【新放送人に向けて2023① 虫明洋一・毎日放送代表取締役社長】作り手としての「こころ」忘れずに

虫明 洋一
【新放送人に向けて2023① 虫明洋一・毎日放送代表取締役社長】作り手としての「こころ」忘れずに

2023年の春、放送業界に新たに仲間入りする新放送人に向けて、経営者や先輩たちからのメッセージなどを連続企画でお届けします。1回目は新放送人への期待やアドバイスを、毎日放送の虫明社長にご自身の経験を踏まえて寄稿いただきました。(編集広報部)


「放送人」に仲間入りしてくれた皆さん、入社おめでとう。また、就職を控えて放送業界を検討してくれている皆さん、ありがとうございます。民放連のメンバーの一人として、この世界のやりがいやワクワク感を本稿で少しでも感じてもらえれば幸いです。 

さまざまなスケールの放送会社が全国各地にありますので、大阪に本拠を置くテレビ会社の一人の先輩の体験談として読んでください。とはいえ、この業界全体の現状と将来像につながる部分も少なくないとも思っています。

私は1985年に入社。スポーツに明け暮れていた学生がなんとなくスポーツ・ドキュメンタリーを作ってみたいという軽い動機でした。それから40年近くを振り返ると、志望の職場に携われたのはたった6年。営業・報道といった現場から人事・経理の管理畑まで転々として今に至ります。希望していない異動ばかりと嘆くことが多かったものの、「苦しかったり、悔しかったことも多かったけど、幸せだったなあ、面白かったなあ。」が今の偽らざる心境です。高校ラグビーとの出会い、阪神日本一のビールかけ、バブルに沸きあがる営業、関西空港開港、情報の重みと怖さを知った阪神・淡路大震災、イチローが牽引したオリックス日本一、退職年金制度改革、ラジオの苦闘、テレビの曲がり角......、いろんなことに現場で直接向き合ってきました。若い頃の不摂生がたたって40歳手前で大病にかかり、骨髄移植で血液型が変わるという稀有な経験も。それ以降は「どうせなら言いたいこと言おう。それでダメなら仕方ない。」と開き直って生きてきた気がします。

順風満帆からはほど遠い人生です。数え切れない失敗のうち、入社2年目のものを紹介させて下さい。プロ野球デイゲーム中継のディレクター編です。南海ホークス対ロッテオリオンズ、放送枠はプレイボール1時間後からの2時間でした。序盤に点を取り合って枠入り後は両チームとも三者凡退の山、あっという間に放送枠を1時間残してゲームセット。周囲のアドバイスを素直に聞いて現場か本社で試合をまるまる録画しておけばしのげたものを、手間を惜しんだ報いです。延ばしに延ばしたヒーローインタビューも15分が限界、無人のスタンドを前に放送席で試合をふり返るも得点シーンは1分ちょっとしかありません、CMも全て送出してしまい完全にお手上げ、ディレクター失格です。残り30分になって、先輩の怒声とともにマスターからフィラーが送出されました。放送事故以外では考えられない事態です。OAモニターでは、一羽のコンドルが雄大な山脈を悠々と飛んでいました。若さゆえ制作力や知識が不足していることは仕方ありませんが、妙な楽観論や過信が引き起こした失敗は許されませんよね。いまだに夢見るボーンヘッドの一つです。

どんな世界でも収支感覚は欠かせない

クリエイトサポート局(人事・総務の担当局)に「再雇用まで含めると65歳まで働いてもらう時代なんだから、30歳までに個々の適性を見極められたらいい。それまではジョブローテーションさせて、若手と会社との間でさまざまな業務をマッチングしよう。」と言っているのも、自分の経験から。若いうちから収支をきちんと意識できる人はほとんどいないのが当たり前ですから、金を稼ぐ部署と金を使う部署の両方を経験させることが大切だと確信しています。それに、たった一度の人生、いろんなことをやったほうが楽しいでしょ。もちろん、定年まで勤めあげることを皆が良しとしたのは昔の話。当社にも入社数年で転職する社員はいますが、どんな世界で働くにしても収支感覚は欠かせません。

「入ったばかりの社員に対して何てことを」「わが社で夢をかなえようとか言って採用しながら手の平返すのか」とか言う人がいるかもしれません。こうした声への言い訳に聞こえるかもしれませんが、昨年の採用ウェブサイト書いた僕のメッセージを掲載しておきます。

ちなみに、この年の採用キャッチコピーは『推しを、お仕事に』でした。

今回は「推し」をメインテーマにキャッチボールを繰り返すことで、
個々の魅力を伝えてもらう、感じさせてもらうことにしました。
あなたの「推し」をキーワードに自分自身をPRしまくってください。 

入社後は「推しを、お仕事に」だけとは限りませんよ。
ある時は会社からあなたへの「推し」もあるでしょう。
入社時には興味がなかった分野で、生き生きと活躍している先輩はたくさんいますから。
また、「推し」と仕事の両立も理想的ですよね。
プライベートと会社をきちんと両立することも大切ですから。
キャッチボールを始める前に、互いの夢を確認しあっておきませんか。

僕の夢は、MBSテレビを1番にすること。
売上・利益、視聴率、配信数から、
制度ややりがいに裏打ちされた働きがいのある職場の実現、
地域や株主からの信頼、全てにおいて。
さあ、あなたの夢はなんですか?
・世間をあっと言わせるコンテンツを作りたい。
・顧客と丁々発止のビジネス展開をしたい。
・世界のできごとを、世界の人々に伝えたい。
・ITの知識で旧来のシステムを根本から書き換えたい。
・会社勤めのなかでも自己実現できる成長を求めたい。
・家庭と仕事を両立させたい。

我々があっと驚くような「夢」と「推し」を心から待っています。

動画をライブで届けられるメディアがテレビだけだった時代は遥か昔、厳しい時代になったことは事実ですが、放送人として悲観する必要はありません。ここに列挙した「夢」を実現する舞台は全国各地の放送会社に備わっています。われわれを窮地に追い込んでいるさまざまな技術は皆に等しく開放されているのですから、それを使わない手はありません。いま胸にある情熱をもって将来を一緒に切り開きましょう。

「受け手」―もはや視聴者だけではない

最後に、毎日放送の23年度の全社ミッションを紹介させて下さい。各局の年度目標を定めるにあたって、社長である僕が局長を介して全社に示すものです。

1.受け手のためのものづくり
2.10年後を見据えた変化のスタート
3.公正な評価

2.は、バブル期の大量採用のため50歳代が極めて多い年齢構成となっており、10年後には社員数が15%減ってしまうという現実を受け、今から業務範囲や働き方などを再構築していく決意。3.は、恵まれた収益構造のもとで続いてきた、年功制に近い賃金制度から最近ようやく決別したことの裏返しです。ともに当社の事情ですが、似たような問題を抱える会社は少なくないかもしれません。

1.こそが、若い放送人や放送業界を目指してくれる皆さんに最も訴えたいことです。「受け手」――もはや視聴者だけではありません。われわれが届けるものは番組、動画、イベント、映画、情報など無限です。それらを、テレビ、デバイス、リアルな現場で受け止めてもらう時代です。視聴者を含む幅広い「受け手」が、楽しいと思ってくれるか、共感してくれるか、感動してくれるか、この原点に戻りましょうということ。「ものづくり」――「モノ」や「物」でなく「もの」としたのは、作り手としての「こころ」を忘れてほしくないというメッセージです。

あらゆる放送会社が企業永続のための努力を続けています。そこに飛び込んでくれた君、これから飛び込もうとしているあなた、「受け手」のことを一番に据えて「ものづくり」に努めましょう。何せ、日本中どこからでも世界に向けて、何万人どころか何億人に対して、瞬時に「もの」を届けることができる時代になっているのですから。

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<筆者と同社キャラクター「らいよんチャン」の人形。車は「らいよん号」

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<MBS社屋


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