「投票の前に知りたいことは何か? 投票日の夜に本当に知りたいことは何か?」今回の参議院選挙に向け、開票特番の制作プロデューサーとして番組作りをゼロから考えました。その背景には「いまが変わる最後のチャンス」という危機感がありました。
「量的公平性」から「質的公平性」へ
TBSテレビ報道局では、昨年の衆議院選挙直後から選挙報道について考える動きが自発的に始まりました。これまでの選挙報道は、各政党の扱いをできるだけ公平にしようという観点から、どうしても「量的公平性」が強く意識されてきたことは否めません。ただ、これは情報を伝えるメディア側の視点であって、情報を受け取る有権者にとっては"投票の判断に役立つ情報"に必ずしもなっていませんでした。そこで「有権者の立場で投票前に知りたいことは何だろう?」という視点で、「質的公平性」の観点に重きを置き、各党の主張や政策内容、社会の問題点がより広く、分かりやすく伝わるよう努めました。
事前報道をいかに充実させるか でも投票に役立つ情報とは?
選挙の事前報道に力を入れようという大きな方向性は早い段階で決まりましたが、それを具体的にどういう形にして伝えていくかは難しい作業でした。発信する情報の量を増やすだけでは有権者にとって有益な報道にはなりません。報道の中核を担うデスクを中心に社外の専門家を招いて勉強会を開くなどしてさまざまな角度から議論を重ねました。またどういう情報が実際に求められているのか調査を複数行い、有権者一人一人の「ちゃんと知りたい思い」をデータに基づいて分析しました。
学生からの指摘「情報が溢れる中、ニュースが足りていない」
「SNSで選挙が変わった」と言われた2024年を経て、政党や政治家を含めSNSへの情報発信が一段と活発になりました。事前報道をさまざまな角度から検討する中で、学生から「SNSに情報は溢れているが投票に役立つニュースが少ない」という意見を受けました。
<『Nスタ』の大型特番「選挙の日、そのまえに。」はデジタルでも配信>
選挙に関するニュースを必要としている人は多い。ただ、今まで通りの伝え方では必要としている人へ十分に届かない。そこで事前報道に取り組む1つの旗印として、投開票まで1週間を切った7月14日の夕方『Nスタ』で「選挙の日、そのまえに。」として大型特集を組むことにしました。各党党首の考え方や主張を聞くインタビューに加え、最新の選挙情勢や支持者の傾向、SNSで急増していた「外国人優遇」という投稿について、データと取材に基づいて詳しく伝える特集を放送しました。公示後の選挙期間中は、実際のデータを合わせて示すことで「数字に裏付けされたニュース」の提供を特に意識しました。
<TBS NEWS DIG>
またTBS系JNN28局のニュースサイトTBS NEWS DIGでは、地上波で伝えきれなかった部分も公開し、1人でも多くの人に役立つ情報を伝える工夫をしました。報道機関として「投票に向け正しい情報を知りたい」という需要に応えるためには、事実に基づくニュースの積み重ねが今まで以上に求められていると感じています。テレビとデジタルを往復しながら、見たい人には深く、急ぐ人には要点を。今後も「有権者の知る権利」を支えられるよう選挙報道をバージョンアップしていきます。
「過熱する選挙戦」取材者の安全をどう守るか
選挙報道には現場取材が欠かせません。ただ選挙への関心が高まれば高まるほど演説会場には多くの人が訪れ過密な状況になり、物理的に接触して転倒するなどさまざまなリスクが高まります。取材するスタッフの「心理的安全性」を守るため、取材現場からの報告ラインを明確にし、取材するスタッフが気づいた変化に組織として対応できるようにしました。有権者の「ちゃんと知りたい」に応えるための取材活動をどう守っていくか。今後の取材でも重要なポイントになると考えています。
TBSテレビ DIGメディア局コンテンツ編集部 デジタル統括編集長
赤川 史帆(あかがわ・しほ)