重要案件が審議できない米FCC

鍛治 利也
重要案件が審議できない米FCC

バイデン大統領の指名により、ローゼンウォーセル(Jessica Rosenworcel)氏がFCC(連邦通信委員会)委員長代理に就任してから約9カ月が経過した。正委員長の有力候補者が見当たらずに委員長代理の在任期間がこれほど長くなるのは極めて異例だ。政権交代時には、前政権で就任した委員長は在任期間を残したまま退任するのが慣例となっており、委員長代理を置くことになるが、過去の例ではいずれも半年程度で、委員長代理が決まってから数カ月後には正委員長の指名手続きに入っている(リー委員長代理:1981年2~5月、クライバーン委員長代理:2003年5~11月、コップス委員長代理:2009年1~6月)。

FCCは、4年ぶりに民主党主導体制に変わり、パイ前委員長(共和党)の下で推し進められた規制緩和を覆す方針だが、与野党間で意見が対立する案件については審議入りすることができない。FCC委員は5名で構成され、同一政党からは3名まで。大統領の指名に基づき、上院の同意を得て就任する。通常は、与党側委員が3名と過半数を占め、与党側が推進する政策が多数決により決定する仕組みになっている。パイ前委員長はバイデン政権発足とともに辞任したが、バイデン大統領が後任者を指名しないため、与野党ともに2名の同数のままでは評決できない。
 
しかもローゼンウォーセル委員長代理の任期は2020年6月ですでに切れている。後任者が決まっていないため、一年間延長されてきたが、その延長期間中の上院議会のセッション終了日までしか在任することができない。つまり、バイデン大統領が同委員長代理を再指名し、年内に上院で承認されない限り、現在会期中の第117回連邦議会の第1セッションが終了する22年1月3日には退任しなければならない。同氏を再指名するか、あるいは別の委員長候補者を指名し、さらに現在空席となっているもう一枠についても、後任者を指名し、上院で承認されなければ、年明けには共和党2:民主党1となり、野党側が過半数を占める異常事態が生じてしまう。

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<FCC委員の現状>

業を煮やした市民グループや業界団体は、6月11日に57組織の連名でバイデン大統領にFCC委員長を早急に指名するよう求める書簡を送っている。さらに加えて9月22日には、25名の上院議員が連名でローゼンウォーセル委員長代理を早期に正委員長に指名するよう求める書簡を送っている。バイデン大統領の手元には数十名の委員長指名候補者リストがあると言われており、業界紙等では下記の名前が有力候補者として挙げられているが、ホワイト・ハウスが現在、誰に白羽の矢をたてるのかがまったくわからない。空席補充の委員に関しても同様である。FCC規則の新設や改廃は5名の委員の多数決で決まるが、議題を選定するのは委員長であるため、FCC委員長が誰に就任するかは極めて重要である。

前述のとおり、民主党側の関係者が連名でローゼンウォーセル委員長代理を早急に正委員長に指名するよう求めているのは、同委員長代理は、12年に委員に就任した経験豊富なベテランであり、17年には再任された実績もあるからである。それにも関わらず、いまだに有力候補者に関する情報が皆無なのは、バイデン政権内部で反対意見が出ているか、あるいは上院の有力議員との間での水面下の協議がうまくいっていないからではないだろうかと推察される。オバマ政権下でFCC委員長を務めたウィーラー前委員長が、2016年に有料放送事業者が独占していたセット・トップ・ボックスの自由化法案を可決しようとした時に、当時委員であったローゼンウォーセル委員長代理が賛同しなかった過去の姿勢が影響しているのではないかと思われる。FCC正委員長に指名されるのが誰であっても、通常は上院の承認手続きに数カ月かかる。現在、上院は民主党と共和党が50名の同数で、上院議長を務めるハリス副大統領の1票により過半数に達するという微妙なバランスにたっている。

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<FCC新委員長に有力視される主な候補者>

FCCは、オバマ政権(民主党)時代の15年、ネット中立性規則を決定し、インターネットサービスプロバイダーが任意に、インターネット上の特定コンテンツを閲覧禁止にしたり、通信速度をコントロールしたりすることを禁じた。これは、インターネットを電気、ガス、水道等と同様に平等に取り扱うべきインフラと位置付けたものだが、17年にトランプ政権(共和党)時代に廃止されている。バイデン大統領が7月に署名した大統領令の中には、ネット中立性規則の復活が明記されており、FCCはこれを実現しなければならない。

米放送業界の最大関心事の一つは、パイ前委員長が17年に断行したメディア所有規則の大幅緩和の行方だろう。共和党政権では規制緩和策が、民主党政権では規制強化策が打ち出され、約20年に渡りその都度控訴裁で争われてきた。17年の大幅規制緩和も控訴裁で争われ、2019年にFCCは敗訴したが、最高裁でFCC側の主張が認められ、控訴裁判決は破棄された。これまで控訴裁は、見解の多様性を確保する観点から、放送局経営に参画する女性やマイノリティーの少なさを問題視し、共和党政権下での規制緩和策を退けてきた。これに対し、米放送業界とFCCは、税制優遇やラジオ・インキュベータ・プログラム(新規参入者や小規模ラジオ事業者に対して既存ラジオ事業者が資金的な援助や経営のノウハウを一定期間に渡り伝授すること)を精力的に進めている。同プログラムに参画した既存ラジオ事業者に対して、複数所有規則の一部適用除外を認めることにより、女性やマイノリティー経営者の参入ハードルを下げようとする試みである。

メディア所有規則に関しては、96年通信法により4年に一度のレビューが課されている。2018年レビューは控訴裁での訴訟等により完了することができなかった。現時点では、その次の22年レビューを間に合わせることもかなり難しいと思われる。1996年通信法は、ローカリズム、見解の多様性のみならず競争の観点からも所有規則が公共の利益に資するか否かについてレビューするよう求めており、FCCはそれに基づきメディア所有規則の現状維持、あるいは改廃について提案する必要がある。2017年に規制緩和されたのは、新聞社と放送局の相互所有規則、ラジオ局とテレビ局の相互所有規則、テレビ局の複数所有規則であり、ラジオ局の複数所有規則については今後のレビューに委ねられている。

連邦取引委員会委員長にはカーン氏が、司法省司法次官補(反トラスト部門トップ)にはカンター氏が就任し、IT企業への対決姿勢を鮮明にしたのとは対照的に、FCC委員の指名、承認手続きはまだ始まっていない。メディア所有規則をレビューする際には、市場内での公平な競争の観点からネット事業者との広告費の奪い合いも当然考慮しなければならないだろう。バイデン大統領が指名する新委員長は、どのようなスタンスで次回レビューに臨むのかに注目が集まる。議会の承認を得られずに足踏みしている1兆ドル相当のインフラ投資法案と、3.5兆ドル相当の歳出・歳入法案が進み次第、FCC委員の指名候補者も決まると言われているが、上院の承認手続きなどを勘案すると、当分の間、FCCは重要案件を何も決めることができないだろう。


<主な参考>
・Rosenworcel Support Letter Final Signatures, 20210922
・Biden draws criticism for delay on FCC appointment, Nationa Public Radio 20210929
・Biden's baffling FCC delay could give Republicans a 2-1 FCC majority, ArsTechnica 20210915
・FCC votes to unlock the cable box over Republican opposition, ArsTechnica 20160219
・Statement of rosenworcel on being designated the Acting Chairwomen of FCC by President Biden, FCC 20210121
・FCC et al. v. Prometheus Radio Project et al. Certiorari to the U.S. Court of Appeals for The Third Circuit, Supreme Court of the U.S. 20210401
・47 U.S. Code § 154 - Federal Communications Commission

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