日本列島を音でつづるラジオ番組『録音風物誌』が、1953年4月の放送開始から70年を迎えた。制作は東京、大阪以外の民放AMラジオ37社が加盟する「地方民間放送共同制作協議会」(火曜会)で、週1回の10分番組を各局持ち回りで制作して、全国33局で放送している。
1958年からは、放送された番組のコンクールが実施されてきた。中断や隔年開催の年もあったが、1985年以降は毎年開催され、優れた番組が表彰され入賞番組は再放送されている。筆者は10年近くこのコンクールの審査員を務めてきた。その中で感じたこと、考えたことを、70年にあたりまとめておきたい。
『録音風物誌』はラジオ番組の基本形
今ではすっかり死語になってしまっているが、ラジオには「録音構成」と呼ばれる番組ジャンルがあった。録音機材を抱えて現場に行き、そこで取材した音を局に戻って編集して、そこにナレーションをつけて構成する番組である。今でもニュース番組などに、その片鱗が残っているが、生ワイド番組全盛時代になり、いつのまにか姿を消しつつある。
録音構成はシンプルであるがゆえに、ラジオの真髄ともいえるもの=基本だ。まずどんな音を録音するのか? また録音した音素材のどこを切って、なにを残すのか。そしてどのような順番でつないでいくのか(編集する)、そこにはなにより制作者のセンスが求められる。
そして音を聴いただけではわからない部分に、どんな情報を短く的確なナレーションで足していくのか、基本要素が少ないぶん、実は工夫のしがいは多い。
取材音とナレーションの分量、編集のタイミング、なにより大切な無音=「間」の秒数など、考え始めればキリがない。それを短時間で対処し、放送に間に合わせなければならない。それゆえ、ラジオの現場で新人記者やディレクターは、まずこれを体で覚えることが求められた。そして音だけのメディアでなにが可能なのかを、自ずと学んでいった。
『録音風物誌』には、このラジオの基本形が色濃く残されている。この番組を制作することで、ラジオの可能性や制作の面白さに気づいた人も多く、優れたラジオ制作者を輩出してきた。それはこの番組だけにとどまらず、ここで学んだことを活かして、長尺のドキュメンタリー番組や人気ワイド番組の制作へと広がっていった。
『録音風物誌』の魅力とは
地方AM局の番組の多くは、その局の放送エリアだけに放送される番組がほとんどだ。そのため、どうしてもエリア向けの情報が多くなり(そのぶん地域からの親近感は増すが)全国放送とは少し距離が生まれてしまう。
だが『録音風物誌』は全国ネットの番組だ。北は北海道から南は沖縄まで、全国33局ネットで全国各地で放送されている。自分が制作した番組が全国で多くの人に聴いてもらえるチャンスでもある。と同時に、エリア向けの制作から視野が大きく広がっていく機会となる。
その地域ではあたりまえの呼称や地名、言葉が全国ではわからないことも多い。当該地域の人だけでなく全国の人にも理解される言葉選びが求められることになる。たとえば、福島県では「浜通り」「中通り」、福井県では「嶺南」「嶺北」といった地域区分は県民にはあたりまえでも、全国ではわかりづらい。
こうした地域差は、ほかにもたくさんある。魚の名前、風習など日本列島は一様ではない。全国の人に伝えるにはどうすればいいのか? 録音風物誌の制作は、たえずそのことを制作者に問いかける。これはふだんの番組制作にもつながることだ。自分勝手な「伝わるはずだ」という思い込みから離れて、客観的に番組を見つめ直す契機になっていく。全国を意識することで、番組の伝わる力が飛躍する。
そして音だけで伝える技術も深められていく。地域の祭り、伝統工芸、魅力的な人を、取材音と短い言葉でどのように伝えていけるか? 映像がないからこそ、聴取者がラジオを聴いて、脳内に人物や事物、情景などの映像を思い浮かべられるように、音と言葉だけで描くことができるのか。イメージが広がる音の選び方や、ナレーションの言葉が短く研ぎ澄まされていく。ここで培われた制作技術は、生ワイド番組でも活かされていく。たえず映像が浮かびやすい言葉選びや効果的な音選びが可能になるのだ。
傑作から見えてくる音の世界
今年のコンクールでは、参加した全49番組から、山形放送『うけたもう!羽黒山伏ティム』が最優秀賞に選ばれた。
羽黒山には200人近い山伏がいて、中には外国人の山伏も珍しくない。長い石段を上がるときに石段を突く音、ほら貝の響き、川での禊で唱えられる言葉など、ふだん聞き慣れない音によって、山伏の世界と国際化が描かれていた。なにより題材の選び方(着目点)に優れていて、良い音で録音するための取材時の工夫が生きた傑作だった。優秀賞は北日本放送『げんじぃの手作りヤギ牧場』、新人賞に高知放送『牧野博士を愛する小学生のガイドさん』が選ばれた。(8月8日既報)
ここ数年の入賞作品には、忘れられない傑作がいくつもある。2022年最優秀を受賞した、熊本放送『市電の呼吸に全集中』は、着想の見事さにうならされた。熊本市内を走る路面電車のブレーキ音を取り上げて、運転士の卓抜した技術を走行する車両の中から伝えた番組だった。坂道や交差点、停車時のブレーキ音は、人々の日常に刻まれている、かけがえのない音の風景だった。大きな衝撃もなく気持ち良く停まる車両の裏に隠れた、運転士たちの類いまれなる技量と努力を伝えていた。
また、優秀賞の山形放送『豪雪地帯の雪下ろし~空から冷蔵庫が降ってきた!』は、軒先から落とされた雪塊と地上との衝撃音からその大きさ(冷蔵庫大)と、過酷な雪降ろし作業を伝えていた。
2021年の最優秀、南日本放送『屋久島民謡 まつばんだ』は、すたれつつある民謡の現在をとりあげていた。
目を閉じて、耳をすまそう
ラジオには映像がないからこそ、聴取者は耳で音を受け取り、自分の脳内で想像して自分なりの映像を結んでいく。だから同じ音を聴いても、聴取者が描く映像は、百人百様でそれぞれ違っている。だから面白いし、そこには無限の可能性がある。
『録音風物誌』は、その音の魅力を伝えてくれる番組だ。だから70年もの長きにわたって続いてきた。そしてこの番組から数千人の制作者たちが巣立ち、ラジオの世界を豊かにしてきた。この番組はラジオ制作者たちが、長きにわたって作り上げてきた音の世界の原点であり、到達点でもある。
さあ、ラジオ制作者は目を閉じて、街へ出よう。
世界はまだ番組では取り上げられていない、未知の音にあふれている。