選挙報道の正念場~視聴者の信頼を取り戻せるか

山田 健太
選挙報道の正念場~視聴者の信頼を取り戻せるか

本稿は、民放online配信記事である2021年の「選挙報道のお行儀」「選挙報道のお作法」に次ぐ第3弾。テレビは選挙報道の何をどう変えることで視聴者の信頼を取り戻せるのかを考えたい。

73日に公示されスタートを切った2025年参議院選挙は正念場だ。

政局を占う意味でも石破政権ひいては自民党がどこまで持ちこたえるのか、選挙戦の行方を外野から見ている分には面白くなりそうだ。そして「ポピュリズム政党」と簡単にはくくれないであろうが、SNSを活用して票を伸ばしてきた各党がその勢いを維持しさらに爆発的なブームを引き起こすのか、こちらは本稿のテーマとも直結する直視すべき点だ。

一方で応急処置をした改正公職選挙法のもとで、破廉恥なポスターは影を潜めるであろうものの、政見放送は「平常」を取り戻すことができるのか、選挙期間中のヘイトスピーチがわがもの顔で横行し、しかもそうした排外主義を叫ぶ候補者が地方議会選挙で軒並みトップ当選をするような事態はいつまで続くのか。政治活動と選挙活動のグレーな関係を最大限利用して行われる政党・候補者の表現活動の化けの皮は、このまま永久にはがれることなく有権者は騙され続けなければならないのか。

そして何より、2024年の東京都知事選、衆議院選、そして兵庫県知事選を通じ、「オールドメディアの敗北」と宣告され、それ以前から選挙期間中のテレビはつまらないと言われつつも、各種調査からは選挙時の情報入手先としてまだ重要な地位を占めるテレビ放送が、あらためて信頼されるメディアとして蘇生することができるのか。さらに一連のフジテレビ問題などで、完全に見捨てられる絶壁まで追いつめられるテレビが、具体的に何をしていくのか、何ができるのかがいま、正面から問われている。

 1.放送局にとってのガバナンス

報道界が経営者から現場まで、総じて危機感を持って動き始めている。それは前述の選挙報道もそうであり、放送界にとってはフジテレビ問題が大きな影を落としていることは言うまでもない。一連のフジテレビ問題に際しては、個別社のみならず業界団体である民放連に対しても行政指導がなされるという事態が生じ、さらに総務省には「放送事業者におけるガバナンス確保に関する検討会」という会議体も設置され、627日第1回会合が開催された。

63日に総務省が発表した広報資料にははっきり「放送の公共性や言論・報道機関としての社会的責任に対する自覚やガバナンスの欠如がある」と書かれており、民放連が522日に発表した「緊急人権アクション」では不十分であるとの強い意志が見て取れる。民放連は、同日の理事会での「人権尊重・コンプライアンス徹底に関する理事会決議」を皮切りに、「民間放送におけるビジネスと人権対応ガイドブック」の作成等、具体的な作業を実行しているにもかかわらずだ。

その総務省が欠如とまで強い言葉を使って指摘をする"ガバナンス"だが、フジテレビの「再生」に向けての歩みも、その評価はさまざまであろうが、社内ガバナンスが効いている結果として、6月開催の株主総会でも会社側提案が受け入れられたわけであって、少なくともスポンサー撤退後においては一定の企業統治なり、株主による経営規律が実行されているとみる方が自然であろう。

しかも、こと選挙報道ではそのガバナンスの利きすぎが問題になってきただけに、皮肉なものだ。それからすると、今後も一般的な意味での内部統制ルール(例えば東証のコーポレートガバナンス・コード)の遵守等が求められることは言うまでもないが、行政がまさに総務省自身も言及するとおり、表現の自由に立脚する「言論・報道機関」に対し、どこまで公権力による監視や関与を許すのかは極めて大きな問題である。

選挙期間中の表現活動に関しては直近でも、与野党7党で構成する「選挙運動に関する各党協議会」が627日に発表した声明でも、有権者に対し「情報の発信源や真偽を確認することを心よりお願いする」と呼びかけたり、プラットフォーム事業者には偽・誤情報や誹謗中傷対策をとるよう努力を求めている。これらも一見、前述の文脈とは別に見えるものの、公権力の関与を強くにじませているという面では同じだ。

ほかにも、各政党がファクトチェックを実施することを発表しているが、以前から、本来はファクトチェックの対象となるべき政党が、主体的能動的に世の中の情報の真偽判定を行うことのおかしさが指摘されていた。にもかかわらず、むしろ「ファクトチェック・ブーム」に乗る形で政党主体の情報健全化が図られる状況が、社会に受け入れられているわけだ。

先に触れたように、現行の極めて窮屈な選挙報道の大きな要因が、主として2010年代以降の政府・政党・政治家からの圧力や関与であることは歴史が示しているところであって、それを改革するために必要なことは「編集権の独立」や「内部的自由の確立」であって、内部統制の強化ではないことを最初に確認しておきたい。

2.選挙報道の見直し

放送だけではないが、報道界全体が選挙報道への対応を変えようとしていることについては最初でも触れた。具体的には放送を含む日本の主要報道機関が集う日本新聞協会(以下、新聞協会)において、612日に「インターネットと選挙をめぐる声明」(※外部サイトに遷移します、以下同じ)を発表した。いわゆる66年見解と呼ばれてきた、新聞協会編集委員会が選挙報道の基本原則を確認した「公職選挙法第148条に関する日本新聞協会編集委員会の統一見解」の意義を再確認し、若干の補完をするものとの位置付けだ。

そこでは、報道機関の選挙報道が「選挙の公正」を過度に意識しているとの批判があるとし、報道のあり方を見直すこと、国際的なファクトチェックの手法なども参照しながら、有権者の判断に資する正確かつ信頼性の高い情報提供に努力することを明らかにしている。中身としては新味のない、当たり前のことばかりである。しかし放送局においてはこれまで、選挙期間が近づくと編成責任者等による「数量平等厳守」のお達しが出される慣習があったわけで、そうした現場を萎縮させるようなルールが撤廃されることを期待する。

実際にフジテレビは、613日付で以下の選挙報道に関する新たな指針を発表した(FNNプライムオンラインから)。

表(フジテレビ)トリミング.jpg

他局についてはこのような公表された新指針は見当たらないものの、TBS調査情報デジタル(TBSメディア総研発行)の315日配信「SNS全盛時代のテレビの選挙報道を考える(3)」では、独自で実施した各局アンケートによると、大半の局が「見直すべく検討中」だとしているようだ。地方局においても、富山のチューリップテレビ『崖縁 幽霊党員と選挙報道』(530日深夜に放送)にみられるように、選挙報道の課題を正面から取り上げ検証する番組があり、基本姿勢転換の兆しが見える。

一方でこの間、TBSテレビ『報道特集』が立花孝志氏や斎藤元彦氏に関連する問題指摘を番組企画で続けたことについて、ある意味では予想どおりネット上で、特定候補者への過剰な批判であって「偏向報道」であるとの声が多数みられる。また、当該2氏については多くの疑惑が指摘されているにもかかわらず、他局での取り組みはそれほど多いとはいえず、同社が突出している状況になっていることが、より"狙われやすい状況"を作り出しているといえるだろう。当時の同番組編集長の曺琴袖(チョウ・クンス)氏や番組キャスターの村瀬健介氏への誹謗中傷も同じ構図だ。

この点については、現在は放送法4条の「政治的公平原則」をめぐって、学説と政府解釈が真っ向から対立しており(文末の参考文献を参照)、とりわけ2010年代半ば以降の政権プレッシャーによって現場の萎縮が進んでしまった現実がある。しかし歴史を紐解くと、政府もかつては政治的公平原則を「倫理規定」であって、「1つの番組ではなく全体で評価」するものとしてきた。また、泡沫候補の扱いも含め、数量平等を絶対視することはなかった。しかも司法も、この考え方を採用してきている。

したがって、こうした政府(政権)に一方的な解釈に従う必要はなかったのであるが、政治(官邸)とメディアの距離や関係性が変化する中で、とりわけ特定局・番組さらには出演者(メインキャスター)に対する個別攻撃が始まり、状況は一変することになった。ならばこそ、潮目が変わったいまは、こうした悪慣習を是正する最大のチャンスであると言えるだろう。

同時に、これまでの"引いた報道"を見直すという場合には当然、一歩踏み込んだ報道をすることが必要であって、その1つの見本を示しているTBSテレビを孤立させないことが最初の一歩だ。若い記者にとっては入社してからの「当たり前」が間違いであったことがわかっても、いざ何をどうすればよいのかがわからないとも聞く。そうであればいまこそ、ベテラン勢がこれまでの反省も含め体を張って前面にでることを厭わないでほしい。それは放送人の責務でもある。

3.報道機関のファクトチェック

選挙報道そのものの見直しと同時に今進められているのが、ファクトチェックの取り組みだ。新聞協会でも、加盟する報道各社の選挙に関する「真偽検証記事」を拡散するため、X(旧ツイッター)に「選挙情報の真偽検証_新聞協会」というアカウントを開設、東京都議選中から活用を始めている。ただし現状では、選挙制度に関する真偽判定が数件ある程度で、候補者情報にかかわるファクトチェックはまだみられない(全体状況は例えば、専修大学現代ジャーナリズム研究機構サイト「journalism.jp」の「報道機関の選挙報道」ページ参照)。

新聞協会の上記Xアカウントは612日に開設されてから参院選公示前の72日までに12本の投稿がある。このうち5本は選挙制度に関するウソ情報を指摘するもの(NHK、読売新聞、毎日新聞、東京新聞2本)、2本は選挙報道に関するウソ情報の指摘(東京新聞、読売新聞)、そして残り5本は斎藤兵庫県政はじめ政策や発言に関するデマ情報の指摘(NHK、東京新聞、西日本新聞、神戸新聞2本)であった。

なお、当該取り組みはもともと、新聞協会全体で統一フォーマットによる実施が検討されていたと伝えられているが(新聞協会編集委員会での議論)、新聞協会の公式サイトで行うことで、当該ファクトチェックを権威付けすることにつながる恐れなどを勘案し、個別の社のファクトチェックを前述のXアカウントにそれぞれが投稿し、それを新聞協会でリポストするという、いわば間接的な手法による業界取り組みの形式をとっている。

一方で、一部の有志連合は別途、共通フォーマットでのファクトチェックを実施する動きも見せている。佐賀新聞社、時事通信社、日本テレビ放送網、読売新聞社の新聞協会加盟有志4社は64日、SNSなどインターネット上に流れている選挙に関する情報を対象に、共同でファクトチェックを実施すると発表した。各媒体での公表を予定しているという。

20248月の総務省「デジタル空間における情報流通の健全性確保の在り方に関する検討会」のとりまとめ案に対して新聞協会は、「伝統メディアに期待される役割・責務を取りまとめ(案)に盛り込むことには慎重であるべき」など、報道機関がファクトチェックを実施することには後ろ向きな姿勢を示していただけに、方向転換ではないかという声も聞かれる。

そもそも、「事実を報じる」ことを長年実行してきた報道機関が、「事実ではないこと」を報じるのは得意ではなく、また経験も十分ではない。また番組中や紙面上で、その両者が混じることは視聴者や読者に混乱も生みかねない。さらにいえば、報道機関が単純に「間違い」を指摘すればするほど、その情報を信じていた者は確証バイアスによって、より強力にその情報を信じ、批判をした報道機関はさらなるバッシングの対象になる恐れもある。

したがってファクトチェックをする際には、①通常のニュースとは別枠で「ファクトチェック」などのワッペンをつけ、②「根拠不明」や「不正確」といったあらかじめ設定し公表している基準に従い、③そうした判断をした根拠・データなどを明記(リンク)し、④本来の正しい情報と一緒に報じる(できるだけ、フェイクをファクトでくるむような報道スタイル、例えば偽・誤情報の前後に正しい情報を報じる)、などの工夫が必要だ。

その基準は国際ファクトチェック機関や国内の同種の機関に準じることがあってよいし、日本の報道機関らしい別基準があってよいわけで、必ずしも一致していることが絶対条件ではなかろう。2018年の沖縄県知事選では選挙期間中に初めて琉球新報と沖縄タイムスがそれぞれファクトチェックを実施したが、その対象はすべて異なっていた。そうした多様な情報こそが、有権者にとっては具体的な投票行動のための有益な情報になるであろう。

また、上記の2社は報道スタイルも異なっていた。それもまた各社の考え方があると思われ、放送で流すことが絶対ではなく、各社ウェブサイト上での情報提供も一つの方法であろうし、さらに言えば、外部ニュースサイトへの発表という方法も考えられてよい。なお、報道界の信頼回復のための実行策という観点から考えれば、各社がバラバラにやっているよりは、その動きが「大きな1つの塊」に見える工夫も必要だと思われる。

やるしかない状況にあるいま、失敗を恐れずトライを続けていくしかないだろう。その時、誠実に歴史に向き合い、事実を追求する努力を忘れず、憲法に依拠した公共的な社会的役割を担う放送事業者として、視聴者が納得する番組を作り続けるという基本を、こと選挙報道においても実践していってほしい。選挙は民主主義の基本であり、選挙期間中の表現活動は民主主義社会の基盤となるものだからである。

<参考文献>

選挙報道の公平公正論議をめぐる参考文献

□学会定説の定本
『放送法を読みとく』商事法務 2009
『放送制度概論~新・放送法を読みとく』商事法務 2017

BPO決定
2016年の選挙をめぐるテレビ放送についての意見201727日 

□政府解釈の定本
『放送法逐条解説 改訂版』情報通信振興会 2012
『放送法逐条解説 新版』情報通信振興会 2020

選挙報道のあり方関連の拙稿

SNS時代の選挙報道と市民」『歴史地理教育』2025年5月
「選挙報道をリブートする!!ネットにできない報道へのバージョンアップ」(座談会)『GALAC2025年3月
選挙におけるソーシャルメディアの影響と大手メディアの選挙報道の在り方」調査情報デジタル2023年9月4日号
「なぜ、これほどまでにテレビの選挙報道はつまらないのか~衆院選報道ウォッチング」  『GALAC2022年2月号
選挙報道のお行儀~選挙報道・特番は視聴者に何を伝えようとしたのか」民放online2021年11月17日
選挙報道のお作法~現場判断に迷った時のヒント 選挙報道に携わる放送人へ」民放online2021年10月25日

最新記事