2020年、新型コロナウイルスによる世界的なパンデミックが起きました。
医療崩壊で医療従事者からも悲鳴が上がり、人々は常に感染へのストレスを抱え、将来への不安も重なり疲弊しました。そんな暗いムードが続く2022年、現役看護師としてハツラツと働いていた当時97歳の池田きぬさんと出会いました。優しい笑顔、その生き方は、まさに"生きるナイチンゲール"。コロナ禍で、きぬさんの発する言葉の一つ一つに感銘を受けた取材でした。
きぬさんは、1924(大正13)年生まれ。看護の世界で働きはじめたのは19歳の時です。
太平洋戦争中は日本軍の看護要員として兵士たちの手当てをしました。終戦後、地元の三重県に戻って結婚。2人の子どもを育てながら看護師の仕事を続け、県立病院の総婦長なども務めました。75歳の時に、三重県最高年齢でケアマネジャー試験に合格。88歳からサービス付き高齢者向け住宅「いちしの里」で看護師として勤務しています。
「働き続けるために大事なことは?」と尋ねると「無理せず今の自分を受け入れること。若い人のようにキビキビはできませんので、できることを丁寧にやること。でも、年寄りだからと甘えてはいかんです」と笑顔でおっしゃったことが、強く印象に残っています。多くの人にきぬさんを知ってもらいたいとニュース取材は続き、この公共キャンペーン・スポットの制作に至りました。
今年3月に行われたASEANの会合でテーマとなったのはまさに『人生100年時代』。
ASEAN10カ国の関係者らが社会福祉・保健医療・雇用について議論しました。きぬさんはこの会合で日本代表として講演。主催した厚生労働省がきぬさんに出席を依頼した理由は、生涯にわたって働き続ける姿が「多様性を認め、自分らしく生きる社会」を象徴していると考えたからだといいます。きぬさんが会合で語ったのは自分の経験を踏まえた高齢者雇用の現状について。人生100年時代、お金のためだけでなく、やりがいを求め「元気なうちは働きたい」と考えている高齢者は増えていますが、きぬさんは日本の定年制のあり方について疑問を呈しました。「働く意欲はあるのに働けない高齢者が多い。働きたい人の意欲を阻害している」と。
日本と同様に急速に高齢化が進む国々がある中、世界では何歳が定年なのか。調べてみると、定年制そのものがない国が想像以上に多くありました。高齢者を取り巻く環境や事情はそれぞれの国で違いますが、定年制を"年齢差別"だとする国があることにも驚きました。
きぬさんは「仕事をしたいと思う人が社会で働ける機会を作ることが大切だ」と、言い続けています。きぬさんのいる職場は「高齢者を雇う利点として、子育て世代が出勤しにくい土日、早朝も働いてもらえる。価値観や年代が多様であれば、互いを補うことができる」と採用を決めました。受け入れる側の意識、懐の深さも大事だと感じました。少子高齢化に歯止めがかからず、人手不足が深刻な日本。この作品を通じた180秒のメッセ―ジが、定年制のあり方も含めて"人生100年時代"をあらためて考えるきっかけになればうれしいです。
このたびは、名誉ある賞をいただき感激しています。制作チームを代表してお礼申しあげます。そして、きぬさんと関係者の皆さまにも感謝いたします。ありがとうございました。