「夏の甲子園」ラジオ実況の魅力 アナウンサー自身がディレクターでもある ABC北條瑛祐アナウンサー

北條 瑛祐
「夏の甲子園」ラジオ実況の魅力 アナウンサー自身がディレクターでもある ABC北條瑛祐アナウンサー

今年で106回目を迎えた全国高等学校野球選手権大会。「夏の甲子園」と呼ぶ方も多いかもしれません。甲子園球場は1924年8月1日に開場し、同年の第10回全国中等学校優勝野球大会から球児たちの夢の舞台として存在しています。つまり今大会は甲子園100周年の節目でもありました。

私は朝日放送ラジオ(ABCラジオ)で、「夏の甲子園」決勝戦の実況を昨年から2年連続で担当しています。決勝戦そのものは入社して以降、何度も現地で観てきました。新しい歴史や優勝校が生まれるたびに自分ならどう表現するだろうかと考え、「実況をするからには、いつか決勝戦を担当したい」と想い続けていました。

いつも以上に意識して描写する

いざ決勝戦の実況席に座ると、感じる雰囲気はこれまでとは明らかに違いました。球場から盛り上がりを感じる一方で、何か重たい圧のようなものが見えてくるのです。そこには敗れたチームが残していったものや日本一を決める戦いへの緊張感などが混ざっているのでしょう。当日だけではなく、一回戦、さらには地方大会から続くストーリーの集大成がその雰囲気を作っているとあらためて気づかされます。

今年から高校野球の大きな転換点として低反発の硬式金属バットの導入により打球の平均的な飛距離が出にくくなりました。その影響もあったのか、野球の基本的な技術と言っていい守備力や投手力、送りバントといった基礎の部分が試合結果により結びついた大会でした。

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<ABCラジオが今大会の中継でradikoに掲載したサムネイル画像>

決勝で戦った関東第一(東東京)と京都国際(京都)はどちらが勝っても初優勝。ともに複数の好投手がいて、守備も鍛えられていました。試合は0対0のまま9回を終え、初めて決勝戦が延長タイブレーク制(無死、一・二塁で攻撃開始)での決着となりました。まさに1点を争う試合が多かった今大会を象徴する試合でした。

だからこそ、音だけで楽しんでいただくラジオ中継の難しさや醍醐味が詰まった大会でもあったのではないかと思います。映像のあるテレビでは「上手い!」「難しい打球!」などの表現で共感を得られる場面は多々あります。しかしラジオは、どう上手いのか? 何が難しいのか? を伝えなければリスナーはイメージできません。

決勝戦はまさに高校球界トップレベルの守備とその隙をついた1点の奪い合い。選手の一挙手一投足、飛んだボールの行方が非常に大きな意味を持つ試合でした。投手が投げる球種、風向き、打球の速度や方向、野手の守備位置や動き、捕球時のグラブさばきや体勢――。描写すべき要素は山ほどあります。さらに試合の緊迫感を表現するために、お互いが何度もピンチをしのいだ際に見せる選手の笑顔や叫び声をいつも以上に意識して描写に活かしました。

そのような試合が決勝戦として初めての延長タイブレーク制での決着になること、それが甲子園100周年の大会で起きたこと、そして誕生するのは初優勝校――。最後の一言まで大会のストーリーとしてしっかり盛り込まないといけないと感じ、優勝が決まる瞬間まで少ない言葉でどう表現すべきかを考えていました。

音声だけで聴く野球中継

限られた数秒間で、数多くある情報からどれを優先して抽出すれば、目の前の光景をより鮮明に思い描いてもらえるのか。常に模索しながら私は実況をしています。

私がラジオ実況を教わった際、まず先輩から言われたことが「聴いている方々がまるで球場に来ていると感じる放送を目指しなさい」でした。映像がない媒体において非常に高いハードルです。「無茶なことを......」とすぐに思ったのが本音です。

ただ球場にいるときにあえて目を閉じ、ラジオを片手に先輩の実況を聞くと、目の前で起きているプレーや選手の表情、打者と投手による一球ごとの間、ユニフォームの色など、あらゆることを脳内でイメージできました。"音"で野球を楽しむという感覚に、そのとき初めて出会いました。

音に集中することで、ラジオはテレビよりも打球音や応援など、球場で起こる"熱"もより感じることができると思っています。プレー以外にもチャンス時の応援のボルテージや、試合後に選手が行うアルプススタンドの自校応援団へのあいさつやあふれ出る涙など、リスナーに伝えたいことがたくさんあります。

テレビではカメラが複数台あり映像も切り替えられますが、限界もあります。しかしラジオはアナウンサー自身がディレクターでもあり、見える範囲すべてを好きなタイミングでリスナーへ言葉にして提示することができます。その瞬間の情報量で見るとテレビよりも多く示せているときもあります。もしかすると映像よりもいろいろな角度から中継を楽しめるかもしれません。

一方で、ラジオってどれだけの人が聴いているのかな? 音声だけで楽しむ野球中継ってどこまで需要があるのだろう? そのような想いを日々持っているのも事実です。

実際、私も学生時代に野球中継をラジオで聴くことに馴染みはありませんでした。決して嫌いなのではなく、生活の中の選択肢としてラジオで野球を聴くことがありませんでした。

そんな私が今はその魅力を知り、伝える側になっています。だからこそ音声だけで聴く野球中継の魅力に少しでも触れてもらえれば、きっと引き込まれる人がいるはずだと信じています。

"音"の可能性

今年の夏からABCラジオは新サービス「オーディオ高校野球」として、radikoで全試合の無料音声配信を実施しました。リスナーへの認知も大会の経過とともに進み、決勝戦の聴取者数は1万人を大きく超えました。時間帯によっては2万人に近い方々が聴いてくださったそうです。

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まだまだ"音"の可能性はたくさんあるな。そう感じずにはいられません。

甲子園の放送席はバックネット裏の特等席です。最高の場所から野球を観させてもらっている以上、誰よりも球場の様子を伝えるチャンスがあるはずなのです。ラジオで野球を楽しむきっかけとなり、魅力を伝える存在として、これからも言葉の使い手として精進していきます。

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