"もしもし"の電話から
写真や動画を送るツールへ
2009年、大手携帯電話会社からの"電話の文化を変えたい"という要望に応え、広島テレビ(当社)が幹事社となって、子どもの写真や動画を携帯電話から送るフォトコンテストを西日本のテレビ局延べ39局で実施し、6万点以上の応募がありました。
このときに構築した映像投稿システムを報道のスクープ映像に利用したらどうか、という声が社内からありました。しかし、この当時に視聴者投稿を番組で使うイメージができている人はほとんどいませんでした。初期費用を捻出できず、システム会社に10局以上の契約を取り付けるかわりに報道用のシステムを作ってほしいとお願いし、なんとか協業のかたちでスタートしました。その後、報道現場のテストまではスムーズに進みましたが、携帯電話のカメラの解像度の低さから、放送では使えないとリリースを断念しました。
それから半年以上経過した12年1月、広島刑務所から中国人受刑者が脱獄し、数日後に逮捕される事件がありました。その瞬間の映像が当社にはなく、携帯電話で撮影した人を探し出すのに数日かかりました。この事件をきっかけに12年春、準備していた動画投稿システムをローンチしました。
その後、日本テレビとの共同開発を経て現在のシステムになりました。そして現在では報道だけでなく、テレビ局の採用試験で受験者から自己PRなどの動画を受け取るシステムにアレンジされ販売しています。写真や動画をネットで「投稿する」という文化を創るには、時間や人の気持ちの変化が重要だとわかる出来事でした。
全社業務のDX化 みえてきた4つの壁
当社が進める業務のDX化についてお話しします。18年に私は、AIで新規事業を考えるプロジェクトリーダーを任され、全社員にAI化してほしい業務を募りました。寄せられた内容には、多くのアナログ業務が含まれていました。中には、デジタル化は手間がかかると言う人も。この結果から、役員会にはAIではなく、"繰り返し作業"をロボットが代行してくれるRPA(Robotic Process Automation)を導入することを答申しました。
その後、RPAの実証を行い、本格的な導入に向けて「働き方改革」を担当するコンプライアンス推進室に引き継ぐことになります。当社のキャラクターであるピッピがロボット「ロボピッピ」として人格をもち対応するイメージなりました。
<ロボピッピ>
ロボピッピは、例えば、毎朝視聴率データをシステムから取り出し、全社員にメールする仕事や勤務表の未入力者を捜し出し、該当者とその上長にメールで催促する仕事などをしています。
RPAのメリットは
▷自動処理で入力や操作ミス低減 ⇒ 品質改善と生産性向上
▷夜間や休日も稼働できる ⇒ 残業や休日出勤の減少
▷単純作業から解放 ⇒ 判断業務、価値創造業務へ
▷導入期間が短く、低コスト ⇒ システム改修に比べ効率的
一方で......
▷定型の作業に対応 ⇒ 設定情報の変更に対応が必要
▷一定のランニングコスト ⇒ 対象業務を増やして効率化
RPAを使った業務のDX化には、ヒアリングで見えてきた4つの壁がありました。▷「定型業務に対する既成概念」で変化への思考停止があること▷見直しには手間がかかる、面倒くさいという理由から「長年業務方法を見直さない」こと▷ITへの無理解から「ツールの用い方が分からない」というもの▷仕事を奪われる危機感から「対象業務の囲いこみ」――でした。
これらをRPA担当者が、実務担当者に寄り添いながら意識改革をして、新システムを押し付けるのではなく、丁寧な合意形成を図り、個人レクや全社勉強会、実証実験などを行い、準備・トライアル期間の5カ月を経て本格実証に繋がりました。
顧客接点をDX化するアプリ
キーワードは「参加するテレビ」
19年、社内の中堅社員研修で出されたお題は「当社が生き残るための新たなサービスをプレゼンする」でした。提案の一つに「スマホとテレビを連携させたサービスの導入とそれによって得られるビッグデータの活用」がありました。
これを元に20年にローンチしたのが「テレビを見るから参加するへ」のキャッチコピーを掲げた「広島テレビアプリ(広テレアプリ)」です。
ちょうどコロナ禍で、情報番組の中で実施していた、生中継先の出演者とキャスターが競う「街かど脳トレ」クイズコーナーがスタジオだけでの展開となり、視聴者がスマートフォンから参加しやすいようアプリ化の要望がありました。クイズの制限時間内にアプリから解答し、正解/不正解がわかるというものです。制作スタッフもアプリの使い方に慣れてきた頃、正解した1位から3位までを最速脳トレ王としてテレビで紹介したいとの要望があり、正解者に回答順位を表示する仕組みができました。
さらにしばらくすると、キャスターから紙のフリップで結果を紹介するだけでなく、自分もアプリから参加したいと要望がありました。ここにも課題があります。キャスターや出演者全員分のタブレット購入費の捻出が難しかったのです。使い捨ての紙フリップの代金をタブレットに置き換えることで、年間コストが安くなると提案し、DX化が実現しました。このほかにも、デジタル放送ではスタジオとお茶の間で見る番組は、数秒の差(ディレイ)があります。そこで、キャスターのタブレットには2秒遅れて順位を出す仕組みを入れました。現在では、7,000人以上の視聴者と一緒に出演者はタブレットから「街かど脳トレ」に参加して競いあっています。
<広テレアプリと「街かど脳トレ」>
巨大なファンサービスをDXで実現
広テレアプリでは株式会社LiveParkが提供する"LIVEPARK STUDIO"と連携して、カープファンが集うオンライン会場を提供しています。昨年3月の広島東洋カープのOB戦「Carp Legend Game (カープレジェンドゲーム)」を広テレアプリで同時配信し、2万3,000人が参加しました。同時接続は8,000を超え、平均視聴時間は41分をたたき出す企画となりました。
<「カープレジェンドゲーム」の実際のアプリ画面>
今年3月12日、19日には、同じ仕組みでプロ野球オープン戦の地上波の副音声と広テレアプリを活用した視聴者参加型番組を展開しました(=冒頭画像)。アナウンサーとゲストのトークにアプリからコメントを書き込むことで参加できるものです。ジェット風船や新井貴浩監督の応援オリジナルスタンプ、「新井監督名言Tシャツ」も販売しました。
地上波主音声とアプリで参加した人は約6割、地上波副音声とアプリで参加した人は約1割、アプリのみで参加した人は約3割でした。「テレビを見ながらアナウンサーとお茶の間で一緒に応援している感じだった」という感想もあり、アプリが、みんなで一緒に応援できる場となったことは、新たなテレビの見方を提案できたのではないかと思っています。
<トーク参加画面>
究極は、エリアを越えたアプリ連動
また、3月15日にはミヤギテレビの夕方ワイド番組『OH!バンデス』と、当社の『テレビ派』がコラボして、ご当地自慢"どや顔"合戦をしました。翌日の日本テレビ『ヒルナンデス!』での「都道府県対抗!絶対食べてほしいグルメグランプリ」の前哨戦として実施し、ミヤテレアプリと広テレアプリ双方で投票した内容を合算して決めるというものです。
<コラボ時のテレビ画面とアプリ>
当社はアプリのライセンスをミヤギテレビに提供していますが、1年半ほど早く始めただけで、それほど経験があるわけではありません。今回の取り組みにより、担当者同士が共に話し合うことで、番組連動企画、セールス......と、アイデアが生まれやすくなりました。ローカルテレビ局は、デジタル人材は少なく事例も多くありませんので、仲間とともに創造することでDXを活用した新規事業につながると考えています。
ご紹介した事例では、顧客接点をDX化することで、▷DXのアレンジ速度が急速に増加▷顧客体験を声としてデータ収集することで即座に演出に反映▷視聴者と制作スタッフがともにテレビのDX体験をすることでテレビの次のステージへ――という結果につながりました。当社の企業理念は、「もっと、心動く時を、あなたへ。」――テレビに参加する体験による感動は、未来のテレビ文化を創っていると信じています。多くの方にご協力いただいたことに感謝申しあげるとともに、これからもワクワクする新しい感動体験を仲間とともに創っていきます。