シリーズ企画「戦争と向き合う」は、各放送局で戦争をテーマに番組を制作された方を中心に寄稿いただき、戦争の実相を伝える意義や戦争報道のあり方を考えていく企画です(まとめページはこちら)。
第16回は富山テレビ放送の前田恭佑さん。2025年4月から始めた「戦後80年ーつなぐー」プロジェクトで取り上げた富山大空襲を語り継ぐ親子を紹介いただきました。(編集広報部)
富山テレビ放送は、2025年4月から戦争の記憶を次の時代へつないでいくプロジェクト「戦後80年-つなぐ-」(※外部サイトに遷移します)をスタートさせました。終戦から80年がたち、戦争の記憶が風化していくなか、体験した人、その記憶を受け継ぐ人、そうした人々の「声」を伝える取り組みです。プロジェクトは、ニュース番組である『ライブBBT』(月~金、15:20~19:00)の企画として放送するところからスタートし、終戦80年を迎える8月にドキュメンタリー番組を放送することを一つの目標としています。
「富山大空襲」を3世代で語り継ぐ
プロジェクトの初回に取り上げたのは、「富山大空襲」を3世代で語り継いでいる親子です。1945年8月2日未明の富山大空襲では、米軍のB29爆撃機によって50万発を超える焼夷弾が落とされ、中心市街地の99.5%が焼失、2,700人を超える命が奪われました。
今年90歳を迎えた佐藤進さんは、10歳の時に富山大空襲を体験しました。空襲が終わり、避難しようと飛び込んだ川から上がって辺りを見渡すと「一面焼け野原だった」と振り返り、男か女かわからないような遺体が転がる「地獄」のような光景を目の当たりにしたと語ります。
<10歳の時に富山大空襲を体験した佐藤進さん>
佐藤さんを取材しようと思ったのは、2001年から「富山大空襲を語り継ぐ会」の語り部として活動し、これまでに250回以上も講演を通してその記憶を伝える活動を続けていること。そして、娘の西田亜希代さんと、孫で高校2年生の七虹(ななこ)さんがその思いを受け継ぎ、語り部の活動に取り組んでいることを知ったからです。娘の亜希代さんは、高齢となった進さんの講演活動に付き添い、語り部の活動をサポートしています。そして毎回、進さんの講演の様子をビデオカメラで撮影し、戦争の体験についてどのように語るか記録しています。亜希代さんが大切にしているのは戦争体験者の「言葉」です。戦争を体験していない2世の語り部だからこそ、進さんが口にする言葉を、できるだけそのまま、聞く人に伝えるよう心がけていると言います。
<語り部活動をサポートする娘の西田亜希代さん㊧>
孫の七虹さんは、富山県内の高校生とともに、富山大空襲の記憶の継承に取り組むボランティア団体「輪音(わおん)」を立ち上げ、共同代表を務めています。輪音ではこの夏、大空襲の戦跡巡りを開催し、戦争を知らない子どもに、かつて富山の街で大空襲があったことを伝えようとしています。取材では、七虹さんが進さんの自宅を訪れ、大空襲当時の街の様子や現在どのような戦跡が残っているかについて、尋ねていました。
<富山大空襲の記憶の継承に取り組むボランティア団体「輪音」を立ち上げた七虹さん(中央)>
佐藤さんと亜希代さん、七虹さん親子の間には、日常の会話の中に自然と戦争や平和に関する内容が含まれ、語られています。戦後80年がたち、体験者の「言葉」が徐々に失われるなか、家族でその記憶を受け継ぎ、次の時代に伝えていく取り組みは、一つのあるべき姿なのだろうと感じます。
「2世の語り部」にフォーカス
2025年8月に放送を予定しているドキュメンタリー番組は、戦争を自ら体験していない「2世の語り部」を題材に制作を考えています。現在、継続して取材を進めているのが、富山大空襲を語り継ぐ親子の西田亜希代さんと、富山県被爆者協議会で会長を務める被爆2世の小島貴雄さんの二人です。
語り部として、富山県内の小中学校などに出向く小島さんは、特攻隊員としての訓練中に広島で被爆した父、六雄さんの体験を語り継いでいます。「朝鮮人の女子学生とすれ違った時、背中の服が破れ裂けて皮膚がただれていた」。小島さんは、語り部として人前に立つ時、六雄さんが「地獄の最初」と語ったこの光景を、必ず伝えるようにしていると言います。
<精力的に語り部活動に取り組む小島貴雄さん>
「被爆の実相を伝えるのは親子の会話以上のものだから、父も一生懸命話してくれた」
小島さんは、おととし100歳で亡くなった六雄さんの思いを引き継ぎ、被爆体験を語り継ぐ活動を始めました。会長を務める県被爆者協議会は、全国の組織同様、後継者問題に直面していますが、2世の小島さんが先頭に立ち、戦後80年の今年、精力的に活動に取り組んでいます。夏には、協議会として初めて県内の高校生とともに広島を訪れ、平和記念公園や資料館を巡る「慰霊の旅」を実施することにしました。番組では、小島さんが父の思いを背負いながら被爆体験を語り継ぐ姿を追い、2世が抱える葛藤や、平和への願いを伝えたいと考えています。
伝える苦しみを乗り越えた「言葉」に傾聴
戦争では多くのものが犠牲になりました。体験者にとってその記憶は、伝えることに苦しみを伴うものかもしれません。だからこそ、苦しみを越えて表された「言葉」には、耳を傾け、向き合わなければならないと感じます。
「戦後80年-つなぐ-」では、その営みを記録し、伝えていきたいと考えています。