ChatGPT その可能性と脅威と~コンテンツ使用料問題は、より不透明、深刻に

田代 範子
ChatGPT その可能性と脅威と~コンテンツ使用料問題は、より不透明、深刻に

ChatGPT狂騒曲が拡大している。

2022年11月に公開されたOpenAIのChatGPTは、そのインパクトから、他の類似のAIを巻き込み、あらためてAIの可能性と脅威について議論を呼んでいる。

進むAIの活用

すでに放送制作の現場ではAIの活用が進んでいる。

メディア企業向けのソフトウェアプロバイダーのFuturiは2月23日、世界初の人工知能を搭載したラジオプラットフォーム「RadioGPT」をリリースした。オンラインニュースソース、ソーシャルメディアなどを精査し、各ローカル市場における注目の話題やトレンドを捉えて、放送用の台本を作成する。ウェブサイトのブログ作成、ソーシャルメディアへの投稿、ショートビデオの作成、放送中のコンテンツのポッドキャストへの変換なども自動化できるという。既存のパーソナリティの音声をAIで生成することも可能だ。

英国の著名な司会者グレッグ・ジェームズ氏は、AI司会者に取って代わられることを危惧しているが、AIが人間の仕事を奪うかについては、「地上波ラジオの魅力の源泉であるDJのユニークな個性を、完全にAIに置き換えることはできないだろう」とラジオ局の幹部は述べている。

ハリウッドでも期待と不安をもって受け止められている。

一部を除いてまだ利益を生み出せずにいるストリーミング事業について、ウォール街からの圧力が増すなか、固定費の圧縮と効率化への期待が高まっている。なかでも特殊効果については、これまでコストや時間の問題で実現不可能だったことをAIが可能にしているという。アカデミー賞受賞作『Everything Everywhere All at Once』では、ランウェイ社の生成型AIを用いて、2つの岩が会話する視覚効果を演出した。吹き替えや字幕などの作業でも多くの企業ですでに導入が進んでおり、市場規模としては26億ドル相当となっている。俳優を若く見せたり、アーカイブの録音を元にAIで昔の俳優の声を生成することも可能だ。

俳優・声優らの組合SAG-AFTRAは、本人の同意を得て報酬が支払われる限りにおいて、こうしたAIの活用には前向きな姿勢をみせている。

最も影響を受けそうな米脚本家組合(WGA)は、当初AIによる脚本開発を検討していると伝えられていたが、その後、AIが生成したコンテンツを作品の原作として使用することなどを禁止する声明を出している。AIがコンテンツを生成するにあたって、パブリックドメイン(著作権フリー)のテキストだけでなく、著作権で保護されたものを使用しているからだ。ただ、プロットやキャラクターの名前、撮影シーンの提案などの時間のかかる作業で、補助的なツールとしては役に立つと評価している。

高まる警戒感

一方、欧米各国でChatGPTへの警戒感が高まっている。

イタリア政府が同国内での使用を一時的に禁止したのに続き、ドイツ、フランス、アイルランド、カナダなどでも規制に向けた動きがあり、お膝元の米国でも、バイデン政権がAI規制案の検討に着手した。

各国政府が懸念しているのは、個人情報の流出、知的財産権の侵害、フェイクニュースの拡散などだ。

米国では商務省国家電気通信情報庁(NTIA)が4月11日、AIの説明責任に関する意見募集を開始した。AIの安全性を確保するための政策立案に活用する。また、米国特許商標庁(USPTO)は2月14日、AIの使用方法や人間の関与の仕方、現在のUSPTOガイダンスがAI特許の発明者に対して適切に機能しているか、などについて意見募集を開始した。2020年の報告書では、USPTOは米国の知的財産法がAIの進化に対応できていると結論づけていたものの、AIが生成したコンテンツについて、新たな形の知的財産権を認めるかについては専門家の見解が分かれていた。

また、米著作権局(USCO)は3月16日、AIが生成したコンテンツの著作権を認めないとする見解を官報に掲載した。AIが生成したコンテンツを著作権登録しようとする動きが相次ぐなか、現時点でのガイドラインとして、「創造的な作品の著作者は人間である必要がある。著作権者として登録できるのは人間に限る」という長年の見解を再確認する一方、「人間の関与の度合によっては著作権を認める」としている。USCOは今後、申請する作品にAIによって生成されたコンテンツが含まれる際には、その旨を開示するとともに、人間がどう関与したかを説明するよう求めている。また、今後の事例や法整備の推移を踏まえて、新たなガイドラインの作成も視野に入れている。今年後半にもAIと著作権に関する多様な問題に対処するため、意見募集を行うとしている。

AIを活かす体制づくりは可能か

この警戒感の根底には、Open AIがChatGPTのアルゴリズムの学習に使っているデータの出所が不透明なことがある。3月20日には、ChatGPTのバグが原因で、一部のユーザーが他のユーザーの会話の一部や、メールアドレス、クレジットカード番号などの個人情報を閲覧できる事態が起きた。このため、Appleの共同創設者スティーブ・ウォズニアック氏などの技術者が、安全基準(Safety Protocol)が共有されるまで、Open AIが3月14日に公開した「GPT-4」より強力な大規模言語モデルの学習を一時停止するよう求めている。

メディアにとって最も深刻なのは、新たなコンテンツ使用料問題が発生することだ。Bloombergは2月17日、ChatGPTは使用料を払わずにAIの学習に記事を使用していると、主要な報道機関が批判していることを伝えた。ニューズ社のロバート・トムソンCEOは3月に開催されたカンファレンスで、Open AIとコンテンツ使用料問題で協議を開始していることを明らかにした。

検索エンジンの出現でメディアの広告ビジネスが打撃を受けた段階を第一幕とすると、AIの出現による第二幕は、回答を出すまでのプロセスが不透明で、参照元を示さず、購読料もリンクをクリックすることによる広告費もメディアの手に渡らないまま、情報だけを持っていかれる「ディストピア」となる。 *

メディア界の大物バリー・ディラーIAC会長は、インターネットの黎明期に犯した過ちを繰り返す前に、メディアは団結して著作権法に基づいて訴訟を起こすべきだと主張する。「ChatGPTはいずれ、リアルタイムで情報を飲み込んでいくことになる。そうなれば、出版すること自体が不可能になる」と指摘している。

ハリウッドでは、今のところAIのみの手による作品を発表するという博打を打つ映画会社はない。AIが生成したコンテンツが誰でも無料で利用できるパブリックドメインとなるなら、さまざまな権利が利益を生むコンテンツビジネスにおいて、商業的な関心から外れることになるからだ。

インターネットの黎明期に通信品位法230条でIT企業を保護したことが、現在のWEB2.0の発展につながったとして、「AI企業が成長し、社会がその恩恵を受けるために、規制よりもむしろ保護が必要」とエリック・ゴールドマン・サンタクララ大学教授は主張する。

規制が追いつかないなかで、アーティスト、エンジニアはSpawningというサイトを立ち上げ、自分の作品がAI生成コンテンツに含まれていないか検出し、AI企業に対してオプトアウト要請を行う活動をしている。作品にメタデータを追加して、不正使用を検出しやすくするアーティスト、エンターテインメント事業者もいる。

Open AIのサム・アルトマンCEOは、使用したデータや安全対策についての監査を受け入れることに前向きだ。4月10日に来日した際も、「機微データの国内保全のため仕組みの検討」など7つの提案で、日本社会に寄り添う姿勢をみせている。

Microsoftも2月に導入したChatGPTの最新モデルを搭載したBingについて、広告費収入をメディアとシェアする方策を検討するなど共存の道を探る姿勢がうかがえる。

「AIの安全性やアルゴリズムの倫理は静的な現象ではなく、絶え間なく予期せぬ変化が起きるものであり、これに対する継続的なリスク評価と対応策の検討が必要になる」とアナリストのアダム・シーザー氏は言う。

国際的なルール作りが急務とされているが、日本政府はアルトマン氏のスタンスもあってか、現状、規制の考えはないとしている。ディストピアの出来を許さず、技術革新の芽を摘まず、リアルタイムで対応できる体制とはどういうものなのか。2021年4月からAI規制法案を審議しているEU(欧州連合)が目指す政府による規制か、それとも日本のような共同規制的な方向に進むのか、G7広島サミットでの議論の行方が注目される。

〇主な参考資料
・Policy Ramifications of the ChatGPT Moment: AI Ethics Meets Evasive Entrepreneurialism(Medium 2023.2.15)
https://medium.com/@AdamThierer/policy-ramifications-of-the-chatgpt-moment-ai-ethics-meets-evasive-entrepreneurialism-db8c69f93dd5

・Who Owns SpongeBob? AI Shakes Hollywood's Creative Foundation(WSJ 2023.4.4)https://www.wsj.com/articles/ai-chatgpt-hollywood-intellectual-property-spongebob-81fd5d15?mod=series_chatgptai

・Copyright Registration Guidance: Works Containing Material Generated by Artificial Intelligence~A Rule by the Copyright Office, Library of Congress on 03/16/2023
https://www.federalregister.gov/documents/2023/03/16/2023-05321/copyright-registration-guidance-works-containing-material-generated-by-artificial-intelligence

・「多面化する欧米のIT規制~ChatGPTが開くコンテンツ使用料問題の第二幕~」(「民放経営四季報」2023.3 春号 No.139)


*Press GazetteがChatGPTに、繰り返し参照元を尋ねたところ、CNN、Reuters、BBC、ニューヨークタイムズ、Guardianほかの有力メディアと、Press Gazetteも参照していると回答したという。

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