会場内に"日本語の入った看板"のナゼ? 欧州の放送機器展「IBC2023」に行ってみた

長井 展光
会場内に"日本語の入った看板"のナゼ? 欧州の放送機器展「IBC2023」に行ってみた

コロナ後のリアル開催2年目となった欧州の放送「機器展」IBC。9月15日から4日間、オランダのアムステルダムで開催されました。コロナ前よりはまだ小ぶりでしたが、170の国・地域から、昨年より6,000人多い4万3,000人の参加者があったと発表されました。ウクライナ侵攻以来、航空機がロシア上空を飛べないのでアラスカ・北極上空回りの長旅の末、見たものは......。

 ▷ますます進むAIの活用~映像編集、多言語翻訳
 ▷日本の民放、久々の登場。しかし影薄まる
 ▷次世代"放送"~通信との融合から5G
 ▷ベンチャー系は"通常のエリア"に成長か

――といったあたりです。

ますます進むAIの活用~映像編集、多言語翻訳

ひとつの素材から英・独・仏・スペイン・オランダなど多言語版を作らなくてはならない欧州らしく、AI(人工知能)を活用した自動翻訳を展示するブースが多く見られました。小規模なベンチャー然としたところもあります。多くの言語に対応、ということをキャッチーに見せるのに日本語の入った看板!というわけです。ある会社のブースでは実際に日本語の文章を読み上げると瞬時に英語訳が表示される様子をデモしていました。内容チェックが厳しい日本の放送界からすると「もうちょっと表現を進歩させて」という感じはしますが、使われるごとに学び、進化していくAIの特性、最近話題の生成型AIから考えるとレベルアップのスピードは速そうです。

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<AI自動翻訳のブースでは日本語の看板㊤やデモ㊦も>

AIの活用で中心的なのは映像の自動編集です。特に文法(進行ルール)が定型化しているスポーツ中継のサマリー制作への活用をアピールするところもありました。会場内で最大規模のブースを構え広いラインアップの展示をしたソニーもこの点をアピールしていました。また、インタビューなどで話した内容の書き起こしから映像を編集してくれるアドビの編集ソフト「プレミアプロ」のテキストベースエディティングも注目されました。音声のなかで気になる「え~」とか「あ~」という部分も自動的にカットされる機能も付いています。急速に進化するAI利用、クラウド利用が当たり前になってきたという背景もあります。一方で生成型AIのように著作権の問題や扱える人間が少ないなど、配られた資料(紙ではない)やセミナーで問題点が指摘されていたのも事実です。

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<スポーツサマリーの編集をデモするソニーのブース>

日本の民放、久々の登場。しかし影薄まる

AI利用で出展したのが日本テレビ。自動的に映像にぼかしやモザイクを入れるソフト「BlurOn(ブラーオン)」を、開発で協力しているNTTデータのブースで展示しました。欧州市場ではプライバシー保護、犯罪防止の観点から子どもの顔を見せないなどニーズがあるということです。競合メーカーの飲料や車のナンバープレート、家の特定を避けるなど、ぼかさないといけないものが山ほどあるなかで、これまで長時間、手作業でやってきたところをクラウド利用のこのソフトを使うと作業時間を9割がた減らせるとのことで、「三日三晩徹夜」から解放されるそうです。ちなみにIBCでは日本の民放は以前、TBSがモバイル受信をデモするなどしていました。今年、出展社一覧に「TBS International」という社名があり、「これは?」と思い行ってみたら中国の深圳から来た機器メーカーさんでした。

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<日本テレビは映像加工ソフト「BlurOn」をNTTデータのブースで展示>

かつては8K映像を大画面で見せることを中心に出展を続けてきたNHK。コロナ後は控え目に、AI活用の自動手話表示や予告編・ダイジェスト映像自動生成など、"公共放送らしい"展示を行っていました。

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<NHKのAIによる自動手話表示>

日本勢にとっては悲しい知らせです。主催者のプレスリリースで業界を引っ張っていくとしてラインアップされた企業35社、そのなかにはキヤノンとソニーの2社しか入っていませんでした。これまでカメラや幅広いシステムを出展していたパナソニックはブースを出しませんでした。ホールのなかで入り口前に陣取ってきたスイッチャー、マルチモニターなどサブ・中継車回りの機器・システムを手掛けている朋栄(FOR,A)も姿がありませんでした。


"代わって"というわけではありませんが、家電では日本をしのぐ勢力になった韓国。今回、LGが初出展し、サムスンのブースも高い注目度でした。放送機器では強くなかった彼らが目立ってきたわけは? 映像ディスプレーの強みを活かしたバーチャルプロダクションです。ドラマの撮影などでいちいちお金をかけて背景を作らなくても、背景の巨大LED画面に実写・CG合成の映像を映し出し、俳優はその前で演じるというものです。単に映し出しているのではなく、カメラと連携して自然な映像に仕上げます。サムスンは巨大な湾曲したスクリーンを出展して注目されました。制作コストが削減できるこの分野への関心は高く、全部で20社ほどが展示していました。ソニーもディスプレーには注力しています。特に"黒が引き締まる画質"に定評があり、カメラも作っているため連携に強みがあることから、「一歩先を行っている」と評価も高く、一安心でした。

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<韓国サムスンの巨大湾曲スクリーン㊤と画質で健在のソニー㊦>

次世代"放送"~通信との融合から5G

米国のATSCと並び、世界の主要なデジタル放送の規格を定めてきたDVB(日本はISDB-Tですが)。昨年に続いて「放送単独」ではなく、「DVB-NIP」="ネイティブIP"で放送とブロードバンドの橋渡しをするものと、「放送より良い、ストリーミングより良い」をキャッチフレーズにした「DVB-I」の2つの通信放送融合型規格をアピールしていました。「電波でも、ネット経由でもどちらでもいいから、利用者が便利なように」が基本です。「DVB-NIP」では、▷中間に衛星を介してコンテンツが配信サービスのように放送クオリティで流れる▷さまざまな機器で視聴できる▷伝送コストの削減▷ターゲット別のCM差し替えなど新たなビジネス拡大ができる仕組み――が説明されました。「DVB-I」ではブロードバンド中心の配信への移行を支援するためドイツやイタリアの放送局での大規模な試験運用が紹介されました。

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<DVB-NIP㊤とDVBーⅠ㊦のデモ>

ここで注目なのがDVBと「二人三脚」状態のEBU(欧州放送連合)のブースです。ここでは5Gを使った放送のトークセッションも行われましたが、地デジで日本方式を採用したブラジルの代表が「私たちは使える周波数に限りがあるので次世代放送はDVBの新型か5G放送のどちらかしかない」と断じていました。日本ではようやく"地上波4Kもできる"次世代放送の技術規格が定まってきたところですが、その採用は眼中にない様子でした。

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<EBUは5G放送をイチオシ>

ベンチャー系は"通常のエリア"に成長か

コロナ前はコンテンツ制作・配信系を中心にベンチャー・スタートアップを集めたホールがありましたが、先端技術を集めた「フューチャー(未来)ゾーン」ともども、「テックゾーン」やeスポーツを集めたゾーンなどに再整理されていました。ちゃんと生き残ったところは特設エリアから"通常のエリア"に昇格したのかもしれません。

「カッティングエッジ」「ゲームチェンジング」、会場内でよく目にし、セミナーで語られていた言葉です。「最先端」「形勢を一変する」の訳語があります。数年前、会場で出会った日本の大先輩放送マンが「この人たちはもう川の向い側に渡りきっちゃったね」と評していました。その川の向い側で進む進化。翻って日本では......今度はシルクロードの上を飛ぶこれまた長いルートでモヤモヤを感じながら、帰途につきました。

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