911の20周年特集にNetflix、AppleTVが参入 「風化」はメディアのせいか~「21世紀メディアはどこへ向かう?」 ②

津山 恵子
911の20周年特集にNetflix、AppleTVが参入 「風化」はメディアのせいか~「21世紀メディアはどこへ向かう?」 ②

今年9月11日、2001年米同時多発テロから20周年を迎えた。

私は、共同通信社ニューヨーク支局の特派員として赴任した2003年から、20周年の今年までほぼ毎年、9月11日には崩壊した世界貿易センター跡だったグラウンドゼロ、そして現在は新しい世界貿易センターに通い続けている。

そして年々、グラウンドゼロに訪れる遺族や市民が激減していくのに驚いた。03、04年は、前の晩から数千人が訪れた。しかし、19年は追悼式典に出る犠牲者遺族もパラパラで、式典会場外は、ほとんど観光客だけという具合だった。戦後76年を経ても、広島・長崎の平和式典、終戦記念日などに多くの市民が集まる日本から見ると、大きな違いである。

しかし、今年は20周年とあって、午前中の追悼式典会場に約2,000人の遺族が集まった。ツインタワーが立っていた場所を池(ポンド)にして、犠牲者の名を周りの石に刻んだ会場が、午後になって一般に開放されると、数千人の市民が雪崩込んだ。

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<911追悼式典会場の様子>

米メディアも、例年は式典会場にカメラを設置はしていたが、会場外で遺族のコメントを取っているのは、ほぼ日本メディアだけになっていた。しかし、今年は、NBCが会場外にブースを設け、NBCナイトリー・ニューズの名アンカー、レスター・ホルトが前日から中継していた。

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<前日9月10日、NBCの特設ブース>

式典会場内のメディアパスをもらい、メディアプールに入った報道陣も私を含め150人に上った。日本メディアとニューヨークのニュース専門ケーブル局「NY1」や通信社だけだった例年とは様変わりだ。

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<会場取材のメディアパス>

取材態勢が拡大したほか、「911」の特集やドキュメンタリー番組は、9月下旬になっても相次いでいる。今年の特徴は、Netflix、AppleTV+、Discovery+などのストリーミングサービスが、優れた作品を出している点だ。

Netflixは、5話の「ターニング・ポイント:911と対テロ戦争」を9月1日に公開。911テロがなぜ起きたのか、1979年のソ連によるアフガニスタン侵攻にさかのぼる。情報機関の元最高幹部らから証言を取り、90年代後半は、メディアがモニカ・ルインスキーとクリントン元大統領のスキャンダルなどに気を取られ、国際テロ組織アルカイダなどの動きが見過ごされていたと鋭い指摘をしている。

アルカイダやタリバンを育むきっかけとなった79年こそが、2001年同時多発テロに至る「転換点(ターニング・ポイント)」だったという解釈だ。
https://www.youtube.com/watch?v=NqgNFGkOjBE

Discovery+は、実話に基づいた番組専門ケーブル局ディスカバリー・チャンネルが展開するストリーミングサービスで、「ノー・レスポンダーズ・レフト・ビハインド(消防士などレスポンダー=緊急対応者を一人も置き去りにしない)」を配信。911で負傷した、あるいは心的外傷後ストレス障害(PTSD)を患う消防士、緊急救命士、警察官らは数多い。番組は彼らの医療費支援法案を成立させるために立ち上がった一人の負傷者ジョン・フィールの20年続く戦いを追った。法案は2010年にやっと連邦議会を通過したものの、必要な改正を加えるため、フィールが19年まで奮闘した。

ブルーカラーであるレスポンダーのために戦うのが、市民を護るべき政治家ではなく、一人のボランティアだった。アメリカの議員をフィールらが鋭く批判する議会証言は、息を飲むものがある。
https://www.youtube.com/watch?v=7-1tEWSuNsk

ストリーミングサービス以外でも、バイアコムCBS傘下にある映画・ドラマ専門ケーブル局ショータイムが、異色のドキュメンタリー映画「ディテイニー001(抑留者001)」を放送した。

ジョン・ウォーカー・リンドは、タリバンに加わったアメリカ市民。アメリカが2001年11月、アフガニスタンに侵攻した際、ムジャヒディン(戦闘員)として捕らえられ、48日間も弁護士なしで拘留、拘束服を着せられていた。映画は、拘束され、拷問されていた時の映像を入手し、初めて放送した。テロに対する怒りや恐怖から、戦争の中で人権が無視されていた実態に光をあてた。
https://www.youtube.com/watch?v=aCk7P6voen0

これに対し、ネットワークテレビ局の特集番組は以下のとおり(米東部時間)。

CBS/Race Against Time: The CIA and 911(9月10日午後9時放送)国際テロ組織アルカイダによる破壊的な攻撃の可能性を、政府に伝えようとしたCIA幹部らの証言ドキュメンタリー。

NBC/Today(9月11日午前10時放送)同時多発テロ後の市民やレスポンダーのメンタルヘルスの問題について取材。

ABC/The View(9月11日午前10時放送)人気番組Viewの元ホストによる追悼番組。
: 20/20(9月11日午前9時1分、午後9時1分放送)有名ジャーナリストによる犠牲者遺族のインタビュー。

最大手CBSは、20周年を機に米中央情報局(CIA)という極めて取材がしにくい情報機関を取り上げた。同時多発テロ直後は、海外担当のCIAと国内担当の米連邦捜査局(FBI)の連携が悪かったため、テロへの警戒が十分ではなかった。この点を指摘する重い内容だった。
 
しかし、ストリーミング・サービスやショータイムに比べ、ネットワークテレビ局は、過去の映像の編集やインタビューが中心だった。

「911」を伝えていく難しさは、米国がイラク戦争とアフガニスタン侵攻に乗り出し、戦争の是非をめぐって、国論が真っ二つになったところにある。保守系の共和党支持者が賛成し、リベラルな民主党支持者が反対するという構図が続いている。

また、イラク戦争の口実となった大量破壊兵器は存在しなかった。アフガニスタン侵攻は、今年8月末のタリバンによる政権掌握によって、「失敗」に終わった。こうした中、ネットワークテレビ局が、視聴者に「政治的」だと思われずに特集を製作するのは、報道番組の枠外では困難なことだろうと推測される。

これに対し、規制がなく、視聴者が自由に番組を選べるNetflixやDiscovery+、ケーブル局ショータイムが、911が残した問題を鋭く斬るコンテンツを生み出した。同時多発テロがなぜ起きたのか。その後アメリカがなぜ今のようになったのか。これらを理解し、記憶するためにも重要なコンテンツであるのは間違いない。

アフガニスタン侵攻が敗北に終わったのも、米メディアがきちんとアフガニスタン政府、米軍、同盟軍、タリバンなどの動向を伝えてこなかったからだ、という反省の声が上がっている。記憶の「風化」を防ぐだけではない。歴史的に重要な出来事の意味をきちんと理解するためにも、テレビやストリーミング・サービスが高品質な映像で残す特集やドキュメンタリーは、極めて重要だと痛感した。

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