2023年民放連賞 テレビグランプリ受賞のことば テレビ静岡 『テレビ静岡55周年記念「イーちゃんの白い杖」特別編』

橋本 真理子
2023年民放連賞 テレビグランプリ受賞のことば テレビ静岡 『テレビ静岡55周年記念「イーちゃんの白い杖」特別編』

2023年11月7日、民放大会でグランプリ受賞が決定した瞬間、番組の主人公・イーちゃんこと小長谷唯織(こながや・いおり)さんの家族と過ごした25年が走馬灯のようによみがえりました。

全盲の姉と重度障がいの弟。互いの顔を見たことがない姉と弟。どんな過酷な人生が待っているのか、この社会にある課題を一緒に見つめ、一緒に解決していきたいと追い続けました。それは、取材する私たちがイーちゃん家族に励まされ、支えてもらった25年でもありました。

取材する側とされる側。この立場を超えて知らぬ間に支え合っている。「これが真の共生なんだ」と気づいた時、イーちゃん家族からもらった元気・勇気をありのまま伝えようと決めました。審査員の皆さまから「社会的意義とエンターテインメントが高度に融合している番組」「イーちゃんを古くからの友人のように、家族のように感じている自分に気づいた」との講評をいただき、イーちゃん家族の生きざまを自分事のように感じてもらうという目標が間違いではなかったと実感できました。まさにイーちゃんとともにテレビマンとして成長させていただいた25年でした。

イーちゃんの白い杖②(唯織&橋本監督).jpg

<イーちゃんと筆者>

◇ ◇ ◇

番組主人公イーちゃんと2歳年下の弟・息吹(いぶき)君。

いぶちゃん姉ちゃん.jpg

「いぶちゃん」「ねえちゃん」と声をかけながら、身体に触れながら、心通わせる。2人を見ているだけで、幸せな気持ちになりました。もちろん、イーちゃんがいじめに苦しみ、夢破れ、死にたいと考えていた学生時代は、弟・息吹君も体調が悪化。取材する私も、両親の看病と仕事の両立に苦しみ、ドキュメンタリー番組を制作しても制作してもなかなか結果が出ず、苦しみもがいていました。イーちゃん同様、人生から逃げ出したいと思ったこともあります。今回、民放連賞の地区審査(関東・甲信越・静岡)を通過した時、この番組には、25年という年月が必要だったんだ、私に課せられた試練だったんだと思い知らされました。

映像と音でつなぐ、感じたままを語りに

ニュースの企画などは、どうしても台本から書いてしまい、映像をはめがちですが、ドキュメンタリー番組を制作する上で最も大切なのは「映像と音でつなぐ」ことです。基本はカット編集。近年、ナレーションのない番組も登場してきましたが、私はこれこそ究極の制作手法だと思います。『イーちゃんの白い杖 特別編』も105分という映像が完成してから最後にナレーション原稿を書きあげました。映像と音(ノイズやインタビュー)の邪魔にならないよう、そっと言葉を置く。
「見えるが故に忘れていた幸せ。見えないからこそ分かち合える幸せ」
「白い杖は1本から2本になります」
私自身が感じたままを語りに反映させています。

障がい者を取り巻く社会の変化、課題については、強調し過ぎず、さりげなく入れていくよう心がけました。
「盲学校と小学校、なぜ別々なのか、保育園みたいにどうしてみんなと一緒に学べないのか」
普通学校と特別支援学校を分離せず、専門の教師が普通学校に行って教育する、障がいのある子がいて当たり前の環境が整えば、幼い頃から自然と「障がい」を受け入れ、共生の心を育めるのではないかと私は思います。提言を疑問という形にして番組を観る人たちが考えられるよう努めました。

構成は、25年の取材で撮影した映像の中から、私自身が涙し、感動した場面を軸に組み立てています。息吹君が卒園式でお父さん、お母さんに「ありがとう」を伝えた場面、イーちゃんが愛する人と満面の笑顔で歩いてくる場面。映像を何度も何度も見て、ノイズ(鳥のさえずり、主人公たちの息遣い、白い杖をつく音、ご飯を茶碗に入れるかすかな音......)を何度も何度も聞いて、見えない唯織さんと息吹君がどんな音を聞いて日々生きているのか知ってもらおうと、「間(ま)」を大切にしました。

イーちゃん家族5S.jpg

<イーちゃん家族>

ドキュメンタリー番組の制作は、取材に時間がかかり、費用もかさみ、効率が悪いと言われます。

でも、時間をかけたからこそ築くことができる取材対象との信頼関係、映像の重みは何物にも代えられません。台本がないからこそおもしろい! これがドキュメンタリー番組の醍醐味です。休日出勤してまで取材するのかと問われますが、この日、この瞬間にしか撮影できないとしたら、私は休日でも行きます。撮影できなかった悔しさの方が身体に悪いですから......。これが私流のストレス解消法ですが、後輩たちには「休みがつぶれてしまったら、どこかで休みをとる。自分自身のマネジメントもマスコミ人には必要なんだよ」と伝えるとともに、ドキュメンタリー番組をつくる楽しさを伝えていきたいと思います。

◇ ◇ ◇

民放大会の2日後、静岡県焼津市に住むイーちゃん家族にグランプリ受賞を報告しました(=冒頭写真)。イーちゃんにトロフィーを触ってもらうと「この重みは25年の絆のあかしだと思います。取材してもらったおかげで私は成長することができました。そして私は、みんなを笑顔にするために、みんなを幸せにするために生まれてきたんだと実感できました。本当にありがとうございました」とイーちゃんらしい満面の笑顔で話してくれました。弟の息吹君も、手術20回入院50回を超え、23年6月には重い肺炎で生死をさまよいましたが、この大きな壁も乗り越え、大きな拍手で受賞を喜んでくれました。彼が元気なうちに全国放送したい。この夢が叶い、ほっとしています。

この番組が、障がいのある人たち、息吹君と同じ病気で苦しむ人たちの一助になったら、この番組を観た人たちが前を向いて歩いていけたら、心からそう願っています。

イーちゃんの白い杖①.png

<映画『イーちゃんの白い杖』の関係者集合写真>


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