【審査講評】この1本に賭けた制作者の思い(2024年民放連賞ラジオ教養番組)

吉岡 忍
【審査講評】この1本に賭けた制作者の思い(2024年民放連賞ラジオ教養番組)

8月21日中央審査【参加/59社=59本】
審査委員長=吉岡 忍(作家)
審査員=阿部るり(上智大学文学部教授)、カライスコス・アントニオス(龍谷大学法学部教授)、村井美樹(俳優、タレント)

※下線はグランプリ候補番組


私(吉岡)はテレビ番組の審査ばかりやってきたので、ラジオの審査には戸惑った。テレビなら、「映像に語らせろ、ナレーションによる説明が多すぎる」という批評が成り立つが、ラジオはそのナレーションがベースだから、なかなか隙が見つからない。まして、何でもありの教養番組である。海千山千の(失礼!)制作者がこの1本に賭けた思いがもろにぶつかってくる。騙されないぞ、と身構えていても、すべてを聴き終わってみれば、満身創痍のクッタクタ。いずれも甲乙つけがたい出来映えに頭を抱えることになった。

最優秀=ラジオ沖縄/白線と青い海~早川さんと饒平名さんの730(ナナサンマル)~(=写真)
沖縄が本土復帰した半世紀前、車の右側通行も左側へと変更された。道路標識、信号の位置、バスのドア位置などを一斉に変更するために本土から出向した早川さん、地元で作業にあたった饒平名(よへな)さんの50年ぶりの再会を、スタジオ番組が仲介する。リスナーから次々寄せられる情報にはらはらし、ほっこりする一方で、米軍車両の事故で子どもが死亡しても泣き寝入りするしかなかった米軍統治下の世相も見落していない。リスナーをつなげ、歴史を掘り起こし、波の音から沖縄の景色が浮かんでくる構成に、ラジオのスタジオ番組の可能性を感じさせた。

優秀=STVラジオ/マイ・カントリー・ホーム~わたしの夢、みんなの夢~
児童養護施設で育った女性シンガー・ソングライターの半生を、本人の語りと歌で描いた作品。不倫の子、貧困、孤独だった過去を語らせるのは容易ではなかったはず。音楽を始めたのは「父母に復讐したかったから」という吐露にドキッとする。対して、施設の生活は楽しく、その思い出が溌剌とした歌になっていく。評者としてのわがままを言えば、その「復讐」の思いを煮詰め、静謐な情景として歌い込んだ歌も聴いてみたかった。

優秀=文化放送/小松左京クロニクル~「日本沈没を探す旅」特別編 初語り
関東大震災から100年、小松左京『日本沈没』大ヒットから半世紀。小松のこの小説からスピンオフした当時のラジオドラマのリマスター版を聴くと、1970年代の熱気とともに、いささか浮ついた世相が浮かび上がってくる。海中に没した富士山の描写など、それを冷静に批評するドラマ制作者の眼が冴えている。番組はこのドラマに出演した俳優陣の回顧へと進むが、ドラマ部分の社会性ともう少しなじませることができなかったか、と惜しまれる。

優秀=山梨放送/ピースフィールド 地雷のない大地へ~日本人技術者 30年の挑戦~
対人地雷除去機械のメーカーが山梨県にあることを、どれだけの人が知っているか。その創業者で、いまも世界の戦場を歩きまわり、その地の条件に合った機械を設計・製造しているエンジニアの人物像を描く。「現場を見たい」、その現場に行って地雷原を歩けば「汗が冷たい」。本人にしか語れない言葉を聞き漏らさない。他方で、地元サッカーチームの応援など、朴訥でまっすぐな人柄を巧みに構成し、いま放送すべき番組になっている。

優秀=CBCラジオ/CBCラジオ特集「20年目」
逮捕・孤立・依存的心理に加えて発達障害。12年の服役を含む20年間の闘いを経て再審無罪が確定した冤罪被害者の手紙や証言を通じて、警察・検察・司法の「権威的旧弊」と再審手続き法制の不備こそが冤罪を生みだす仕組みをあぶり出していく構成がみごと。身に覚えのないことで20年間を奪われることを想像すると、震えがくる。そこに厳罰を望む世論、被害者報道に過重に傾斜するメディアの安易さもひそんでいないか。そこにも目を届かせてほしかった。

優秀=MBSラジオ/マンデースペシャル「そこに、父がいた。母がいた。」
太平洋戦争末期、特攻要員だった父と母は出会った。敗戦、再会、結婚。こうした青春群像は混乱と激動の時代にも数限りなくあっただろう。世相に埋もれた父母の姿を、高齢になった息子が残された手記や経歴書から探っていく。思えば、両親から戦争中の話を聞いたことがなかったという。なぜだったのか? そこに日本が行った戦争の陰湿さがあったのではないか。青春群像の発見をその歴史につなげれば、さらに陰影は鮮やかになったはず。

優秀=南海放送/薫ちゃんへ~認知症の妻に贈るラブレター~
若年性アルツハイマーの妻を20年間介護してきた夫。始まりは中学3年生のとき、彼女が彼に送ったラブレターだった。他者がなかなか立ち入れない関係だが、いまは夫が書き綴るラブレターを手がかりに老老介護の現実を描く。この一点突破の手法は、拒食症の少年少女を描いた同局のかつての名作『こ・わ・れ・る~小児病棟1年の報告~』を思い起こさせた。他者が入り込めない究極の愛、究極の叫びの現場をどう表現するか。制作者の模索の跡がうかがえる。


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