英政府、BBCのガバナンス強化に着手 公平性を問題視 オンラインサービスもOfcomの規制対象に

編集広報部
英政府、BBCのガバナンス強化に着手 公平性を問題視 オンラインサービスもOfcomの規制対象に

英政府は21日、BBCのカバナンス体制などに関する報告書「中期レビュー」を公表した。コンテンツの公平性をめぐって視聴者から引き続き懸念が示されたとして、BBCだけでなく放送や通信事業を規制監督するOfcom(放送通信庁)の苦情対応を改善するとし、その一環としてOfcomの規制権限をBBCのオンラインサービスにまで拡大した。誰もがインターネット上の誤情報・偽情報に触れる状況にあることも踏まえ、今後はBBCの運営に対して、より包括的に行政の目を光らせることになりそうだ。

BBCの役割や責務はほぼ10年ごとに見直される国王からの「特許状」(Royal Charter)で規定されており、2017年の契約更新でOfcomBBCを規制¹ できるようになった。以降、視聴者からの苦情はまずBBCが対応するが(「BBCファースト原則」)、それに不服があればOfcomに提訴できるようになり、OfcomBBCの放送事業やガバナンスについて年次報告を行うことになった。 

「中期レビュー」の目的は、現行の特許状(27年末まで)のもとで運営されるBBCの評価に加え、前述した新しい監督体制の有効性を精査するもの。①編集基準と公平性、②苦情対応、③競争と市場への影響、④商業面のガバナンスと規制、⑤多様性、⑥透明性の6分野について、関係者からのヒアリング内容やBBCOfcomが提供した情報をもとに評価している。

今回、政府が最も重視したのが「公平性」だ。Ofcomによると、22―23年度寄せられたBBCに対する苦情の4割近く(39%)が公平性に関するもので前年度(19%)の2倍に増えた² 。ルーシー・フレイザー文化・メディア・スポーツ相は報告書の序文で、BBC全般への信頼度は他の国際的なメディアと比べて高いことを評価しながらも、視聴者が「BBCコンテンツは十分に公平とはいえない」と捉えており、公平性が引き続き「最も大きな課題」と明記した。そして「意思決定、公平、苦情処理プロセス」などで「大いに改善の余地がある」として、BBCにさらなる改革を求めている。

というのも、BBCはスコットランドの政治スキャンダルを扱ったラジオ報道で、22年にOfcomから「公平性に関する放送基準に違反している」との裁定を受けるなど、近年、物議を醸すことが多い。21年にロンドンで起きたユダヤ系英国人グループに対するハラスメントをめぐる報道で、BBCが不正確な憶測をオンライン³ と放送で流したケースでは、編集ガイドラインを逸脱し、「正確性、公平性を欠いた」と認定している。さらに23年も不祥事は続き、タブロイド紙によるBBC看板ニュースキャスターによるセクハラ報道が内部告発にまで発展したほか、11月には、BBC1(一般向け総合編成チャンネル)のドキュメンタリー番組に対する苦情調査でBBCが30年以上前のインタビューを本人の了解を取らずに使い回していたことが判明。OfcomBBCの内部決定を覆し、「BBCは不当な扱いをした」と裁定している⁴ 。このように、BBCのガバナンスに疑問符が突きつけられていた。

報告書は具体的な勧告もしており、改善案はすみやかに実行されることになっている。公平性の向上策としては、BBC側の説明責任能力を高めるため、苦情処理がうまく機能しているかを監督する責任が理事会全体に与えられる。さらに、社外理事とBBCの編集ガイドライン・基準委員会の外部アドバイザーにはBBC幹部の苦情対応内容を精査し、異議を唱えることのできる強い権限が与えられることになった。また、苦情処理の責任は編集担当の局長が持つのではなく、会長の直轄事項となり、放送前の編集方針と放送後の苦情処理が切り離される。これによって放送の独立性が保たれるのに加え、政府は「BBCがより厳しく自律するようになる」としている。また、苦情の最初の窓口はBBCとなる「BBCファースト原則」に変わりはないが、Ofcomがより多くの案件を調査できるようになり、規制の対象もBBCのオンラインニュースやSNSYouTube)上のコンテンツにまで拡大⁵ される。

このほか、報告書はBBCが現行の特許状の期間中、民放にはできない公共放送ならではのサービスを提供する義務をどう果たすかを明らかにすることや、リーチが不足しているとされる視聴者層との関係をより深めるよう求めた。

また、看板ニュースキャスターのセクハラ騒動⁶ で内部告発があったことから、人事面でのスタッフ管理の向上も求めており、これには政治的なハラスメントへの対応も含まれる。BBCは、昨年10月にイスラエルを奇襲攻撃して人質をとった「ハマス」をテロ組織と表現しなかったことを「編集方針に基づくもの」と釈明⁷ したが、反ユダヤ的と批判され、ユダヤ系職員にも影響を与えた。BBC月にソーシャルメディアガイドラインを刷新し、職員だけでなく、看板番組の司会者についてもBBCの公平性を尊重するよう求めていたが、イスラエル情勢をめぐって国内世論だけでなくBBC関係者の意見がSNS上で対立するようになった。ガバナンスでより重い責任を負うことになったティム・デイビー会長は月末にスタッフの意見を聞く会合を開いたが、幹部職員⁸ や看板司会者⁹ の挑発的なSNS投稿が続いた。デイビー会長は16日、BBC職員の反ユダヤ主義的行為を認めたうえで、「いかなる人種や信条を持つ同僚に対しても、人種差別的な暴言を許さない」とし、寛容と相互理解に努めるよう全職員に電子メールで呼びかけた。反ユダヤ投稿をした幹部職員は解雇されたが、依然として火種を抱えたままだ。

政府は特許状更新を検討する際の優先課題に、刷新されたBBCのソーシャルメディア・ガイドラインの有効性を挙げている。引き続き「公平性と苦情対応」に焦点を置き、現行の「BBCファースト原則」の適正性を検討するとしており、Ofcomによる規制権限がさらに広がる可能性がある。英国は今年の秋に総選挙を控えており、政権交代は必至とみられている。与党は28年からのBBCの運営については財源モデルを見直すと発表し、運営のガバナンスについてもOfcomにより権限を与えようとしている。特許状の更新を交渉する相手は労働党となりそうだが、公共放送の独立性を守るためBBCは社内やオンラインでのガバナンスでより目に見える成果を出していく必要がありそうだ。


¹ BBCはその独立性が重んじられ、以前は行政機関からのメディア規制を受けない存在だったが、第2次湾岸戦争をめぐる報道スキャンダルを機に第三者機関の監視の必要性を求める声が高まり、17年の特許状更新時に同協会の監督体制が変更された。上部監督組織だったBBCトラストが解体され、放送メディアを規制するOfcomに監督権が委ねられた。

² 「公平でない」が39%(918件)あり、前年度(2021ー22)の19%(594件)を上回った。他方、全苦情のなかからOfcomが審査に値するとしたのは全体の4分の1だった。

³ 調査当時、Ofcomはオンラインニュースのコンテンツを規制する権限がなかったが、放送(1回)されていたことから調査に踏み切り、訂正記事(オンライン)についても特例的にメスを入れている。

⁴ マネーロンダリングをテーマにしたドキュメンタリーで、BBCが使いまわしたインタビューは1989年に放送されたITVの番組の素材だった。BBCは転用した部分をITVから購入して再利用した。

⁵ 現行の特許状はOfcomにテレビ、ラジオ、公共サービスにおけるオンデマンド(見逃し配信)のコンテンツについてのみ規制する権限を与えている。国際放送(BBCワールド)は規制されない。

⁶ 23年7月の新聞報道を発端に、夜10時のニュースキャスター、ヒュー・エドワーズ氏が若い女性の性的写真を要求したことが明るみになった。警察は事件性なしと結論づけたが、BBC内で同氏へのセクハラ告発が複数出て、BBCは内部調査をしている。

⁷ ハマスの攻撃を欧米の政府が「テロ行為」と非難するなか、BBCは「編集ガイドライン」に基づき、どちらの側にも「テロリスト」のレッテルを貼らないという主張をしたが、多くの苦情が寄せられたほか、次期BBC理事長(承認待ち)のミール・シャーは「編集ガイドライン」を見直すと発言している。

⁸ 1月25日にFacebook上でユダヤ人を「ナチス・アパルトヘイトの寄生虫」よばわりしたBBC3の幹部職員が発覚後(2月5日)に解雇されたが、組織内の緊張は続いているという。

⁹ BBCのスポーツ番組『マッチ・オブ・ザ・デイ』の司会者リネカー氏は「イスラエルをサッカーの国際大会から追放すべき」とSNSに投稿。BBCは3月に政府の移民対策を非難した同氏の投稿を問題視して一旦降板させたが、その後復帰させている。ソーシャルメディアのガイドラインを刷新し看板番組の司会者の指針を作ったが、発言の自由は制限していないため、同氏はSNS上でイスラエル批判を続けており、ユダヤ系のBBC職員は正式に苦情を申し立てている。

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