「予測の敗北」 米中間選挙で「赤い波」はなぜ起きなかったのか~「21世紀メディアはどこへ向かう?」⑦

津山 恵子
「予測の敗北」 米中間選挙で「赤い波」はなぜ起きなかったのか~「21世紀メディアはどこへ向かう?」⑦

タイムズスクエアの大掲示板で、投票を訴える広告(116日、筆者撮影)


米中間選挙の投開票が11月8日、実施された。大統領選挙の間の年に4年に一度行われるいわば「総選挙」。バイデン大統領と民主党が上下院の過半数を失い、共和党が大勝する「赤い波(赤は共和党の党色)」が起きると予想されていた。しかし、民主党が健闘し、上院の過半数を維持。世論調査機関やそれに頼る米メディアの予測が当たらない事態が、2016年にトランプ前大統領が勝利した時から続いている。

本稿を執筆している1124日時点で、上院では民主党が50議席、共和党49議席と民主党がリード。採決の際、上院議長であるカマラ・ハリス副大統領の票を含めて民主党は51票を獲得することになり、過半数となる。下院は、民主党が213議席に対し、共和党が220議席と僅差で過半数を得ている(AP通信による)。開票と集票は一部でまだ続いている。

しかし、これは共和党にとって「辛勝」といったところだ。

なぜなら、過去の中間選挙で与党が下院議席を増やしたのは2回だけ。オバマ元大統領は中間選挙で63席も失ったように、大幅に減らすのが常だ。ところが今回は「赤い波」ならず、民主党側に「神風」が吹いて、小幅な減少にとどめた。

さらに、民主党議員や州知事が、予想に反して大差で勝利した現象も目立った。デジタル・ジャーナリズムの調査機関であるハーバード大のニーマンラボの図が分かりやすいので参照しよう。記事の見出しは、「一部の中間選挙予測は当たったものの、どの世論調査機関を信じるかは難しい」というものだ。

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<「主戦場で、世論調査の予測は外れた」 (ニーマンラボウェブサイトより)

図の円で、青は世論調査機関FiveThirtyEight(ファイブサーティエイト)、黄色は同じくRealClearPolitics(リアルクリアポリティクス)で、緑が実際の得票率の差を示す。例えば、注目の激戦州ペンシルバニア州の上院選の結果だ。民主党候補で同州副知事ジョン・フェターマン氏が、テレビ番組の司会者、メフメト・オズ氏を破った。オズ氏は、トランプ氏が推薦し、最も知名度があったセレブだ。FiveThirtyEightRealClearPoliticsはともに、フェターマン氏が不利との予測だったが、5%近くの差をつけて圧勝。同様に、少し後に結果が出たネバダ州の上院議員選も、キャサリン・コルテス・マスト上院議員(現職、民主党)が、両調査機関の予想に反して当選した。

ちなみに、FiveThirtyEightは、統計学者のネイト・シルバー氏が開設したウェブサイトだ。2008年にオバマ元大統領が当選した大統領選挙の際、シルバー氏は50州のうち49州でいずれの候補が勝利するのかを当てた。16年には、ヒラリー・クリントン候補が優勢と予測したものの、トランプ氏が当選した。22年は、上院で共和党が過半数を得る確率が59%、下院では84%と予測していたが、大幅に外れたことになる。

なぜ予測できなかったのか

米国ではメディアは、国土が広いため、多くの世論調査機関の聞き取り調査結果をあてにしている。しかし、世論調査機関は、2016年の「トランプ・ショック」から20年大統領選のバイデン大統領の大勝など、どこも正確に当てることができなかった。それに続いて、今回の中間選挙も外している。読者・視聴者からみると、米メディアの予測が外れたかのようにみえる。メディアにとっては、苦い体験だ。

今回の中間選挙ではなぜ、民主党の健闘を予測できなかったのか。まず、選挙の争点についての見方が甘かった。事前調査では、最大の争点は「経済」「高インフレ」とされていた。しかし、筆者がニューヨーク市内の投票所前で話を聞いた若い人は、迷わずに「女性の人工妊娠中絶の権利」を挙げた。連邦最高裁の新たな判断で、中絶の権利が全米で奪われたことを最大の争点とした。広い国土を持つ米国で、どこの選挙区に行っても、金太郎飴のように「経済」が争点というわけではなかった。他州では、「環境問題」「銃の規制」「子どもの安全」などを真っ先にあげる民主党支持者も多かった。それらを守り、推進する公約をした候補者に票が向かったわけだ。

また、投開票日直前に、トランプ前大統領が24年大統領選に再出馬することを仄めかした。これも、世論調査機関が把握しきれなかった民主党への追い風になった。トランプ氏再選を阻止するには、中間選挙において、州や市など地方自治体の首長や要職を民主党が確保しなければならない。投票を予定していなかった民主党支持者を、投票所に向かわせたのは、なんとトランプ氏の発言だった。

「経済に火がついている」とメディアが語る一方で、民主党は、今回の選挙を「民主主義を守る戦い」と位置付けた。トランプ前大統領の息がかかった極右的候補者が多かったためだ。激戦州において、若い人や人種的マイノリティは、中絶の権利、弱者の権利を守る民主主義を維持する戦いに参加した。メディアはこれを読みきれていなかった。

CNNウェブサイトに「分析:なぜ、報道機関は『赤い波』という間違った物語に至ったのか」という記事を掲載した。投開票日まで、特に保守系メディアを中心に米メディアは共和党の優勢を予想したが、「さざ波に終わった」と指摘する。

その理由として第1に、先に述べたようにメディアが世論調査機関に頼り切っていることを挙げた。国土が広いほか、集計に時間がかかり、数日後に結果が出た時には、刻々と変わる実態よりも古い数字となって表れる可能性がある。これは、「投開票日直前に得るデータが古くなっている」と米紙ニューヨーク・タイムズも指摘していた。

第2に、大統領選挙よりも注目度が下がる中間選挙に対して、メディアの内部で固定観念があったとする。例えば、投票率が頭打ちで、下院では与党が大幅に議席を減らすと見込みがちだ。

第3に、CNNはシンクタンク、アメリカン・エンタープライズ研究所のノーマン・オーンスティーン名誉教授の言葉を引用し、こう指摘した。米主要メディアの多くは、ややリベラル寄りだと見られることを、内心恐れている。そこで、バイアスがかかっていると有権者に見られないためにも、「赤い波」という物語に走ったという。

2024年大統領選挙を見据えた動きも

一方、共和党の劣勢を受けたメディアの動きは早かった。9日早朝、トランプ氏の御用テレビとされる保守系のニュース専門局フォックス・ニュースがオンラインでこう報じた。

「多くの保守派コメンテーターが選挙結果を見て『トランプから離れる時が来た』としている」

同じく保守系のタブロイド紙、ニューヨーク・ポストも9日早朝、「不満タラタラなトランプを捨てて、デサンティス(フロリダ州知事)と闘っていく時期がきた」とする記事をオンラインに載せた。ロン・デサンティス氏は、2024年大統領選挙に出馬するとされ、予想外の大差で州知事選再選を果たした人物だ。

米メディアは16年以来、選挙結果の予測の精度を上げる努力をしてきてはいる。ネットワークテレビ局はこぞって、ニューヨークやワシントン以外の地方の大都市に記者を配置し、「地元密着」を試みた。リベラル系のニューヨーク・タイムズは、保守系コラムニストを起用し、保守系読者の動向を探ろうとしている。

16年の大統領選挙直後から続く、こうした努力は今回の結果で実りを得られなかった。今後の米メディア、そして世論調査機関の「選挙対策」がどう変化していくのか、正念場に差しかかってきたといえる。

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