毎年秋にオランダ・アムステルダムで開かれる放送コンベンション・機器展、IBC(International Broadcasting Convention)。 単に機器展ではなく、さまざまなセミナーが開かれ、放送とネットとの「融合」が進んだ欧州の放送・メディア界の今を見せてくれる。 技術面ではコロナ禍を挟んで近年、「自前の機器(ハード)を持つ」から「クラウドの利用などネットのサービスを利用する」に移ってきた。 その中でAI(人工知能)の利用は大きな関心事で専用の展示エリアもでき、たくさんのセミナーが開かれた。 が、しかし、「あんなこともできる、こんなに楽になる」というバラ色の話だけでない。 「AI技術の進歩でこんな精巧なフェイクニュースが出てきた」「メディアのブランドイメージを棄損するフェイクへの対策は?」が熱く語られていた。
<人混みはコロナ禍前に戻った様子>
AIがもたらすリスクへの対応
9月13日から16日までの4日間で、来場者数4万5,000人を集めたIBC(主催者発表)。 今年の目玉の一つが「AIテックゾーン」だった。 このパビリオンの展示テーマは4つ。 「メディアとコンテンツの強化」「データとビジネスの最適化」「高度な技術とインフラ」とここまでは"バラ色系"。 4つ目が「信頼性と透明性」だった。 その能書きは、「コンテンツの出所追跡、ユーザーのプライバシー、データセキュリティ、倫理的慣行などのトピックを含む、悪意のある行為者による AI の使用を相殺するためのC2PA(Coalition for Content Provenance and Authenticity*)などの新しい取り組みについても検討する。 偽情報分析と AI 対応検証ツールにどのように取り組んでいるかを確認し、イノベーションを推進するだけでなく、テクノロジーを前向きな力として重視するリーダーと交流しよう」と謳っていた。 欧州連合(EU)ではデジタルサービス法(DSA)が施行され、オンラインプラットフォーム事業者などに対しネット上の違法・有害情報の削除などが義務づけられた。 フランス、ドイツのように法律上、放送にネット配信が含まれる国もあり、この対策への切実なニーズがあるのがその背景と言えよう。
*デジタルコンテンツの出所や真正性を保証するための技術標準を策定するためにインテルやマイクロソフトなど世界的なテクノロジー企業が協力して設立された
<AIテックゾーン たくさんの企業が出展した>
<NHKも出所不明の映像を見つけ出す技術を展示>
このAIテックゾーンではスタートアップやベンチャーを交えた企業のブースが並んだほかトークセッションも企画され、「AIは規制できるか?AIのリスクに対処するために公共政策で何ができるか(できないか)」で始まったのが象徴的だった。 そして、「AIを活用した共同ニュース検証」などに続いた。 前者ではEBU(欧州放送連合)の上級EU政策顧問らが登壇し、「行政当局や立法機関によって、民主主義への影響に至るまで、AIの急速な発展によって生み出された新たなリスクへの対応策が模索され、EUなどではルールブックが策定されたが、他地域ではより慎重なアプローチが取られている。偽情報の拡散など、いくつかの問題は、 法律で達成できる限界を試しているようだ」と問題点が指摘された。 後者ではファクトチェックの実務者が登壇し、ドナルド・トランプ次期米大統領のディープフェイク画像、ジョー・バイデン米大統領が登場するディープフェイク動画の分析や自動ファクトチェックレポート生成など、AIを活用した検証機能の実演も行われた。
偽情報とどう戦うのか
一方、スタートアップやベンチャー中心の「アクセラレーター」のコーナーでは「偽情報との戦いにおける武器を設計する」がテーマのひとつに掲げられ、ここでもデモとセミナーが開かれた。こちらはBBCやパラマウント・グローバル社、CBS ニュース、ITNなどの世界有数の放送局や通信社が参加したプロジェクトが主体となっている。
プロジェクトの主な目標は「偽情報によってもたらされる課題を包括的に理解し、偽情報を特定して対抗できる効果的な戦略を作成すること」という。「メディア環境が進化し続ける中、このような取り組みは、国民の信頼を維持し、ジャーナリズムの基準を維持する上で不可欠」と意義づけていた。BBCなど参加メディア組織から人材と専門知識を結集して、ニュースソースの信頼性を検証し、信頼できる情報を見分けるのに必要なツールをジャーナリストに提供することを目指している。
議論では、「テクノロジーの急速な進歩により、偽情報の作成と拡散が容易になったため、メディア業界はこうした状況に先んじることが極めて重要。メディア企業が協力して問題に対処することが必要」と強調された。
具体的にはメディアの来歴ツールとディープフェイク検出技術を組み合わせて効果を最大限発揮できるようにすることを目指し、それをニュース制作の現場でどのように活用できるかを検討しているという。また、人間のスキルも必要だと強調され、ソートリーダー(思想的リーダー)や学術機関と協力していきたいという。さらに偽情報に対する意識を高めるための教育的な取り組みにも重点が置かれ、情報リテラシーを促進し、偽情報の危険性について視聴者を啓発して「偽情報に対する耐性」を構築することが非常に重要だという。
<アクセラレーターの展示で「フェイクは信じられてしまう」>
<「AIを使ってフェイクを検出する」>
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IBC全体で見れば、AIについては「カメラマン一人さえいれば残り数台のAIコントロールのカメラが違うアングル、被写体を撮影する」や、「外国語作品を声優を使って吹き替えるのではなく、AIが翻訳したものをオリジナルの出演俳優の声で出せる」といった"バラ色"のデモや活用法の展示、セミナーの方が多かったのは事実だ。 これらの技術は毎年、進歩していくことだろう。 一方でフェイクの精巧さも進んでいくわけで、情報空間の健全性をどう守るか、その切実度は極めて高いと感じた。 また英国で「地上波放送やめますか?」議論が行われているように欧州の放送・メディア環境が大きく変化しようとしていることも背景にある。 「AIで精巧化するフェイクに対抗するのはAIによる検証技術の進化」というのも、なんとも・・・な感もあるが、これが現実解なのだろうと納得した。 AIのプラスとマイナス、ここしばらくIBCだけでなく世界のメディアに共通する主要なテーマであり続けるだろう。