけ前に動かす一つの方法かもしれないと思いました。

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<スタジオでのトークの模様>

ローカル番組で普遍的なテーマを

トークテーマについては、田名網アナと糸永アナ、入社4年目の堀田ディレクターと4人でミーティングを重ねて決定しました。決まったテーマは「生理」と「働きやすさ」。どちらも「熊本だから」というものではないですし、通常、企画を出したときにたずねられる「なぜ、今、熊本でこれをやるのか」という条件からも外れています。しかし、どちらも自分たちに関係あることなのだから、中央に任せるのではなく、熊本の視聴者に向けて自分たちで等身大に伝えることはできないかと思いました。

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<番組の進行役は郷土玩具をモチーフにした人形>

ミーティングを重ねるうちに出てきた、田名網アナが家族の代わりに生理用品を買いに行った時のエピソードや、アナウンサー2人が30代としてハラスメントやコンプライアンスなどを意識し後輩と接する難しさを感じていること、人と深く関わらない方がいいのではないかとさえ思っていることなど本音を丁寧に集め、収録で話をしてもらいました。熊本の視聴者にとっては、普段見ている2人が具体的なエピソードや本音を話すことで、より見やすく、テーマを身近に感じてもらうことができるのではないかと思ったからです。

こういったテーマを扱う時、アナウンサーは「いい子」の立場になりがちですが、2人には今回はそれはいらないと伝えました。田名網アナと糸永アナを選んだ理由は2人が常々「自分の言葉」で話そう伝えようとする人だと感じていたからで、実際に2人は背伸びすることなく等身大の言葉でゲストと話してくれて、そのことが今回の番組をより見ごたえのあるものにしてくれたと感じています。オンエア中からたくさんの反響をいただき、放送後に色々な方から「面白い」「民放にこそ、こういう番組をやってほしかった」という感想をいただけたことはうれしい出来事でした。

生理痛体験をする田名網アナウンサー.jpg

<生理痛体験をする田名網アナ㊨>

「自身が知ろうとする姿」を公開

もう一つ、企画段階から考えていたことがありました。それは、伝え方です。SDGs、多様性......など、変化していく社会の新たな常識について伝える時、私自身を含めたテレビが、いつの間にか"わかっている顔"をしていることが、なんだか嫌で違和感を持っていました。なぜなら私自身が、時代の流れにうまくついていけず、いまいち腑に落ちていないことがたくさんあったからです。だから「SDGsを実現するのは当然のことだ」「多様性を認めあうのは当然のことだ」というスタンスで伝えられても、なかなか入ってこなかったのだと思います。

そこで、今回の番組を制作するにあたって考えたのは、RKK自身の姿をもっと県民の皆さんに見せてみてはどうかということです。「RKKも全部わかっているわけじゃない。だから一緒に考えたい」。そのスタンスを視聴者の皆さんに伝え、そこを入口にする。私たちはRKKで働く人たちに呼びかけ、会社の研修として「生理痛体験研修」を実施し、その様子を番組中のVTRにして県民の皆さんに見ていただくことにしました。番組では、社長をはじめ、ベテランアナウンサーなどが生理痛の疑似体験をする様子や、体験後の従業員同士の意見交換、生理についてどうコミュニケーションをとっていいのか戸惑う上司の姿なども放送しました。その部分については「RKKの社員が体験しているところが面白かった」「かたいテーマなのに見やすかった」という意見が寄せられ、自分たち自身が知る過程、考える過程を見てもらえたことで、"説教くさく"伝わることを避けられたのかもしれないと感じました。

生理について話してみる社員たち.jpg

<生理について意見交換する社員たち>

1,000件以上のコメント

後日、番組で放送した「生理痛体験研修」の部分を「TBS NEWS DIG powered by JNN」の記事にして展開したところ、連動しているYahoo!ニュースで急激にアクセスが伸び、最高2位にランクイン、1,000件以上のコメントが寄せられました。

記事化については「生理痛体験研修」を実施した時から考えていました。生理痛体験研修は当然ですが有料なので、どの会社でも実施できるわけではありません。番組で短く切り取って一度放送するだけよりも、読み物として残すことで(熊本の)皆さんの参考にしてもらうのがよいと思い記事にしました。アクセス数が伸びて全国の皆さんが意見を寄せてくださったことは全く予想外の出来事でしたが、結果としてさまざまな意見に触れることができ、参考になりました。

等身大の番組づくりを

この番組がレギュラー化されるかは決まっていませんし、RKKの現在のマンパワーや番組の内容から考えて、毎週放送するのは難しいと思います。ほかのレギュラー番組を考慮すると、毎月でも難しいと思いますが、半年に1回でも年に1回でも、続けていけたらと思っています。番組単体ではなくプロジェクトとして、時にはレギュラー番組の中で「解決しない」短いVTRを放送したり、ラジオ版をやってみたり、ウェブで意見を集められる場を作ってもいいのかもしれません。

変化の激しいこの時代に生きていくことに、私自分も、きっとRKKも、熊本県民も戸惑っている。だからこそ、一緒に考えていけたらと思っています。そして、そのような場を提供することは、ローカル局の存在意義の一つなのではないかとも感じています。

このたび、貴重な機会を得られたことに感謝し、これからも楽しく、等身大であることを大切に番組づくりに取り組んでいきたいと思います。

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