私が大事にしているのは「当事者」から話を聞くことです。テレビ朝日で記者・ディレクターとして働いているうちに、組織やコミュニティの中にいるからこそ語れる情報や知識、経験をもとにした話は、取材の厚みとなることを学びました。
このノウハウをインターネットに持ち込んだのが、私がチーフプロデューサーを務める動画配信サービス「ABEMA」の報道番組『ABEMA Prime』(月―金、21・00―23・00)です。これまでに麻原彰晃こと松本智津夫・元死刑囚の三女・松本麗華さんや"日大アメフト騒動"の井上奨・元コーチなど、渦中の人物に話を聞いてきました。放送であっても配信であっても、ジャーナリズムにおいて最も重要なことは、当事者から話を聞くことだと考えています。
テレビがタレコミ先でなくなっている
7月のある日、私名義のTwitterにこんなダイレクトメッセージ(DM)が届きました。「旧統一教会(世界平和統一家庭連合)の信者として生まれた宗教2世です。両親が億の献金をしたうえ、自己破産しているため、山上徹也・容疑者と同じような家庭環境でしたが、結果的には教団に感謝しています。ただ、盲信的に信仰しているわけでもありません。このような立場で出演させていただけないでしょうか?」。私にとって、いま一番話を聞きたい当事者からの連絡でした。
実際に会ってみると、この男性は「献金はしない無料会員」「教えに反して恋愛はするが結婚相手は同じ2世がいい」「日本が韓国への送金役というシステムには疑問がある」「教会は自らのアイデンティティなので、なくなったら困る」などと、現役の2世信者だから語れるエピソードを話してくれました。私はこの"メチャクチャおいしい話"に飛びつきました。信者たちの生活や信仰心、コミュニティとしての教会のあり方など、中からの視点を盛り込むことで、旧統一教会をめぐる問題の核心に近づけると考え、番組で取材・配信することにしました。
<番組で現役の2世信者を取材>
この話からお伝えしたいことは2つあります。1つは「テレビがタレコミ先(情報の持ち込み先)でなくなっている」ということです。DMという手段自体は今っぽいですが、少し前であれば「私の話を聞いてほしい」と訴えてくる先は、テレビだったと思います。
彼が『ABEMA Prime』の責任者である私にDMを送ってくれたのは、以前から番組を視聴していたから、ということもありましたが、それ以上に「ネットの方が自由そうだから」という理由が大きかったようです。また、テレビに登場するのが元信者や、霊感商法・高額献金の被害者ばかりで、現役信者である自分の意見は聞いてもらえないと思ったようです。
『ABEMA Prime』では当事者性にこだわり、さまざまなバックグラウンドを持つ人たちの言葉や経験に耳を傾けてきました。中には小児性愛事件の元加害者や、詐欺に手を染めた元犯罪者など、かつて道を外れたことがある人もいました。また旧統一教会ではありませんが、宗教2世の生きづらさを特集したこともあります。
私は多様性のある社会を目指すうえで「コンテンツはこうあるべき」と、意見や論調を決めつけない方がいいと思っています。たまたま時期が重なっただけではありますが、コロナ給付金誤送金事件の田口翔・被告が保釈後に、テレビではなくヒカルさんのYouTubeに登場したのも、似たような背景があると思っています。彼は記者会見をしたとしても一面的な批判を受けるだけだ、と考えたのではないでしょうか。この流れは加速する一方だとは思いますが、テレビの作り手側が「あなたたちの話も聞きたい」というスタンスを取ることが大事だと思います。
地上波に完結せず「情報空間」に発信を
もう1つは、今のテレビ報道は「不便だ」ということです。生放送では一時停止ができませんし、再生スピードは等倍に限られ、巻き戻しもスキップもできません。また、テレビを持ち運ぶのは簡単ではありません。一方で、ABEMAやNetflix、Amazonプライム、YouTubeといったプラットホームでの配信は、それらが自由自在です。
若い世代や、生活をデジタルシフトした人たちにとって、テレビは使い勝手が悪いデバイスになってしまいました。もはや生放送や生配信だけでは、多くのユーザーにコンテンツを届けることができません。そこで『ABEMA Prime』では今回の現役2世信者企画を、より便利に見てもらうために以下のような形でお伝えすることにしました。
・ABEMAアプリでリニア配信を始めると同時に、オンデマンドで全編配信
・同じタイミングでYouTubeで全編を公開。さらにダイジェスト版、縦型画面向けのショート版も配信
・TikTokで配信
・オウンドメディアである『ABEMA TIMES』で記事化し、公開
このようにコンテンツの形式にこだわらず、情報を受け取る人のスタイルに合わせたアウトプットを心がけました。これからの報道は、テレビに不便さを感じているユーザーにも届けるために、地上波だけで完結せず、放送と通信をひっくるめた「情報空間」に向けて、発信する必要があります。時間とお金、人をかけて取材した貴重な情報を、ユーザーに届け切る努力が求められています。
ちなみに今回の企画は、私たちの手による公式の発信よりも、東スポWebが配信した記事『ひろゆき氏 〝旧統一教会〟現役信者から素朴な疑問「なんでバッシングするの?」に冷静回答』の方がより多くの人にリーチした模様です。まだまだ道半ばですし、勝ちパターンも分かっていません。
<筆者も出演し、メディア論を議論>
個人が実名Twitterをやるべき
話は変わります。ABEMAで仕事する中で感じるのですが、ネットで何かを発信する人は、テレビが大好きです。彼らはTwitterや掲示板でずっとテレビのことを話していますし、報道のあり方・あるべき姿といった話題は鉄板ネタです。
私は、報道コンテンツを作る側がもっと彼らとコミュニケーションを取るべきだと思います。手っ取り早いところでは、番組名など所属を明かしたうえで、Twitterのアカウントを持ち、彼らと話し合うのがいいと思います。クリティカルな指摘もあれば、陰謀めいた見解もあります。そして何より「テレビ報道がどう見られているのか」がよく分かります。ちなみに匿名ではなく実名をお勧めします。ごくたまにですが「メチャクチャおいしい話」が飛び込んできますので――。