全米脚本家組合(WGA)は5月2日、ストライキに突入した。テレビ局、映画会社、配信プラットフォームの制作現場には早くも影響が及んでおり、ニューヨーク・タイムズ紙などは長期化が必至と予測。AI(人工知能)の導入によるライター側の危機感も背景にあるようだ。
労働条件の改善をめぐるWGAと映画・テレビ製作者協会(AMPTP)との交渉が難航したため、15年ぶりの大規模なストとなった。前回は2007~08年に100日間続いた。脚本家側は動画配信の台頭でビジネスモデルが変化し、少ない賃金で拘束時間が長くなっていることなどを主張。スタジオ側のAI導入の動きも見逃せない。いずれ脚本家の仕事をAIで代行することでコスト減を図ろうとするのではないかとWGAは危惧。その利用を規制する拘束力のある合意を求めていたが、スタジオ側はそれを拒否し、「継続的な話し合いを行う」にとどめたことも交渉決裂の決定打となった。
WGAには11,500人の脚本家・放送作家が所属しており、ストライキ中は組合から執筆業務を禁止される。この影響をまともに受けるのはテレビ制作の現場で、構成作家を必要とする『The Tonight Show』(NBC)や『The Late Show』(CBS)などの深夜トーク番組は直ちに放送中止に追い込まれた。開始5日後には、ワーナー・ブラザーズ、ユニバーサル、CBS、ディズニーなど大手制作スタジオが番組制作中止を通達。HBOの大ヒット作『ゲーム・オブ・スローンズ』の前時代を描く『A Knight of the Seven Kingdoms』の脚本制作が中断したとも報じられている。ストが夏まで続くようなら、秋に始まる2023―24年テレビシーズンの番組制作に遅れが出ることは必至だ。
折しも5月はデジタル業界のニューフロンツ、テレビ業界のアップフロントのシーズン。秋以降の広告契約を取り付けるため、両業界は大々的なイベントをニューヨーク市内で開催しており、会場前ではWGAによるデモが繰り広げられている。このストライキを引き金に、初のアップフロント参加を半分諦めることになったのがネットフリックスだ。当初は5月17日に、所有するニューヨーク市の映画館・パリス劇場でリアル開催するはずだったが、直前で急遽オンライン開催に切り替えた。出演を予定していたセレブのほとんどが現地でのデモを懸念して直前に辞退したのをはじめ、会場周辺の歩行者に危険が及ぶ可能性があると当局から警告されたためと報じられている。
競合他社がデモに対応しながら現地イベントを全うしているなか、ネットフリックスだけがキャンセルする羽目になった背景には、4月半ばに行われた同社の四半期報告でのテッド・サランドス共同CEOの発言がある。「ライターのストライキがあっても、うちは分厚いライブラリーがあり、他社より楽にしのげる」との発言にWGAが激怒。「配信サービスと制作スタジオはパートナー関係にある。ストライキ収束は最優先事項のはずだ。アップフロント直前のタイミングで、自分たちだけ良ければいいとの発言はおかしい」と厳しく批判し、ストライキ2日目の5月3日、ニューヨーク市内のネットフリックス事務所前で抗議デモを繰り広げた。
配信業界はもともと、ユーザーに利用料値上げを押し付けながら、脚本家への報酬額を上げようとしないと非難されてきた。そこにこのサランドス発言で、火に油を注いだ形となった。サブスクライバーまでが、「ストライキの原因はネットフリックにある」として、解約が相次いでいるとも報じられている。
広告主の反応もさまざま。アドエージ誌は5月5日付けで、ストライキの影響について3人の広告主のコメントを匿名で紹介している。1人は「このまま番組制作が滞れば、広告放送枠も失われる。すでにさまざまなシナリオを想定して対策を練っている」と危機感を示し、もう1人は「すでにほとんどの番組が制作を完了しているとテレビ局から聞いている。心配する様子はなかった」と動じていなかった。そして3人目は「リニアテレビに大きな影響が出るかもしれない。リニアの代替としてTikTokやユーチューブ、FASTサービスに出稿をシフトすることを考えるブランドもある」と指摘している。すでに大きな変革期にあるテレビ業界に今回のストライキがさらなる変化をもたらす可能性もあり、動向が注目される。