60周年迎えたMIPTV 2023①~テレビが生き残るためのヒント探る

稲木 せつ子
60周年迎えたMIPTV 2023①~テレビが生き残るためのヒント探る

テレビ番組の国際見本市として最も歴史のある「MIPTV」が今年60年を迎えた。しかし、4月17―19日に南仏カンヌで開催された「MIPTV 2023」で60周年が強調されたのは、オープニングパーティーでのささやかなバースデーケーキの演出くらい(写真㊤=©S.d'HALLOY /IMAGE & CO)。取材して感じたのは、「60」は通過点にすぎず、イベントの焦点は、これまでの歩みの振り返りよりもテレビの未来にあてられていたことだった。

放送をとりまくビジネス環境の大きな地殻変動(SVODなどの配信サービスの普及)は、MIPTVが半世紀を祝った後に顕在化した。さらに、その後のコロナ禍が、リニアからノンリニアへの動画視聴習慣の変化を不可逆的なものにした。放送局の生き残り命題は「いかに放送に頼らずに経営基盤を安定させるか」という段階にきている。参加者も、生き残りのヒントや機会をMIPTVで探していたように感じた。

「今後年間に進化しない会社は脱落する」

最初に基調講演に立ったエヴァン・シャピロ氏(Media Cartographer=「メディア地図作成者」を自称する映像プロデューサーでニューヨーク大の研究者)は、「ストリーミング技術がテレビの視聴方法、消費方法、経済性についての考え方を大きく変えた」とし、放送局にこれまでの認識を改め、放送の枠を超えた思考転換をする必要性を訴えた。また、「今後3年間に進化しない会社は脱落する」と述べ、より視聴者を中心に据えた抜本的な変革をするよう訴えた。

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<「メディア・ユニバース」を背に講演するシャピロ氏/©Y. COATSALIOU/360 MEDIAS>

シャピロ氏は3年前に大学の授業の一環で、米メディアの現状を表す俯瞰図「メディア・ユニバース」を発表し注目を集めた。アップルやグーグル(アルファベット社)などのIT大手を、米大手メディア会社よりも力がある存在として取り上げ、同国のメディア流通は、これらIT大手が仕切っていることを示した。動画消費が放送からネット配信に移っていることを踏まえたもので、同氏は、動画配信を視聴するスマホ(モバイル端末)やCTV(コネクテッドTV)のOSは、アップルのiOSとグーグルのアンドロイドが牛耳っていると指摘。IT大手は「自ら動画ビジネスに参入し、本業で得た多額の収益と個人データを使ってテレビや大手メディアから視聴者を奪っている」と述べ、今や、彼らがメインプレーヤーとなっているとの認識を、不公平と感じても受け入れるよう説いた。

欧州モデルが示す放送局の「耐性」

だが、シャピロ氏は、欧州ではテレビの力が依然として強いとも述べている。動画を1日に1―6時間視聴する人が利用するプラットフォームの視聴割合は、アメリカでは55%が放送、38%が配信だが、欧州では57%が放送、29%が配信となっているとの調査結果を紹介。「アメリカより高齢化が進む欧州では、ストリーミングの普及が緩やかだ」との分析だが、同氏は、欧州の公共放送の優位性がテレビの耐性を高めているとも指摘している。

シャピロ氏は講演後に、ブログで深掘り解説をしており、その情報を加えて紹介すると、欧州主要15カ国の放送産業の収益の割合は、公共放送(受信料)が40%、民放の広告収入(デジタル広告含む)が14%と、公共放送の財源の大きさが目立っている。欧州でテレビ視聴の割合が高いのは、公共放送が競合他社に対して圧倒的な番組数とブランド力、習慣的な優位性を持っていることが大きな要因だとして、配信サービスにおいても公共放送を含めた放送局は健闘していることを示した。

イギリスの配信サービスのランキングでは、ネットフリックス(61%)、YouTube(47%)に次いで、BBCが3位(45%)に入り、アマゾンプライム(41%)より上位につけている。これは欧州の主要国にあてはまる傾向で、公共放送と民放の配信サービスの利用シェアを足し上げると、英、独、仏では放送連合がランキング1位となる。

欧州テレビの「耐性」は、MIPTV恒例のセッション、フランスの調査会社メディアメトリによる「One TV Year In The World」でも言及された。テレビ視聴時間が減るなかでも、欧州主要6カ国の上位5位に入る民放の視聴は安定していると報告している。安定の要因は民放局の積極的な配信サービス活用で、事例にあがったのはイギリス民放ITVの人気ドラマシリーズ『Forgotten』だ。3月20日の放送を790万人が視聴したが、ライブ視聴は番組全視聴のうちわずか29%で、31%が同社の配信サービス(ITVX)の有料版を使って放送前に番組を視聴、36%は放送後に無料でキャッチアップ視聴していた。また、番組のノンリニア配信は、放送の視聴者より最大で8―10歳若い視聴者層にリーチできているとのこと。

FASTに注目集まる

今回、主催者側が力を入れて準備したのは、2日にわたって開催された「FAST」のサイドイベントだ。FAST(FAST=Free Ad-Supported Streaming TV)は、広告モデルによる無料のストリーミングサービスで、多くの市場調査会社が動画ビジネスの次の成長株として注目している。4時間に及んだ「FAST&グローバルサミット」では大手FAST事業者(Pluto TV、楽天ヨーロッパ)や、自社のCTV上でFASTを運営する家電メーカー(サムスン)に加え、コンテンツ供給側として大手制作会社(フリーマントル、バンジェイ)や専門性の高いコンテンツを抱える制作会社(VICE、VEVO)、FASTの技術インフラを提供する会社(Amagi)や、CTVの広告技術を紹介するアナリストらが、FASTへの取り組みを語った。

FASTはアメリカ発のサービスだが、前出の調査会社メディアメトリによると、今や同サービスは欧州のチャンネル数(約2,200)がアメリカ(約1,500)を上回っているという。これはアメリカのFASTが欧州に進出していることもあるが、楽天ヨーロッパなど欧州ベースのローカルFASTサービスのチャンネル数も1,100に達している。その一方、実際の視聴数は、最大手のPluto TVですら放送局と比較にならないほど少ない。メディアメトリは、「仏民放のTF1は、Pluto TVフランスの1カ月分の視聴数(80万ビュー)の30倍を一夜で稼ぐ」と語り、商業的にはいくつか課題があるとの評価だった。

ではなぜ、FASTがこれほど注目されているかというと、動画視聴習慣が放送から配信へ移行するなか、FASTがテレビの専門チャンネルに取って代わる可能性があるからだ。ストリーミング技術が成熟し、FASTの運営コストは下がる見込みで、期間限定チャンネル(クリスマスチャンネル)など多様な編成やチャンネル運営が容易にできることが、ケーブルと比較して優位と見られている。

特にCTVの普及で、より魅力的な広告の機会が生まれている。ターゲット広告など、高度なデジタル広告サービスの提供が可能になっており、広告主や広告会社が自動取引に慣れてきている欧米では、より効果的なマネタイズが期待されている。また、サムスンやLGなどの家電メーカーが、自社のスマホやCTVで独自のFASTサービスを展開するなど、新規プレーヤーが市場参入していることもFASTの活況につながっている。

360度 IPフランチャイズの時代へ

MIPTVで取り上げられる作品の多くが、ヒット小説やマンガのドラマ化という知的財産(IP)のフランチャイズ事例であり、その数も増加している。業界大手のパネリストが言及したのはフランチャイズできるIPコンテンツの開発で、既存のファン層の取り込みだけでなく、ファンコミュニティを形成し、ビジネスにつなげるノウハウを蓄積しているようだ。

その意味で、ITVスタジオで海外ビジネス部門のトップを務めるルス・ベリー氏の講演は、極めて先を見通したものだった。同氏は、ITVスタジオが人気番組『Voice』をメタバースで体験するアプリ制作や、他の人気番組のゲーム化(FORTNITE)を手がけているとし、「テレビの枠を超えて、ブランド(番組)がどう生きていけるかに目を向け始めている」と語っている。そして、「スタジオのコア事業としてマルチジャンル、マルチブランド、多面的なビジネスを構築しようとしている」と述べ、同社が多様なフォーマットのコンテンツを取り扱い、ライセンス供与するという発想は3年前には考えも及ばなかったと打ち明けた。

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<ITVスタジオのルス・ベリー氏/©Y. COATSALIOU/360 MEDIAS>

前出のシャピロ氏は、視聴者はさまざまな媒体に興味を持ち、全てをつまみ食いしているので、コンテンツの価値を最大限に高めるには、SNSだけでなくゲームや音楽など視聴者が重要視する媒体での展開を行う必要性があると説いたが、これは大手メディアが進めている「360度 IPフランチャイズ」につながるアプローチだ。

注目株のFASTの「シングルIPチャンネル」(人気番組のみで編成されるチャンネル)などは、フランチャイズ戦略の一環として、大手メディアが着目している。

FASTの到来で、動画ビジネス環境は新たな局面を迎える。競争は激しくなるだろうが、チャンスも増えるという見方もできるだろう。さまざまな講演を聞きながら、放送局は、テレビの枠にこだわらずに多面的な制作能力を磨き、放送以外の事業者ともパートナーシップを構築して貪欲にコンテンツを提供する場(プラットフォーム)を求めることが大切だと痛感した。期待を込めて、今後も欧州の放送局をウオッチしていきたい。

第2回は日本のテレビ局の動きや番組トレンドをリポートします)

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