40年歌い継ぐ 「サントリー1万人の第九」 

加藤 美子
40年歌い継ぐ 「サントリー1万人の第九」 

1万人で「第九」を大合唱する、前代未聞の規模を誇るコンサート。それが「サントリー1万人の第九」です。

1983年、「大阪21世紀計画」の一拠点として、大阪城ホールが建設され、そのオープニング企画の募集がありました。このアイデアを毎日放送が企画し、サントリー代表取締役社長だった佐治敬三さんに話したところ、「やってみなはれ」と賛同してくださいました。そして「1万人の第九」はスタートしたのです。

初代指揮者は山本直純さん。当時テレビで活躍していた直純さんはクラシックファン以外にも知名度があり、人気を誇っていました。大阪城ホールの一番離れたところで歌っている合唱団からも見ることができるように通常の3倍の高さの指揮台に立ち、1998年まで16年間指揮をしてくださいました。

「ひとりひとりが主人公」

現在の総監督の佐渡裕さんにバトンタッチしたのは1999年。佐渡さんは「大人数で合唱するイベント」から「本気でベートーヴェンの第九を観客に聴かせるコンサート」にしたいと、総監督就任に際し、「信頼する演出家と音響エンジニアの起用」「直接1万人の合唱練習をする」という条件を示されました。1万人の合唱練習! これは大問題です。私は大至急会場を探し、3,000人ずつ90分のレッスンを3回行いました。その後は毎年千人ずつ各2時間、計10回のレッスンをする通称「佐渡練(さどれん)」を行ってます。迎えた本番は、今までとは違う歌声の高揚感と力強さがありました。鳴りやまない拍手と「ブラボー」という歓声に包まれ、佐渡さんのタクトの下に新しい「1万人の第九」になった瞬間を私は今でも覚えています。

20191201サントリー1万人の第九 (4)_全景.jpg

<2019年の「1万人の第九」全景

それから「1万人の第九」は東京、札幌、仙台、名古屋、福岡、沖縄とJNN系列各局の協力を得てレッスン会場を設置し、今では小学1年生から90歳代の方まで1万6,000人を超える方々にご応募をいただけるようになりました。

佐渡さんは合唱団に「ひとりひとりが主人公」と必ず伝えます。参加される方はいろんな思いを持っています。子どもが誕生されたり、闘病中であったり、子育てや職場を卒業されてやっと歌える時間ができた方、最愛の方と離れてしまった方、レッスン会場で出会って結婚された方、親子3代で参加される方もいらっしゃいます。そうした方々が、12月の年の瀬に1年を振り返り、大阪城ホールの舞台に揃って立つのです。本気で練習した1万人のパワーが集まった「歓喜の歌」は本当に感動します。

合唱文化の火を消さない

1万人の合唱団が集って歌う。なんの疑問も持たずに続けてきたことが、2020年、38回目に万人が集って歌えないという予測もしていなかった世の中になりました。感染リスクが高いといわれる「合唱」を「1万人という大人数」で歌うなんて、とても開催できる状況ではありません。どんな形であっても何かできないかと検討を重ね、「動画投稿」で合唱を創るという企画に辿り着きました。1万人が集って第九を歌えなくても、1万人以上の人々がつながって第九を合唱できます。

まず、レッスン動画を制作。ドイツ語、発音、ソプラノ、アルト、テノール、バスとアンサンブル、そして佐渡練と80本のレッスン映像を制作し、毎日1本ずつ配信しました。次に第九のカラオケ動画を制作。これで1万人に練習して、歌っていただく準備はできました。

そのあとは、皆さんから送っていただいた動画を「合唱」にする。まずは音声と映像に分け、顔の大きさと口の動きが合うように。歌以外の音が入っていたらそれを消して、歌い出しを揃え、本当に全員の音声と映像を1本残らず編集し、唯一無二の第九映像作品を創り上げたのです。

2020.jpg

<2020年の「1万人の第九」全景

集って、歌うことができなくても、「動画投稿」という形で歌い継いできた私たち。ですが、40回を迎える2022年は、どうにかして合唱を復活したい。まだまだ大規模イベントで大声を出すのも簡単ではないけれど、私たちが安心・安全に合唱コンサートを開催することが、合唱文化の火を消さないことが必要だと思ったのです。募集人数は2,000人に限定。これは、大阪城ホールの気流テストをして決めた人数です。

「世界中の友よ、こんな世の中ではない。もっと心地よい、もっと歓びに満ちた世界に力をあわせて、乗り越えていこう」というベートーヴェンが第九に込めたメッセージがあります。この言葉に背中を押され、 40回目の「やってみなはれ」精神で合唱復活を決めました。

レッスンする全ての会場の換気を確認し、呼気が隣の人に行かないよう、排気口への流れを確認して、座席位置を決め、ネックファンを各自装着していただきました。合唱団の方には、ワクチン3回接種や、PCR検査にご協力していただき、陰性の方のみの参加という、とても厳しい参加条件となってしまいました。

以前より負担が多くなった合唱団の皆さんは、本心ではどう思われているのか、アンケートを実施しました。「コロナ禍で合唱に参加することに不安はなかったのか」「ご家族の反対はなかったのか」と私たちは正直にお伺いしました。ほぼ全員の皆さんから、「感染対策をしっかりしていただいているので、不安はありません。そして、家族からも応援してもらっています」などとの回答をいただき、胸が熱くなりました。

2022年9月1日。3年ぶりの合唱レッスンが行われました。本当にうれしかったです。そして、12月4日。大阪城ホールに2,000人の歌声が戻ってきました(=冒頭画像)。

Alle Menschen werden Brüder
(すべての人は兄弟になる)

この2年間、前に進んだから新しい参加者も増えました。「動画投稿」は小さな子どもでも参加できます。リモートレッスンで、レッスンクラスがなかった全国各地や、海外からも参加できます。テレビ会議システムを使えば、全国でリアルタイムにつながることも。第九の魅力を全て詰め込んだ、80本のレッスン映像もあります。このコロナ禍で、今まで考えつかなかった新しい企画を取り入れて進化を続けることができました。特に昨年はNTT西日本とリアルタイム遠隔合唱実験を行い、東京―大阪の離れた場所から同時に合唱するという最新技術の取り入れに成功しました(大阪城ホールに入場した2,000人の合唱団+動画投稿+生中継参加で合わせてのべ1万2,167人が参加)。そして40回目にして、JNN系列全国28局ネットでの放送も達成しました。

「1度も火を消さずにやってこれたこと。素晴らしいと思います」「人生100年時代の目標にしますね」――合唱に参加してくださった方から頂戴した言葉です。

Alle Menschen werden Brüder」(すべての人は兄弟になる)とあります。「1万人の第九」は、オーケストラ、合唱団、合唱指導の先生、音響や舞台スタッフ、企画チーム、運営スタッフなど、多くの人の力が合わさって初めて実現します。延べ40万人の参加者の方々とスタッフに支えられて、12月の第一日曜日に、世界中でここにしかない「1万人の第九」を感謝の気持ちを持って歌い継いでいきたいと思っています。

最新記事