60周年迎えたMIPTV 2023②〜規模縮小傾向のなか、踏ん張る日本勢

稲木 せつ子
60周年迎えたMIPTV 2023②〜規模縮小傾向のなか、踏ん張る日本勢

60周年を迎えたテレビ番組(コンテンツ)の国際見本市「MIPTV2023」。主催者発表によると、イベントにリアル参加したのは世界86カ国・地域から5,510人に達し、昨2022年より22%増となったが、バイヤーの数は1,600人にとどまった。コロナ以前(2019年)の入場者は、9,500人。イベント50周年を祝った「MIPTV2013」には、およそ100カ国から11,000人以上(うちバイヤー4,000人)が参加しており、10年で半減したことになる(写真㊤は会場全景=©S.d'HALLOY /IMAGE & CO)

ウクライナ侵攻の影響でロシア勢が不参加だったこともあるが、23年2月に開催された「The London TV Screenings」(LTS)([※]) ですでに主要な発表を済ませたイギリスの大手放送局(BBC・ITV)やグローバル制作会社(フリーマントル、バニジェイなど)が展示ブースを持たず、参加者数を減らしたことも規模縮小の要因となっているようだ。

アジア勢はコロナ明けで積極攻勢

欧米大手の展示ブースが少ない分、目立ったのはアジア勢のリアル参加ぶりだ。韓国、中国勢もコロナ前のレベルに近い形で戻ってきている。アジアは欧州よりコロナ規制が長く続いたこともあり、MIPTVへの参加は4年ぶりという会社がほとんど。日本の局は昨年、日本テレビだけがリアル参加したが、今年は在京全局、在阪3局(朝日放送テレビ、関西テレビ、読売テレビ)が出揃い、中京エリアからも中京テレビが初参加した。

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<チャイナ・パビリオンの復活/© E. HAUTIER / IMAGE&CO>

「コロナ明けでようやくリアル交渉ができる」と、社長自ら現地に乗り込んだのは、朝日放送(ABC)グループだ。朝日放送グループホールディングスの沖中進・代表取締役社長は、コンテンツ事業担当の役員を務めていたころに「MIPCOM」に3度足を運んだ経験がある。当時、ABCは海外ビジネス部門を分社化し、ABCフロンティアを設立していた。就任後、国内業務に追われながらも、放送番組の「二次利用」だった「海外番販」が番組開発を含むコンテンツビジネスに変わりつつある潮流に着目し、海外展開の重要性を説いていたという。

沖中氏は、総個人視聴率(PUT)の低下で事業収益が減少するなか、各局の意識も変わり、放送外収入を海外に求める流れが出てきたと言う。「ようやくコロナが明けた今がチャンス。積極参入するタイミングは、今しかない」と、ABCテレビのコンテンツプロデュース局長と共にカンヌ入りした。「制作担当の局長が来ているということが意識改革の現れです」と力強く現場を激励する沖中氏のこの行動力は、大きな追い風になるだろう。ABCは、秋のMIPCOMに向けて新作投入を目指すとしている。

沖中氏が指摘するように、日本では22年から海外コンテンツビジネスへの多額の資本投入が始まるなど、勢いづいている。先駆けたのはTBSグループで、同年1月にグローバルコンテンツ事業を担う「THE SEVEN」を立ち上げ、11月には配信向けのハイエンドコンテンツ制作のための撮影スタジオとVFXルームの増設計画を発表した。すでにディズニー+やネットフリックスとコンテンツ提携しており、制作に300億円を投資するという。

コンテンツ開発力やプレゼン力を身につける
「近道はない」

こうした流れを受けて、TBSテレビはMIPTVで日本勢から唯一、コンテンツ発表イベント「TALK OF TOKYO」を行った。初日に集まったバイヤーにピッチしたのは、同社の人気バラエティ番組とドラマをフォーマット化した3作品だ。イベント後の取材で、欧州のバイヤーに人気があったのは、同社がゴールデンタイムに放送している『THE神技チャレンジ』のフォーマット『Kamiwaza:The Superhuman Skill Show』で、日曜劇場『マイファミリー』(ディズニー+で全世界配信中)のフォーマットに興味を示す国もあった。

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<「Talk of Tokyo」でコンテンツの魅力を語るTBSテレビの担当者>

フォーマットで近年求められているのが、作品に登場する人々の反応の「Authenticity」、つまり「リアル感」である。『Kamiwaza: ...』の紹介では、視聴率の情報などに加え、演出の秘訣も披露。共感できる理由で賞金獲得を切望する人や家族を選ぶことが番組をリアルなものにすると説明。賞金を子どもの学費に充てたいとする父親がドミノ挑戦に成功し、号泣する様子をリプレイして見せるなど、バイヤーが注目しそうな点を丁寧にプレゼンテーションしていた。昨秋のMIPCOMよりもプレゼン力が上がった印象を受けたが、TBSテレビ・メディアビジネス局の須永麻由グローバルビジネス部長に話を聞いて納得した。

須永氏によると、TBSテレビは単独でも大きな見本市で必ず新作を発表することに決めたという。必ず登壇することで、同局の認知度を高めるとともに、実践によるスキルアップも狙っているようだ。「頑張ったけれどもなかなか評判が良くなかったとか、営業につながらなかった場合、何がいけなかったかを見直し、一歩ずつアピールできる作品(IP)を、オリジナルにこだわらず、商品として開発していく考え方でここまで来ている」という。また、欧米スタイルのプレゼンの仕方、映像の作り方などについても、さまざまな見本市に足を運び、欧米大手のプレゼンを見て肌で違いを感じ、トレンドをつかみながら組み立てているそうだ。そして、外部からプレゼンのアドバイスを受けるだけでなく、話し方のトレーニングなどもスタッフ全員が受けているという。須永氏は「近道はない」とも語り、目に見えない努力の大切さを強調したが、失敗を恐れず前進を目指せる仕事環境があれば、ステップアップも速いのではないだろうか。

コンセプトペーパーが半年で
「The London TV Screenings」に

TBSテレビのような資金力がなくても、チャンスはある。昨秋のMIPCOMで新作ドラマをプレミア上映した関西テレビ(カンテレ)は、これまでよりも小さい、机1つのブースでMIPTVに出展した。秋に備えて資金投下にメリハリをつけたとのことだったが、同社が考案したゲームショー『クイズポン』のフォーマットセールスは、共同開発した大手制作会社のフリーマントルがしっかり行っている。世界中からコンテンツを集めているフリーマントルだが、『クイズポン』は今年の優先セールス6作品の1つとなっており、イベント開催中、会場付近に設置された特設スクリーンで『クイズポン』の番組宣伝ビデオもループで流れていた。

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<会場付近の特設スクリーンで流れる『クイズポン』のトレーラー>

日本のフォーマットが大手制作会社の目にとまっても、見本市でのセールスが半年内に実現する例はまだ少ない。ここまでの経緯をカンテレに取材した。『クイズポン』は、宴会やパーティーで楽しまれるゲーム「ビアポン」とクイズ番組を合体したもので、番組用に作られたビアポン(標的)に、ボールを入れることに成功すれば、ライバルチームへの質問の難度を上げることができるという巧妙な仕掛けがある。知力と体力が求められ、球入れの成功でライバルの足を引っ張れるので、対戦の展開がよりエキサイティングになる。

カンテレには、深夜に若手育成を兼ねた番組開発枠があり、ここでフォーマット展開できる番組の企画案を募集し、選ばれたのが『クイズポン』だった。コンセプトペーパーのままで海外のバイヤーや制作会社にアプローチして反応をうかがったところ、フリーマントルがすぐに興味を示した。共同開発した番組をフリーマントルがグローバル販売する形にとんとん拍子で話がまとまり昨秋のMIPCOMでスピード成約となっている。そこからオンライン会議などを通じて、コンセプトの肉づけが始まり、昨年12月にカンテレが前述の深夜枠で放送。OA素材をフリーマントルが編集してトレーラーを作り、前述した今年2月のLTSで同社が招待したバイヤーにお披露目した。

開発に関わったフリーマントルのグローバル買い付け・開発担当、ヴァシャ・ウォレス上級副社長は、「今視聴者が求めているのは、楽しく、気分が明るくなるもの」としたうえで、『クイズポン』は強力で新鮮なアイデアだと評価している。そして、話がまとまった背景として「カンテレは、当初からグローバルな視野を持つフリーマントルの開発チームと共同開発し、そのネットワークを活用したいとの考えを明確に持っていた」としている。両者の関係はとてもオープンなもので、MIPTVの会合でも、バイヤーからのフィードバックをもとに番組のバージョン2を制作することが提案されたそうだ。制作の苦労はカンテレ側の負担となるが、こうしたハードルを越えないと最終目的である番組販売につながらない。次に紹介するオランダのヒットフォーマットも、何度か練り直しされている。貴重な共同開発の経験をぜひ、さらに深めてほしい。

話題フォーマット『The Traitors(裏切り者)』

この春、欧米バイヤーの注目を集めたのがリアリティ番組『The Traitors』だ。同番組は、城に集まったセレブや一般人が、賞金を目指してさまざまなチャレンジをする勝ち抜き形式のゲームショーで、参加者の中に3人裏切り者がいて、毎回参加者が裏切り者とレッテルを貼る仲間を追放していく。最終回に残った3―4人の中に裏切り者が残っていれば、賞金は裏切り者が独り占め、いなければ残った参加者が山分けするというルールになっている。

近年の大ヒット『ザ・マスクド・シンガー』はSNS上などで視聴者がシンガーの正体を予想して盛り上がる番組だが、『The Traitors』では、初回に参加者のなかから裏切り者が指名されるので、視聴者は誰が裏切り者なのかを最初から知ることになる。ここが『ザ・マスクド・シンガー』とは異なる。視聴者に予想をさせるのではなく、視聴者は「ここぞ」という場面で、裏切り者がどのように仲間を騙していくのか、また知らない参加者がどう対応するかといった人間ドラマを楽しむ作りになっており、フォーマット制作者は、従来のリアリティ番組のような演出をしなくても、撮影で自然な「Authenticity」=リアル感が出ると説明している。

The Traitors group (L-R) Amos, Maddy, Fay, Ivan, John, Theo, Kieran, Andrea, Wilfred, Meryl, Alyssa, Tom, Claudia Winkleman, Aisha, Imran, Claire, Alex, Nicky, Matt, Amanda, Rayan, Hannah, Aaron. Full body v235mb.jpg

<『The Traitors』英国版はBBC1が放送/©All3Media International>

オランダで生まれた『The Traitors』のフォーマットは、この2年間に欧米や豪州など20カ国でローカライズされる大ヒットとなった。しかし、既存のヒット概念に逆行する企画アイデアが採用されるまでにロケーション撮影はオリジナル案の船中から砂漠、そして城と変遷した。そして、オランダで最初の番組が作られるまでに数年間の醸成期間があり、裏切り者がまとうマントなど、番組のさまざまな構成要素が付け加えられたとのことだ。

業界誌は『The Traitors』のヒットが『ザ・マスクド・シンガー』以降停滞ぎみだったフォーマット業界を活気づけると評している。同時に、筆者は視聴者が番組に期待するリアル感のハードルが一段高くなった気がしている。リアリティ番組でないノンスクリプト(台本のない)番組でも、いずれドキュメンタリーのようなリアル感が期待されるようになると、『THE神技チャレンジ』が成功してうれしいとか、『クイズポン』でボールが外れて残念といったその場の盛り上がりだけで欧米の視聴者は満足するだろうか、と老婆心ながら気になった。

ドラマバブルの崩壊

MIPTVで基調講演したカナルプリュス・スタジオの社長が「今や、完全にドラマバブルがはじけた」と語ったが、世界的な傾向として、SVODのドラマ予算規模が昨年から減っている。イギリスのメディア調査会社アンペア・アナリシスのトップ、ガイ・ビッソン氏は、SVOD市場の飽和により、ネットフリックスなど大手の経営戦略が「契約者獲得から契約者留保に変わった」と分析したうえで、この変化がコンテンツ需要を変えていると語る。例えば、赤字覚悟で契約者数を伸ばした市場拡大期には高額予算の大型ドラマが求められたが、今は、新規大型発注は控えめになっている。代わりに予算単価の低いドラマシリーズやノンスクリプト番組(リアリティや犯罪事件などを扱うファクチュアル番組)への需要が高まっているとのことだ。SVODの懐を狙っていた大手制作会社らは「厳しい時代の到来」と話している。

その一方で、SVODや大手メディア会社がコンテンツを抱え込まなくなり、第三者へのライセンス取引が増えている。また、完成版のドラマ販売よりも、共同出資を想定したプリセール取引が盛んになっているとのことだ。さらにFASTの普及で、人気ドラマの寿命はSVOD配信、無料放送、FAST配信と延命している。日本勢がクローバル市場向けにドラマ制作を進めるなか、これらのトレンドに目配りする必要もありそうだ。

規模が縮小されたMIPTVを主催する「RXフランス」でイベント担当ディレクターを務めるルーシー・スミス氏は、第三者へのライセンス取引が増えれば、MIPTVのような国際見本市の価値が高まるとしている。確かに、最近ライセンシングの方針転換をしたFOXエンターテインメントや、パラマウント、ワーナーブラザーズ・ディスカバリーは今回のMIPTVで展示ブースを構えていた。このトレンドが続けば、アメリカ勢はMIPTVの出展者として戻ってくるかもしれない。

実のところ、ロンドンのLTSは多くのイベントが招待オンリーで、MIPTVのように誰にでも開かれているわけではない。そう考えると、MIPTVは参加者数の減少に神経質になるのではなく、商談の質とアポの取りやすさで評価するべきなのかもしれない。

参加した在京テレビ社で、1日単位の面談数は以前と大きく変わっていないというところもあった。このほかに「活況なMIPTVは必要」という声も耳にした。やはり、MIPTVに来れば世界中を駆け回らなくても資金力のある中東や南米大手、アフリカ大手のバイヤーに会えるというのは大きな魅力だ。主催者にはぜひ来年以降もしっかりとバイヤーを確保して、国際見本市の存在を維持してほしい。

<①はこちら


[※]「The London TV Screenings」(LTS)はロンドン市内にある劇場を使ってイギリスに拠点を置く大手メディア会社やスタジオがコンテンツ販売の取引先(バイヤー)を招いて新作を発表するイベント。BBCスタジオがリバプールで開いていた新作発表会に時期を合わせ、大手制作会社らがロンドンで新作発表したのが始まりで、2021年にITVスタジオと大手4社(All3Media International、バンジェイ、eOne、フリーマントル)が共同開催者となり、LTSが正式に立ち上げられた(当時はバーチャル開催)。リアル開催となった22年以来、参加を希望する制作会社が増え続け、今年(2023年2月27日ー3月3日)はNBCユニバーサルやソニー・ピクチャーズなどのハリウッドスタジオに加え、Red Arrowなど欧州ベースの制作会社ら合わせて28社(前年比87%増)がロンドン市内の劇場などで500人の招待バイヤーに向けて新作を発表した。

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