Kコンテンツの国際展開と地上波放送局の変化
韓国の放送コンテンツは「Kコンテンツ」と呼ばれ、NetflixやDisney+などグローバルOTTが世界で配信し、ヒットを続けている。2024年はテレビドラマ『ソンジェ背負って走れ』がOTTで配信され、視聴者数のランキング(毎週公開)が世界133カ国で1位となり、その後もランキング上位をキープした。同じくテレビドラマ『私の夫と結婚して』はAmazon Prime Videoで配信され57カ国で1位になり27週間連続でグローバルトップ10に入った。テレビドラマではないが、Netflixオリジナル『イカゲームシーズン2』は2024年12月に公開され非英語TVショー部門年間1位になった。
韓国のテレビ番組はアジアを中心とした韓流ブームから、米国・ヨーロッパ・アフリカでももっとも視聴されたコンテンツになるほど影響力を増している。韓国は日本以上にテレビ離れしていて、10代から60代まで生活に欠かせない必需品はスマートフォンと答え、10~40代はテレビよりスマートフォンでYouTubeとNetflixを観る時間の方が長い。多チャンネル時代・OTT時代に合わせ、韓国の放送局はテレビ編成番組、YouTube向け番組、OTT向け番組など、番組を幅広く流通させるようになった。Kコンテンツの人気を背景にグローバルOTTからオリジナルコンテンツの制作依頼も後を絶たない状況である。
Netflixは韓国でオリジナルシリーズを制作するため、2021~2022年に5,000億ウォン(約500億円)、2023年~2025年に3兆3,000億ウォン(約3,300億円)を投資したと発表した。Netflixは英語、スペイン語の次に韓国語のコンテンツに投資している。Netflixに占めるKコンテンツの割合は2020年2%から2024年6.8%に増加、2030年には15%に達するという分析もあった。
Netflixの熱心な投資により、地上波放送局には大きな変化があった。公共放送のKBSは2023年11月から2024年3月まで放映した大河ドラマ『高麗契丹戦争』で初めてAIを利用した特殊効果を採用し、初めてNetflixで同時放映したところ、10~30代がNetflixで観て面白いとSNSで口コミし、年配向けのドラマから家族みんなで視聴するドラマになった。
民放のSBSは2024年末にNetflixと戦略的パートナーシップを締結し、2025~2030年の6年間、SBSの過去作を全てNetflixでサービスし、ドラマとバラエティー番組を新たに制作してNetflixに提供することにした。SBSはテレビCM収入が減り2021年1,400億ウォン(約140億円)を超えた営業利益が2023年は346億ウォン(約35億円)にまで落ち込んだ。しかし、Netflixの放映権収入により、今以上にCM収入が減っても放映権とNetflix向けオリジナルシリーズの制作で営業利益が改善する見込みである。証券業界ではSBSがすでにDisney+とも契約していることから、国内向け地上波放送からグローバル放送局になり営業利益年間1,000億ウォン(約100億円)は達成できると展望した。
コンテンツ戦略とAI活用
Kコンテンツがグローバルで成功し制作依頼が増えたことで、韓国の地上波放送局3社はドラマやバラエティーの番組制作部門を「スタジオ」として分社、スタジオが番組を企画して制作し、もっとも売れそうな放送チャンネルやOTTに販売する戦略を取り始めた。スタジオはより高品質の番組をより早く費用を節減しながら制作するため、番組の企画と制作にAIを積極的に活用するようになった。
企画段階からAIでグローバルファンを満足させる要素を探し、制作段階では特殊効果やバーチャルスタジオでAIを使用することで制作費を節減する、その結果作品がヒットして海外版権やOTTの放映料だけでなく広くIP展開して広告収入も増える、一石三鳥を狙っている。
韓国科学技術情報通信部(「部」は日本の「省」に当たる)の「2024放送産業AI・デジタル技術活用アンケート」調査によると、2023年に放送された全テレビ番組の11.1%は企画段階で、9.4%は制作段階で、6.9%はサービス段階でAIを活用していた。制作段階で使うAIは、AIによる自動撮影・編集、AIによる特殊効果、AIヒューマン(AIアナウンサーやAI記者などの実在する人物のアバター映像をAIで生成する技術)、AIによるBGM編曲などがあり、サービス段階はAIによる字幕・吹き替え、放送モニタリングなどがある。地上波放送局は制作段階とサービス段階でもっともAIを使っていた。
半公営半民間のMBCは2024年、生成AIがプロデューサーになり番組企画から出演者選び、番組進行、出演料の精算まで行ったバラエティー番組『プロデューサーが消えた』を放送して話題になった。SBSは2018年からAIが制作した番組のハイライト場面集をYouTubeで公開している。公共放送のKBSは毎週金曜日に放送しているK-POP歌番組『ミュージックバンク』でAI自動編集を導入し、情報番組では生成AIでバーチャルスタジオのアセット(バーチャルスタジオのLEDに映す背景映像)を制作した。有料放送チャンネルのtvNも生成AIでバーチャルスタジオのアセットを制作して海外ロケを行わずドラマを撮影したり、ドラマの編集段階で撮影時にはなかった特定の商品を生成AIでより自然に画面に登場させたりしている。
自社開発のAI編集システムをCES2025に展示
公共放送のKBSは『ミュージックバンク』で使用している自社開発のAI編集「VVERTIGO」を2025年1月、米ラスベガスで開催された世界最大規模のテクノロジー見本市CES 2025で展示した。
AI編集「VVERTIGO」は単純作業に時間を取られず効率よく番組を制作するため、2018年に開発された。特に人気のK-POPアイドルが出演する『ミュージックバンク』は世界的に知名度が高く、クリップ動画を公開しているYouTubeチャンネル@KBS K-POP(外部サイトに遷移します)はチャンネル登録者数946万人、5万3,906本の動画が掲載され、再生数は102億回を超える。KBSはK-POPファンを喜ばせるため、アイドルが歌う様子を4Kと8K画質でYouTubeでも提供し、アイドルメンバー全員の動画だけでなくメンバー一人ひとりを個別に追い続けるチッケム動画(推しカメラ)を提供していた。チッケムのためにスタジオ内にカメラを複数台設置し人の手で編集していたが、スタジオが混雑し、編集も単純作業でありながらも時間がかかった。そこでKBS社内で必要に迫られて開発したのがVVERTIGOである。今は8Kカメラでアイドルメンバー全員のパフォーマンスを撮影すると、VVERTIGOが顔認識でメンバー一人ずつチッケムを制作する。VVERTIGOは現在、KBSのほぼ全ての歌番組、リアリティー番組、バラエティー番組などの出演者が多い番組のマルチカム編集で広く使われるようになった。激しく踊るアイドルの顔を認識して追いかけ動画を編集することは簡単なことではなく、KBSのノウハウが詰まっている。
<追いかけ動画の制作を自動で行える「VVERTIGO」>
KBSはCES 2025で「VVERTIGO Vision」も公開した。8Kカメラで正面だけ撮影した映像をVRコンテンツに変えるAI編集で、AIが舞台セットを学習して、カメラには映っていない部分を生成し、ヘッドマウントディスプレイで観るとVRコンテンツのように180度視野が広がる。
進むAIの活用と課題
CES 2025ではKBSのほかにも韓国からコンテンツ制作向けAIスタートアップが多数展示に参加し、革新的な商品や製品に贈られるイノベーションアワードを受賞した。受賞の事例、展示された主な事例は下表のとおり。
CES 2025ではサムスン電子とLG電子の「超個人化」テレビも、テレビ離れ時代の新しいテレビとして注目された。テレビに話かけて他の家電を操作したり、ドラマを見ながらリモコンをクリックすると出演者や画面に映っている商品を検索したり、テレビに旅行の計画や料理レシピについて相談するとぴったりの映像を検索して見せながら情報を提供したり、字幕がない海外ドラマの映像をテレビのAIがリアルタイムで翻訳して字幕を付けてくれたり、音が聞こえないとテレビに話かけると俳優の声だけクリアに聞こえるよう調整してくれたり、テレビを見ない時間はデジタル額縁として名画を鑑賞できるようにしてくれたり、テレビにAI機能がどんどん追加されていた。LG電子もテレビが家族の声を聞き分けて、テレビに「今日の試合どうなった?」と話しかけると、声の持ち主が応援しているチームの結果を教えるという面白い機能を追加していた。またサムスン電子とLG電子は無料ストリーミングサービスであるFASTにも力を入れていた。
韓国の放送・映像コンテンツ業界ではもうAI活用は当たり前になった。しかし課題もある。2025年1月、韓国放送局3社(KBS、MBC、SBS)はポータルサイトNAVERを相手に、NAVERが生成AI学習のために放送3社のニュースを無断学習したとして著作権侵害および不正競争防止法違反による損害賠償を求め訴訟を起こした。AIを活用するためにはAIに学習させなければならないが、学習用のデータを誰がより多く確保するのかでAIの結果が違う。放送局のデータという資産を守りながらAIを活用することが求められている。また学習結果によってAIの生成結果が特定の作家の作風にそっくりなものが出来上がることもある。AIを使うと完全に放送局オリジナルとはいえなくなるので、放送局側もAIを使う過程で常に著作権を侵害していないか、確認しなければいけない。