3年ぶりのリアル開催となった欧州の放送「機器展」IBC。9月9日から4日間、オランダのアムステルダムで開催されました。コロナ前より少し小ぶりでしたが、170の国・地域からの3万7,000人の参加者があったと発表され、そのほとんどはマスクなしで久々の再会を喜び合っていました。
駆け足で見て回りましたが、いくつかポイントを挙げるとすると、▷「放送と通信の融合」が大前提でその先の展開急進中▷さまざまなレベルでのクラウドの活用、▷エコ・環境は日本以上に大きなテーマ、▷影が薄くなった中国、▷あらためて考える公共性とは――かと思います。
<多くの来場者で賑わう様子は「ポストコロナ」>
「放送と通信の融合」の先のレベルで
アメリカのATSCと並び、世界の主要なデジタル放送の規格を定めてきたDVB(日本はISDB-Tですが)。毎年、何を展示するかが注目されますが、もうここには「放送単独」のものはありません。今回は「DVB-NIP」、つまり"ネイティブIP"で、放送とブロードバンドの橋渡しをするもの、もう一つは「放送より良い、ブロードバンドより良い」をキャッチフレーズにした「DVB-I」の2つの通信放送融合型規格だけでした。細かな技術的説明は省きますが、「電波でも、ネット経由でもどちらでもいいから、利用者が便利なようにシームレスに届くようにする」が基本コンセプトです。「-NIP」では▷中間に衛星を介してコンテンツが配信サービスのように放送クオリティで流れてくる、▷さまざまな機器で視聴できる、▷伝送コストの削減につながること、▷ターゲット別のCM差し替えなど新たなビジネス拡大ができる仕組み――が説明されました。「-I」では"放送のパワーをブロードバンドの柔軟さと結びつける"として、ブロードバンド中心の配信への移行を支援するためドイツやイタリアの放送局で大規模な試験運用の準備が進められていることが紹介されました。アメリカの次世代放送規格ATSC3.0は放送波の上にIP化した信号を載せることを中心に通信と融合して放送サービスの高度化を図っていくので、DVBとは違ったアプローチです。また日本の次世代地デジは「地上波でも4K」を中心に考えられている印象で、大きな隔たりを感じました。
<DVBのブース "通信連携しかない">
<DVBの各規格の説明図>
クラウド"花盛り"
「粗相が許されない国、ニッポン?」。画面に"チラ見え"はご法度、放送事故があれば届け出・・・・・・。このような厳しい条件に比べ、欧米は寛容です。さらに地震、台風という自然災害と縁遠い、つまり遠隔地のサーバーといつでも問題なく接続できるであろう欧州では、クラウド利用が番組制作、放送のオンエア両方のさまざまなレベルで提案されています。日本でもマスター機能の集約化、クラウド移行が検討されていますが、欧州は先に行っています。
<ソニーブース ちなみにパナソニックは"欠席">
制作技術分野でソニーは「クリエイターズクラウド」を掲げ、例えばさまざまなカメラで撮影した映像を5G機器などを使い、クラウドにあげ、ライブ映像制作や自動でのハイライト映像作成、複数のプラットフォームへの配信を可能にする......とアピールしました。コロナ禍で在宅勤務での映像編集、番組制作作業が増え、この分野は加速したように思えます。廉価・価格明示のブラックマジックでも、また、商用モバイル回線で現場からの中継を行い、今や中継車の登場機会を大幅に減らした伝送システムLiveUのブースでも、クラウド活用がアピールされていました。
<制作技術分野でも活用は進む LiveUのブース>
"加速"!
ネット連携を中心にした新規技術の、主に小さなブースが並んでいた「コンテンツ エブリウェア」はスペースが広くなり、実用化の域に達した印象です。日本でも多くの放送局がさまざまなサービスで利用しているAWS(アマゾンウェブサービス)のブースには人波が絶えませんでした。注目されたエリアは「アクセラレーター」でした。「加速装置、加速者」と訳せばよいでしょうか、さらに先進的な技術が並んだ一角です。メタバース、AR(拡張現実)、VR(仮想現実)が注目される中、高速回線を使い、遅延を減らしてイギリスとアメリカの間であたかも実際にプレイしているようにテニスを楽しむ、アフリカのど真ん中からもつながる、などです。IP伝送による遅延は日本ではオンエアで気になるところですが、メタバースやゲームの世界の中で「遅延することは許されない」と改善が進んでいくのかもしれません。メタバース関連の展示は多く見られましたが、必須とも言えるモーションキャプチャも随分手軽に、確実にできますとアピールし、注目されていました。
<賑わうAWSのブース>
エコ、環境は大きなテーマ
脱炭素は大きな課題です。欧州では喫緊の課題として、ロシアのウクライナ侵攻によるエネルギー費高騰が社会全体に大きな影を落としている、という面もあります。「人々の関心がコロナから完全にウクライナに変わった」との声もありました。リモート制作もこの流れの中にあり、大勢の人々、たくさんの機材が現場に行くことなくコンパクトに......ですし、出社することなくポスプロ作業をするのもひとつの現れです。DVBが伝送網の中に衛星利用を推すのも、地上で膨大なIP網を築きルーターなどで大量の電力を消費するより効率的との思想があります。例年、会場の外には多くの大型中継車やSNG車が並べられてきたのですが、今回は減りました。リモート制作の進展、簡易なIP中継に移ってきたことへの現れかと感じました。
<二酸化炭素削減! は会場で配られた袋にも>
影が薄くなった中国
会場で最大級の大きさを誇るソニーの隣には、以前は中国企業ファーウェイが大ブースで陣取っていたのですが、今回はその姿はありませんでした。情報通信系分野での中国企業に対する警戒感、コロナ禍の影響と見られます。アジア系来場者は日本、韓国、台湾中心の様子でした。これまで先進技術のエリアで大々的に8K中心の展示をしてきたNHKは一般展示エリアのEBU(欧州放送連合)の隣でややこじんまりしたブースを構え、メタバースにも使える、多数のカメラでヒトを全方位から撮影し3Dデータ化するボリュメトリックキャプチャ技術や手話CGアバターなどを展示しました。
<NHKのブースはやや小振りで>
あらためて考える公共性
IBCでは夕方、各ブースでビールやワインが軽食とともに振る舞われ、商談、歓談に花を咲かせるのが定番です。今年は久々の再会で大いに盛り上がりました。と、機嫌よく会場を後にしたIBCでしたが、多くの参加者は帰路、大変なことに。空港の大混乱です。コロナ禍で利用客が激減していたので運営会社は人員を大幅に削減していたところに、コロナ"終息"で旅客が戻り、手荷物のハンドリングができない、セキュリティチェックが遅れるなどの混乱が欧州の各空港では起こっています。EU圏内第3のハブ空港とも言われるアムステルダム・スキポール空港では搭乗時のセキュリティ検査に数時間待ちの列で、乗り遅れる客が続出し大きな問題となり、テレビでも連日報じられていました。便出発4時間ほど前に空港に着きましたが、実に2時間半ほど並ばされました。「まるで万博で月の石を見るための列」と言ってもわかる人は50歳代より上でしょうが・・・・・・。コスト面重視はわかるのですが、公共性を考えると疑問が残ります。公共性という点では放送も同じ。経済効率を考え、新技術を入れながら、安定性、信頼性をキープせねば、そんなことを考えながら列に並んでいました。
<再会を喜ぶ人達で賑わう夕方の酒食の場内>
<空港ビルの外まで列は伸びた>