傑作ぞろいの春クールとNetflixドラマの台頭

成馬 零一
傑作ぞろいの春クールとNetflixドラマの台頭

2023年春クールのドラマは傑作ぞろいだったが、最後まで夢中で観ていたのが、岡田惠和が脚本を担当した『日曜の夜ぐらいは...』だ。

朝日放送テレビ制作の新設枠

本作はテレビ朝日が新設した朝日放送テレビ制作ドラマを放送するドラマ枠(日曜22時)の第一作。

車椅子生活の母親と暮らしながらファミレスでアルバイトする岸田サチ(清野菜名)、恋人の名前をタトゥーとして彫ったことで勘当された元ヤンでタクシードライバーの野田翔子(岸井ゆきの)、祖母と暮らしながらちくわぶ工場で働く樋口若葉(生見愛瑠)の三人はラジオ番組が主催するバスツアーで知り合い、楽しい時間を過ごす。連絡先を交換せずに三人は別れるが、当たったら山分けしようと言って買った宝くじにサチが当選して3,000万円の賞金を獲得したことをきっかけに三人は再会。賞金を山分けした三人はお互いに連絡を取り合うようになり、やがて共同でカフェを開こうと決心する。

生活に余裕がないサチたち三人の苦しい日常を描いた第1話を観た時は、岡田惠和が1999年に手掛けた20代後半の女性・三人が主人公のドラマ『彼女たちの時代』(フジテレビ系)のようなシリアス一辺倒の作品になるかと思ったが、第2話で宝くじの当選という奇跡が起きて以降は、楽しい物語へと大転換する。

しかし、本作には不穏な気配が常に漂っている。子どものお金にたかろうとするサチの父親と若葉の母親、遺産相続を放棄させ家とのつながりを断とうとする翔子の兄といった家族の描写は、優しい世界を描いているからこそ、苦しい現実が際立っていた。

最終的にカフェ経営は成功し、一応のハッピーエンドを迎えるのだが、宝くじの当選という奇跡によってしかサチたち三人のような女性が苦境から逃れられないことに本作は自覚的だ。だからこそ第7話で「でもさぁ。正直言うと時々思うんだ。金かぁ、結局はって」「お金を手に入れたから幸せなのかって」「まぁそうなんだけど」「そのとおりなんだけど」「なんか...悔しい気もするけど」と、サチに言わせたのだろう。

岡田惠和のオリジナルドラマが第一作となったテレビ朝日の新設枠だったが、次回作は野島伸司脚本の『何曜日に生まれたの』が放送されることが決定している。

このまま実力のあるベテラン脚本家によるオリジナルドラマが続いていけば、日本のテレビドラマにとって貴重なドラマ枠となっていくのではないかと期待している。

良質な青春ドラマ

日本テレビでは、日曜22時30分から放送されていた『だが、情熱はある』が面白かった。
本作はオードリーの若林正恭(髙橋海人)と南海キャンディーズの山里亮太(森本慎太郎)が主人公のお笑い芸人の物語だ。

二人が組んでいた漫才コンビ「たりないふたり」がコロナ禍に行った解散無人配信ライブから本作は始まり、その後、二人の過去を振り返る青春譚となっていく。
実在するお笑い芸人のエッセイを元にした作りはとてもコンセプチュアルで、若林や山里を完コピした出演俳優の演技や劇中で行われる漫才の再現度の高さに注目が集まったが、若林や山里と同じ世代(70年代後半生まれ)の筆者にとっては、他人事とは思えない、普遍的な青春ドラマに仕上がっていた。

テレビ東京のドラマ24(金曜24時12分)枠で放送された『シガテラ』も良質の青春ドラマだった。

本作は2003~05年に『週刊ヤングマガジン』(講談社)で連載された古谷実の同名漫画をドラマ化したものだ。高校でいじめられていた少年・荻野優介(醍醐虎汰朗)がバイクの教習所で知り合った南雲ゆみ(関水渚)と付き合うことで成長していく様子は、少しエッチなラブコメといった感じだが、同時進行で荻野の親友で一緒にいじめられていた高井貴男(丈太郎)と、二人をいじめていた谷脇(長谷川慎)の転落劇を描くことで、青春の光と影を見事に描ききっていた。自意識過剰で自己肯定感の低い少年の成熟を描ききった青春ドラマの傑作である。

今の時代をとらえた作品群

映像表現では、フジテレビの木曜劇場(木曜22時)で放送された『あなたがしてくれなくても』に引き込まれた。本作はセックスレスの二組の夫婦の物語。夫の陽一(永山瑛太)とセックスレスだった吉野みち(奈緒)は、同僚の新名誠(岩田剛典)が妻の楓(田中みな実)とセックスレスであることを知り、同じ悩みを抱える戦友として意気投合していく。セックスレスを題材にしたドラマでありながら、劇中にはなんとも言えない色気が漂っており、永山瑛太を筆頭とする俳優陣の曖昧な感情の機微を表現する芝居と作り込まれたカット割りが印象に残る、見応えのある映像作品だった。

TBSテレビでは日曜劇場(日曜21時)で放送された『ラストマン-全盲の捜査官-』が面白かった。

全盲のFBI捜査官・皆実広見(福山雅治)と強すぎる正義感ゆえに警察組織で孤立していた刑事・護道心太朗(大泉洋)のバディが事件を解決していく姿は最先端の刑事ドラマとして見応えのあるものとなっていた。福山雅治と大泉洋の軽妙な掛け合いも楽しく、脚本を担当した黒岩勉の芸達者ぶりが光るドラマだったが、何より惹かれたのは犯罪の描き方。「無敵の人」「親ガチャ」といった現代的な言葉を、ただ物語のネタとして使うだけではなく、その背後にある現代社会の闇にしっかりと踏み込んだ力作となっていた。

NHKで意欲作だったのが『藤子・F・不二雄 SF短編ドラマ』だ。本作はBSプレミアム、BS4Kで先行放送され、のちに夜ドラ枠(月〜金、22時45分)でも8話まで放送された。

内容は1話完結(一部、前後編あり)の、SF(すこし不思議)な物語となっており、映画『溺れるナイフ』の山戸結希、『サマーフィルムにのって』の松本壮史、『ザ・ファブル』の江口カンといった映画監督が脚本、演出を担当している。1話の尺は15分と短いが、この尺だからこそ、原作短編の切れ味の良さがうまく反映されている。原作のストックはまだまだ多いので、今後は『世にも奇妙な物語』(フジテレビ系)を、先鋭化したような短編ドラマ枠として定着していくのではないかと思う。

NHK BSプレミアム、BS4Kのドラマでは日曜22時枠で放送された『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』が鮮烈だった。作家の岸田奈美の自伝的エッセイをドラマ化した本作は、岸本七実(河合優実)を中心とする岸本家の家族の日常を面白おかしく描いた物語。父親は心筋梗塞で亡くなり、母親は大動脈乖離の後遺症で車椅子生活。弟はダウン症で祖母には物忘れの気がある。そんな家族と七実の日常を、明るくポップな語り口で描いた本作は新しい時代のホームドラマだった。

Netflixドラマの台頭と坂元裕二

最後に触れておきたいのが、Netflixドラマの大躍進である。

『全裸監督』を筆頭に、国産Netflixドラマの傑作はこれまでにも多数作られてきたが、今年は5月4日に大相撲の世界を描いた江口カン監督の『サンクチュアリ -聖域-』。6月1日に『コード・ブルー』シリーズで知られる元フジテレビのプロデューサー・増本淳が企画・脚本・プロデュースを担当した2011年3月11日に起きた福島第一原発の事故を題材にした『THE DAYS』、そして6月22日には、TBSの制作で宮藤官九郎と大石静が共同脚本を担当した三世政治家と国民的人気女優の夫婦が離婚するまでを描いたドラマ『離婚しようよ』が配信され、どの作品も大きく注目された。

また、『カルテット』(TBS系)等のテレビドラマで知られている坂元裕二が脚本を担当した是枝裕和監督の映画『怪物』がカンヌ国際映画祭で脚本賞とクィア・パルム賞を受賞したことも大きな話題となった。1987年に第1回「フジテレビヤングシナリオ大賞」で大賞を受賞して以降、多くのドラマ脚本を執筆してきた坂元裕二は、テレビドラマが生んだ才能と言って間違いなく、彼の才能が世界で認められたことは日本のテレビドラマの一つの達成だと言えよう。そして6月29日には、坂元がNetflixと5年契約を締結し、新作ドラマシリーズや映画を複数製作し、独占配信することが発表された。

すでに坂元脚本の映画『クレイジークルーズ』が配信されることが決定しているが、今後、坂元裕二や宮藤官九郎といったテレビドラマで活躍する脚本家の作品がNetflixを通して、世界的人気を獲得していくことは間違いないだろう。

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