2024年3月、メジャーリーガー大谷翔平選手の元通訳の違法賭博問題が大々的に報じられ、元通訳はギャンブル依存症であると告白しました。当時はSNSを含めたさまざまなメディアで、ギャンブルにつぎ込んだ金額や発言の一部がネガティブに切り取られ、ギャンブル依存症への注目が高まりました。
「元通訳の事件はギャンブル依存症で悩む人にとっては、病気の周知が進む"追い風"になるが、回復施設を出て、これから社会復帰しようとする人にとっては"向かい風"になる可能性がある。病気の知識より、怖さが先行して知られてしまっている」
取材を始めたギャンブル依存症回復施設「グレイス・ロード」に入所する当事者の言葉です。ギャンブル依存症は世界保健機関(WHO)が認定した病気で、治療には公的医療保険が適用されます。しかし日本国内において、依存症は自身の甘えから生じるもので自己責任であるという風潮があり、病気という知識も十分に浸透していない現状があります。
取材を進める中で驚いたのは、ギャンブル依存症は誰もがなり得る病であるということでした。入所者の経歴はエンジニア、会社員、医師、警察官、調理師とさまざまで、始めたきっかけもストレス解消、先輩・友人との付き合いなど、特別な事情があったわけではありません。
ギャンブルで当たるなど、楽しいことをしているときや目的を達したときなどに、脳内では快感や多幸感を得るドーパミンという神経伝達物質が分泌されます。快感を得るための行為が繰り返されていくと、次第に同じような行為、刺激ではドーパミンが分泌されにくくなります。さらに脳内で理性をつかさどる前頭前野という部分も機能不全を起こし、衝動のコントロールが効かない状態に陥ります。やめたくてもやめられず、誰にも相談もできず、あっという間に生活は破綻します。「孤独の病」といわれるギャンブル依存症の怖さを知りました。
グレイス・ロードは山梨の2カ所、東京、岩手にサポートセンターを構え、入寮型としては国内最大規模の回復施設です。山梨の施設では、22歳から50歳までの男性82人(2024年4月時点)が入寮し、寝食をともにしながら回復プログラムに取り組んでいます。回復プログラムの柱となるのが365日、毎日行うミーティングです。ミーティングでは、自分自身の経験や悩みを包み隠さずに話し、他の当事者の話にも耳を傾けていきます。
ミーティングや回復へのプロセスで大切なのは、自分に対しても他人に対しても嘘をつかないこと。「小さいころから親に相手にされず寂しかった」「パチンコをやっているときだけ悩みを忘れられた」と、あるがままの思いを吐露し、喜びも苦しみも共感し合う中で、「自分がギャンブルに依存してしまった原因」に気づき、ギャンブルを必要としない生き方を学んでいきます。
施設の休憩室を訪れた時のことです。入所者の一人がギターでThe Beatlesの「Let It Be」を弾き始めました。皆、将棋を指したり寝そべったり、各々自由に過ごしつつもサビの部分では自然と声を合わせて歌うシーンがありました。「There will be an answer, let it be」(あるがままを受け入れなさい、答えはそこにあるだろう)という歌詞を思い出し胸が熱くなりました。
中には回復プログラムの途中で再びギャンブルに手を出してしまう入所者もいます。「またやってしまった」と、深い後悔の思いで仲間に打ち明けたとき、周囲はとがめることはせず、正直に言えたことをたたえ「またがんばろう」と再出発を応援します。グレイス・ロード代表の佐々木広さんは「失敗した人を排除しない社会、敗者復活戦を応援する社会を願う」と語ります。
番組の最後に相談窓口の連絡先を入れました。経験を語ってくれたギャンブル依存症当事者の皆さんの思いや、グレイス・ロードの取り組みが全国に広く発信され、ギャンブル依存に苦しむ方が、一人でも多く支援機関とつながること、依存症に対する偏見が少しでも解消され、誰もがやり直せる社会になることを願います。