2023年民放連賞最優秀受賞のことば(青少年向け番組) 関西テレビ放送 ザ・ドキュメント ウクライナ、9×9の歌 明日をつくる子どもたちへ

井上 真一
2023年民放連賞最優秀受賞のことば(青少年向け番組) 関西テレビ放送 ザ・ドキュメント ウクライナ、9×9の歌 明日をつくる子どもたちへ

「あがぁな地獄を誰にも体験してほしくないんよ。戦争は恐ろしいんじゃけ。歴史を繰り返しちゃいけん」10年ほど前に亡くなった祖母が、私に残してくれた言葉です。

78年前の8月6日、女学生だった祖母は、爆心地から2キロ離れた軍需工場で被爆しました。祖母は工場のひさしの下にいたため、熱線により焼け死ぬことなく奇跡的に生き残りました。幼いころ祖母から聞いた被爆体験。中学生のとき、将来記者になって、戦争の恐ろしさを伝えることで、祖母が体験したような地獄が、二度と繰り返されない社会の実現の一助になりたいと思うようになりました。

それから18年がたち、目標だった記者になっても、遠い国で起こる戦争について、現地から送られてくる映像をつなぐことしかできない、無力な自分がいました。

「歴史を繰り返しちゃいけん」メディアの道を志すきっかけをくれた祖母の言葉。記者として自分にできることはないのか――。悶々としていたとき、従前からお世話になっていた京都教育大の黒田恭史教授から電話がかかってきました。

「今、ウクライナ語の算数動画を作ってんねん。ウクライナの子どもがどこに避難しているか、自治体も公表したがらんから、学校から直で相談の連絡がくるんよ。現場は横のつながりがない状態やねん。ほんま、子どもも、先生も可哀そうやわ。なんとか力になりたいねん」

電話は、「ウクライナから避難している子どもの実情と、必要な支援について、取材して世間に伝えてほしい」という内容のものでした。この電話がきっかけで取材をスタートしましたが、避難する子どもたちの実情を知ろうと自治体などに問い合わせても、なかなか学校現場の取材許可はでませんでした。

そんな中、カメラを回すことを許してくださった東京の小学校に、戦禍を逃れた姉弟、オリビアさんとヤンくんが通っていました。

「みんなが何を言っているかわからないの」教室で1人遠い目をしていたヤンくん。20年前、勉強についていけず孤立し、道を踏み外していった外国籍の友人の姿に重なり、彼に寄り添えなかった苦い記憶がよみがえってきました。

親の都合でも自分の希望でもなくやってきた日本。戦争さえなければ、ヤンくんは爆撃におびえることなく、ウクライナで旧知の友達と楽しい時間を過ごしていたかもしれないのに――。なんとか日本にいても前を向いていてほしい。私にとって遠い国で起こる戦争がどんどん自分ごとになっていきました。

黒田教授は「戦争が子どもたちから学びを奪ってはいけない。自信を持つきっかけをつくりたい」と寝る間を惜しんで動画作りに没頭していました。そして、その取り組みを翻訳者として、留学生のカテリーナさんが支えていました。

「戦争は戦地だけで起きているわけではないことを伝えてほしい」

カテリーナさんは、家族と離れ離れになり、気持ちの浮き沈みがある中で、カメラを回すことを受け入れてくれました。取材を通して出会ったウクライナの人たちは、スーパー、公園、学校など、私たちの何げない日常の中で、必死に生きていました。戦争が奪うものは命だけではありませんでした。

番組放送後、黒田教授のもとには現場の教員から「戦争とは何かを考えてもらうために、授業で子どもたちに番組を見せようと思います」といった連絡が寄せられたそうです。

番組を見てくれた子どもたちに、8,000キロ離れた国で続く戦争が「自分ごと」として届き、番組が"何かできないか"と考えるきっかけになってくれることを願っています。

どこまでこの番組が、祖母が体験した地獄を二度と繰り返さない社会の実現の一助になれているかはわかりませんが、このような評価をいただけたことを、天国にいる祖母も喜んでくれていると思います。


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