高知放送では、今年4月から『こうちeye2部』(月~金、18:15~18:55)内で、年間特集「人口減少×高知の未来」を不定期で放送中だ(特集は見逃し配信を実施中)。折り返しとなるこのタイミングで、企画の意図や取材を通じ見えてきたことについてご寄稿いただいた。(編集広報部)
人口減少が進むニッポン。その中でも高知県は2022年の出生数が3721人と全国最少となった。高知県は人口減少対策を県政の最重要課題として位置づけ、社会減(県外転出者が転入者を上回り人口が減少する現象)に着目して県外へ流出する若者対策などに乗り出している。
地元メディアとして、推計人口などの数字や県の施策は何度も報じてきたが、人口減少により、社会のあちこちできしみが起きている現状について、多角的に特集する機会はあまりなかった。
そこで、人口減少という大きなテーマで括り、いま社会ではそれぞれの分野で何が起きそこにどんな原因がありどんな対策が有効なのかを探りたいと考え、まいとしの年間シリーズを、各記者が企画提案する形で決めることができる夕方ニュース『こうちeye2部』の特集枠に「人口減少×高知の未来」として提案、放送することとなった。
双方向性の意識~エンゲージド・ジャーナリズムの試み
シリーズで重視したポイントは二つ。
一つは、この先の未来に何か希望を見出せるような取り組みを紹介すること。人口減少、出生数全国最少という言葉は、どこか危機感を抱かせるが、自然減という要因も大きい。こうした数字に一喜一憂することなく、人口が減っていく社会において、いまを生きる人々がより良い社会を築けるようなヒントを探ることが大切だと考えた。
もう一つは双方向性。できるだけ多くの一人一人の思いを紹介するということ。番組や特集取材というのは多くの場合、取材対象者を情報を発する側が意識的に選んでいる。そこにはどうしてもあらかじめストーリーがあり、展開も想像の範囲内であることが多い。
このため人口減少シリーズでは、高知放送ホームページとアプリに専用のページを作り、視聴者からいつでも意見やメッセージを寄せてもらえるようにした。
取り上げてきたテーマ
こうして4月から始めた人口減少シリーズは、月2回のペースで、9月までに10回の放送を終えた。毎回「人口減少×〇〇〇」と題して、〇〇〇には回ごとに異なるテーマを設定した。切り口としては、出産に関すること、職場環境、担い手不足が主で、「広がる産後ケア」「学校統廃合」「進む事業承継」「少子化・専門家インタビュー」「不妊治療と企業」「どうなる公共交通」「男性の育児休業」「医療現場はいま」などを取り上げてきた。
例えば、産後ケアの回では出産したばかりの母親たちの苦悩やサポート体制を取材し、不妊治療の回では高知県内で初めて不妊治療のための休暇を就業規則に明記した銀行を特集した。
<「広がる産後ケア」(2024年4月2日放送)=㊧、「不妊治療と企業」(2024年5月23日放送)=㊨>
また、継続的な視点も必要だとして、9月には「学校統廃合」で取材した小学校のその後を紹介。閉校後も学校のグラウンドで少年ソフトボールチームが活動を続けられるように、行政や住民が支援して、子どもたちの才能を育む場が守られている様子を伝えた。
<「精華小学校のその後」(2024年9月12日放送)>
視聴者ウェブアンケートから分かる生活者視点の問題
これまでの人口減少シリーズで最も印象に残ったのは、やはり視聴者から寄せられた多くの声だった。専門家インタビューの回にあわせて行った視聴者ウェブアンケートには1,336人もの人が意見や思いを寄せてくれた。"人口減少を問題だと思うか?"という問いには「問題だ」と回答した人が全体の94%を占めた。また、"人口減少で関心のあるテーマ"との問いでは、関心の高い順に「雇用の創出」「子育て支援」「医療体制」「働き手不足」という結果だった。
しかし、何より番組で伝えたかったのは、自由記述の欄だ。"なぜ人口減少が進むと思うか?""どういう仕組みがあれば子育てしやすい社会になると思うか?"について、自由に意見や感想を求めたところ、子育て世代からは「病気のときに子供を預ける場所がない」「賃金が低い」「給食費・制服代・修学旅行代がかかる」「金銭的な理由で3人目は諦めた」など切実な声が多く、中でもひとり親の人からは「特に生活が厳しい」「2個も3個も仕事をしないと無理だ」という声が寄せられた。
また「小規模な事業所では、生理休暇・育児休暇は名ばかりで利用できない」、女性のバス運転手からは「不妊治療をしたいができない。人手が足りない。休むと迷惑がかかる」など整わない職場環境を嘆く声が上がった。
こうした、高知で生活している人々の思いのいくつかを、この回では、最後にスタジオで読み上げて紹介し、今後のシリーズのテーマに反映させていただく、と伝えた。
このアンケートの後も、視聴者からはシリーズに対する感想や意見がたびたび寄せられていて、人口減少というテーマへの関心の高さを日々感じている。
<視聴者ウェブアンケートの結果を放送(「少子化」2024年5月9日放送)>
今後に向けて
今後のテーマについては、先述したとおり、できるだけアンケートで声を上げてくれた人々に関連する課題をテーマとしたい。地元メディアの役割は生活者のリアルな声を拾い上げていくことだと感じた。
放送局の中にいると、どうしても一定程度、同質的な環境や価値観に陥ってしまうことがある。また記者クラブに属して、県政の施策や政治の動きを伝えていると、社会がよく見えているような錯覚を覚えるが、実は全体や本質はあまり見えていなかったりする。それを矯正してくれるのが、視聴者の声だ。
そして、その声の背景にあるものは何か。生活できないほどの賃金の低さは、長引くデフレの結果であり、ひいては国の経済政策へとつながっていく。国内総生産は世界第4位の日本が、一人当たりの総所得となると34位(2024年4月IMF「世界経済見通し」)となるゆえんだ。
こうした小さな疑問を拾い上げて、たどった先にある社会の問題点も、このシリーズの中では伝えていきたいと思っている。
1年間の人口減少シリーズも10月で折り返しに入った。人が減りゆく社会で、いかに雇用や教育、医療体制といった社会的な仕組みを工夫して維持し、同時に生活者である一人一人がより幸せな生活を送ることができるのか。残りのシリーズを通して模索していきたい。
※エンゲージド・ジャーナリズム(Engaged Journalism):市民に対して双方向の対話をし、耳を傾けるところから始め、地域の課題解決につなげる手法