【民放報道の現場から⑦】山梨県知事インタビューをめぐる「質問封じ」問題 未来の報道に対する責務を果たす

芹沢 年延
【民放報道の現場から⑦】山梨県知事インタビューをめぐる「質問封じ」問題 未来の報道に対する責務を果たす

民放連では、民間放送の価値を高め、それを内外に広く伝えることに力点を置いた「民間放送の価値を最大限に高め、社会に伝える施策」を策定し、2022-2023年度の2年間にわたり取り組んでいる。その具体的取り組みとして、報道委員会(委員長=大橋善光・読売テレビ放送社長)は、報道現場を熟知する担当者によるシリーズ企画「民放報道の現場から」を始めることとした。報道に関するトピックや実情などを、定期的に掲載する。
7回目は、テレビ山梨(UTY)報道部で県政担当キャップを務める芹沢年延氏。今年2月、山梨県の長崎幸太郎知事へのインタビュー取材をめぐって、県の担当者が報道機関に対し、知事の政治資金関係の質問をしないように求め、応じない社はインタビューを実施できなかった。一連の問題についてご寄稿いただいた。

※記事中の画像はUTY提供


2月7日の朝、山梨県庁の駐車場で、通話を終えた携帯電話を助手席にポンと放った。投げつけるほどの怒りではない。ただ、一線を越えられたことに対して「やるべきことをやるだけだ」と覚悟した。

そのおよそ1カ月前、県の広聴広報課から「長崎幸太郎知事の就任6年目のインタビューについて、日程を調整するので質問項目を出してもらいたい」と連絡があった。私はいくつかの項目の最後に「政治とカネの問題について」と書いて提出した。当時長崎知事は取材に対して「問題はない」としていたが、自民党・二階派の一員としての見解を問うつもりだった。インタビューは2月上旬から1日数社ごと数日に分けて行われることになった。

しかし、1月20日に長崎知事は二階派から現金1,182万円を受け取り、政治資金収支報告書に記載しないまま4年以上金庫に保管していたと明らかにした。「預り金だと思っていた」「確認を失念した」とのことだ(不記載問題に関する筆者の解説記事はこちら)。

「説明責任は果たした」と知事は言うが、とても納得できるものではない。調べるにつれて新たな疑問も浮かんでくる。「答えを差し控える」「それは二階派に聞いてください」という回答が増えていくにつれて、定例会見の場での追及に限界も感じていた。県の広聴広報課に対して「インタビューの質問予定項目を出した時とは状況が違う」と訴え、質問予定項目の文言を「政治とカネの問題について」から「自身の不記載問題について」に変更すると通告した。単独インタビューの場で独自に調べた疑問もぶつけるつもりだった。

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<長崎幸太郎知事の会見を伝えるUTYニュース>

2月5日から各社のインタビュー取材が始まった。ある社は「不記載に関する質問をしたら、『その質問自体がナンセンス』と言われた」とぼやいていた。穏やかではない雰囲気になっているようだった。

そして2月7日。県の担当者は電話で「不記載に関する質問を削除してもらいたい」「すでに定例会見で答えていて、それ以上の答えはない」、そして「削除してもらえなければインタビューに応じられなくなる」と告げた。私は「インタビュー自体できないってことですか?」と確認したが「そういうことです」という答えだった。

「上の者と相談して回答します」と電話を切ったが、答えは決まっていた。上司も同じ考えだった。私は県の担当者に対し、「本当に質問を削除しなければインタビューできなくなるのか」と再度確認したうえで、「応じることはできません」と告げた。その後、担当者が「上の者」と相談してから出してきた答えは「そういうことであれば知事のインタビューはなしということで」であった。私は担当者と直接話をして、複数の社に対して質問削除の要請をしていることを知った。「なぜうちだけインタビューできないのか」と問うたが、答えは「自身の不記載について、と書いてあるからだ」ということだった。「政治とカネについて、ということであれば一般論としての回答をすることができます」ということだった。

この問題について、県内の報道機関14社が加盟する山梨県政記者クラブで総会を開き、加盟各社は断固抗議するという認識で一致した。そもそもインタビューを申し込んでいなかったり、県から何ら要請を受けずにインタビューを終えたりした社があったにもかかわらず、「報道の根幹に関わる問題だ」という共通認識の上に行動できたことは、山梨県の報道機関としての意地を感じた。

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<山梨県政記者クラブの抗議を伝えたUTYニュース>

しかし記者クラブの抗議に対して、2月27日の県からの回答は「県政に関する内容以外は定例会見で行うよう調整を提案したものでご理解をいただいた」「取材活動の制限では到底あり得ないことはご理解いただけるものと考えている」というものだった。さらに担当者は幹事社に対し口頭で「UTYの取材を拒否したのでなく、自ら辞退した」と伝えたそうだ。当社は「辞退」など一言も使っておらず、そもそも辞退するメリットも理由もどこにもない。奥歯をかみしめながら、再度抗議を行うための記者クラブの総会に臨んだ。再抗議の文書の中には「二者択一を迫るようなことは今後やめてほしい」と盛り込んだ。全国ニュースでもこの問題が取り上げられるようになるなか、2度目の抗議を受けて3月12日に県は「意思疎通が図れず深くおわびする」と回答した。

この問題を含め、知事の政治資金収支報告書への不記載問題に対する当社の報道には、ありがたいことに多くの激励をいただいた。お会いしたこともない視聴者の方から直接励ましの電話を受けたのは、記者人生で初めてだったと思う。何度も「この判断は正しかったのか」と自問したが、やはりいかなる理由をつけようとも「不記載の質問をしないでくれ」と言われて、「はい、わかりました」とは答えられない。

最も重要だと思うのは、「未来の報道に対する責務を果たす」ということである。もしも県からの圧力に屈し、目先の不利益を考えて穏便に済ませようとこの要請を受けてしまったら、将来自分に代わり県政を取材する後輩たちに悪しき前例を作ってしまうことになる。一度「事なかれ主義」へ逃げたら、それは必ず癖になる。そしてそれは必ず視聴者に見抜かれ、信頼という大きな財産を失うことになる。政治も報道も、未来に対し正しい形でバトンを渡していかなければならないと思う。

知事は県議会の答弁で今回のマスコミ各社からのインタビューについて「サービスのようなもの」と言った。私は「真剣勝負」のつもりで準備を進めていた。断じてサービスの手伝いをするつもりも、八百長をするつもりもなかった。政治への信頼が揺らいでいるなか、県民に届けるインタビューに対する認識に、そもそもずれがあったことが最も寂しい。

先日、ある先輩と話をする機会があった。その人は「権力に対しては『是々非々』。良いものは良い、悪いものは悪いという姿勢で臨めばいいんだよ」と言った。若いころ、県政取材の現場でよく聞いた単語だ。

昨年4月の山梨県議会選以降、議会は自民党所属の議員が大多数を占める。知事寄りの立場をとる議員がほとんどとなった。自民党籍を持つ長崎知事の不記載問題についても自民党所属の県議が議会で質すことはなかった。県政の取材の現場で「是々非々」という単語をしばらく聞いていない。政治も報道も目の前の問題に対して沈黙してはならないと考える。

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<長崎幸太郎知事の会見>


「質問封じ」問題に関する山梨県の発表資料はこちら

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