気になる本=
ケアするラジオ―寄り添うメディア・コミュニケーション―
金山智子 編著、さいはて社
日本のラジオ放送は1925年に始まり、来年2025年に100周年を迎えます。しかし、その歩みは決して平坦なものではありませんでした。戦後に限ってみても1953年にテレビ放送が開始されると、人々の関心は瞬く間にラジオから離れていきました。そこでラジオは、リスナーを「人の声で励ます」ことで、メディアとしての存在価値を取り戻していきます。民放ラジオが1960年代後半から相次いで始めた深夜放送は、受験戦争や恋に悩む思春期の若者たちを、パーソナリティが声で励まし、勇気づけ人気を集めました。
またNHKが1990年から放送している『ラジオ深夜便』は、孤独と不安で眠れぬ高齢者たちを、ゆっくりとした語りと音楽で静かに見守ってきました。そしてたび重なる大震災や、2020年からの新型コロナウィルス感染症によるステイホーム時には、孤立した人々の「癒やしのメディア」としてのラジオの価値に注目が集まりました。この流れは大きな事件や災害だけにとどまりません。
本書は、ラジオに関心を寄せる7人の研究者の論考をまとめたものです。編著者の金山智子・情報科学芸術大学院大学教授は「はじめに」で、こう指摘します。「コロナ禍の社会では、国や地域にかかわらず、ラジオが孤独や寂しさを軽減し、ストレスや不安を紛らわせるメディアであると感じる人が多くなった。ラジオによるコミュニケーションが人々を気遣い、時には配慮するという『ケア的な役割』を担っていることが改めて認識されたのである」
本書の第一部では、この「ケアする」という視点からラジオの役割が考察されていきます。福永健一四国学院大学社会学部助教は、「なぜラジオは親密なメディアか」で、先行するアメリカラジオの実践の中で作り出されてきた「親密さ」を、次のように定義しています。「ラジオの『親密さ』とは、口調によって、実際は離れているが近くにいるように感じるという『身体的な距離の近さ』と、見知らぬ人だが人となりが明瞭かつ親近感があるという『心理的な距離の近さ』という、二つの近しさをイメージさせるもの」
じつは遠くの放送局から飛んでくる電波に乗った見知らぬ人の声が、まるで隣から語られるように聴こえる効果が、ラジオには内在しています。また日本のラジオは、アメリカのラジオが編み出した「口調による親密さ」に加えて、リスナーからのはがき、電話、FAX、メールなどの投稿で、「参加による親密さ」も醸成して、リスナーに「もうひとつの広場」「ラジオの共同体」を感じさせることに成功していきます。
福永論文の中で、もうひとつ示唆に富んでいるのは、ラジオの「身軽さ」への考察です。「ラジオの手軽さ・気軽さ・身軽さは、ケアへのアクセスをあらゆる意味で容易にし、放送者は聴取者の属性・状況・場所に合わせた『スポット』な放送を素早く行うことができる。ラジオの『親密さ』と同様に『軽さ』という特性もまた、ケアにおいて極めて重要な役割を果たすだろう」
そして第二部では、各地で続けられている「ケアするラジオ」の現実とその意味が、地道な取材と深い考察に加え、各地の実践から次のように示されていきます。
2010年に開局した、鹿児島県奄美大島宇検村のコミュニティラジオ「FMうけん」は、すべて村民ボランティアが自主番組を制作して、パーソナリティやミキサーを担当しています。島民に最も聴かれているのは、島の情報、村民のトーク番組、音楽番組です。村民パーソナリティは2023年現在で33人。そのうち6割が地元住民、4割が県外からの移住者です。村内5カ所の商店に設置されたリクエストボックスにも、多くのリクエストが寄せられています。変化していく時代の中で人間関係は薄れていきがちですが、ラジオがきっかけとなって「他人を知る」ことから始まり、あらたなつながり(関係)を作っていくお手伝いを、島のラジオが担っているのです。
また札幌、府中、名古屋、熊本など各地の刑務所内で放送されている「刑務所ラジオ」では、受刑者が自らの投書が読まれることで、自分を見つめ直す契機となり、立ち直りを支えていく大切な役目を果たしています。そして愛知県にある藤田医科大学病院の院内ラジオ「フジタイム」や、阪神・淡路大震災や東日本大震災後に各地で開設された多文化共生ラジオなどの活動など、地域を「ケアするラジオ」の多種多様な展開が報告されています。
本書は学者・研究者が書いたためか、残念ながら文体が硬く、文章が論理構成に傾くあまり、決して読みやすくはないのが難点です。しかし丁寧な取材と緻密な検証・考察によって、ラジオの現在と、もうひとつの未来が示唆されているのは貴重です。
かつてラジオ編成の基本とされた「オーディエンス・セグメンテーション」(リスナーを性別・年齢・職業などの属性により分類して、対象別に番組を企画編成する)が、社会のあまりにも急激な変化と細分化によって、そぐわなくなって以後、現場のラジオ制作者たちは、誰に向けてどんな番組を作っていくのかに迷い、立ちすくんでいるのではないでしょうか?
民放でも、高齢者向けなど、社会の変化に対応した(ように見える)番組を企画してもうまくいかないことが続いています。相変わらず社会属性や趣味趣向から、番組を企画する悪弊に陥ってはいないでしょうか?
NHKが2020年5月から始めた、全国に100万人いるといわれるひきこもりの人たちに向けたラジオ番組『みんなでひきこもりラジオ』(NHKラジオ第一、月1回放送)に、大きな注目が集まっています。本書が提案する新たな視点=「ケアするラジオ」を、見事に企画実践する優れた成果だといえます。
そろそろ民放ラジオからも、本書が描いた現在地を照らし出す、新たな潮流が生まれることを願っています。
ケアするラジオ
―寄り添うメディア・コミュニケーション―
金山智子 編 さいはて社 2024年3月25日発行
四六判並製/276ページ 定価2,860円(税込)
ISBN 978-4-9912486-3-4