各国で巨大IT企業への規制が強まり、続々と法制化が進んでいる。
英国では3月28日、2022年4月に公表された「放送白書」の提案を踏まえた放送法改正案の草案が公表され、意見募集を実施している。カナダでも、ここ数年、議論を呼んでいたIT規制関連2法が成立した。いずれも、報道機関との競争条件の平準化を目指すものだ。ここでは、自国の文化保護と経済支援の両面からアプローチする2法案を成立させた、カナダの動きを紹介したい。
プラットフォームを放送と同様に規制へ
まずは4月27日、「1991年放送法」を改正し、NetflixやSpotifyなどのオンラインストリーミングプラットフォーム(以下、プラットフォーム)を「別種の放送事業」として、放送法の規制対象とする「オンラインストリーミング法(C-11)」が成立した。これにより、プラットフォームはラジオテレビ通信委員会(CRTC)の監督下に置かれ、従来の放送に適用されている「カナダのコンテンツ(CanCon)」要件の遵守が求められることとなる。
カナダの放送局は、収入の30%以上をカナダのコンテンツに再投資することが義務付けられているが、プラットフォームにも同様の義務が課される。また、カナダのコンテンツの見つけやすさの確保、さらに、公用語に加え、先住民族の言語でも、カナダの番組を広く推奨することなどが求められる。
今回の法改正は、これまでこうした義務を課されることなくカナダ市場で収益を上げてきたプラットフォームに、放送事業者と同等に国内コンテンツへの支援を義務付けるなど、競争条件を均一にするものだ。
CRTCは、同法に違反していると判断した事業者に対し、罰金を科す権限を持つ。
政府は同法によって、カナダのコンテンツのプロモーションや、国内雇用の創出につながるとしている。文化・芸術・メディア・通信などを所管する文化遺産省の予測では、新規テレビ制作は8,600万ドル増となる。
すべてはCRTCが定める~法文の曖昧さが生む懸念
ただ、同法の支持者が「カナダのメディアや芸術分野を活性化させる」と主張する一方、各方面から懸念や反対の声も出ていた。
YouTubeは、ユーザーが作成するコンテンツへの影響を懸念している。ユーザーが見たいコンテンツではなく、カナダのコンテンツが推奨されることになるからだ。
主要野党の保守党などは、オンライン上の「表現の自由」を破壊し、選択肢をコントロールする行き過ぎた措置として批判してきた。ピエール・ポワリエーヴル保守党党首は、「政権交代の折には、同法を廃止し、言論の自由法(Free Speech Act)に置き換える」と宣言している。
これに対して政府は、同法の対象は商業番組に限定するため、個人ユーザーが作成するコンテンツには影響しないとしている。
また、「カナダのコンテンツ」の基準への疑問も出されている。現在は、制作者や出演者がカナダ人であること、制作費の75%がカナダ企業によるものであることなどの条件をポイント化し、10点満点中6点以上をとることが要件とされている。しかし、この形式的な基準では"カナダらしさ"を適確に把握できていないと批判されている。
法文の曖昧さやCRTCへの権限集中を憂慮する声も出ている。同法の細則はCRTCに一任されているが、上院の修正で、その権限行使については公開協議を行うことが義務付けられ、ある程度これらの懸念が払拭された格好だ。
米国からも、CUSMA(カナダ・米国・メキシコ協定、新NAFTA)を根拠に、同法への横槍が入っている。他の締結国のデジタル製品に対する差別的待遇を禁じた第19条4項に抵触するというのだ。バイデン政権は同法に異議を唱え、訴訟を提起する可能性がある。米国の立場からは、「同法の濫用を防止し、他国が独自の文化保護主義に走ることを抑止するため」だ。米国では、前例のない政府による検閲を招くと警告する専門家もいる。ただ、カナダのコンテンツ産業が、Netflixなどの分工場(branch plant)にされかねない状況をみると、カナダの危機感も理解できなくはない(*) 。
いずれにしても、成立までにCRTCが定める細則に関心が集まっている。
報道機関への補償を強制へ
6月22日には、IT企業に報道機関とコンテンツ使用料の支払いについて交渉することを義務付ける「オンラインニュース法(C-18)」が成立した。デジタルプラットフォームと報道機関との公正な収益配分、両者の自主的な商業契約締結の促進、報道機関による団体交渉の容認などを規定し、解決に至らない場合には強制的な仲裁の枠組みを用意している。施行は6カ月後となるが、それまでにCRTCが同法の適用対象となる報道機関の要件や交渉プロセスなどを定める。
文化遺産省によると、カナダのオンライン広告収入97億ドルの80%超をIT企業2社が占め、2008年以降、450超の報道機関が閉鎖に追い込まれている。この不均衡に対処するため、オーストラリアで2021年2月に成立した、プラットフォームにニュース使用料の支払い交渉を義務付ける規則(News Media and Digital Platforms Mandatory Bargaining Code:NMBC)を参考に、「『説明責任』と『透明性』に関する改善を加えた規制」だと同省は説明している。議会予算局の試算によると、同法が成立すると、報道機関は年間3億2,900万ドルの報酬を得ることができる。
同法の成立を受けて、Metaは6月22日から、カナダ国内でのニュース配信停止を決めた。Googleも6月29日、カナダの報道機関との契約を終了し、ニュースを表示しないという方針を発表した。Googleは、カナダで150社超の報道機関とGoogleニュースショーケースの契約を結び、2022年については36億以上のリンクで2億5,000万ドル相当の支援をしたと主張している。
報復措置として、カナダ政府は7月5日、Metaが運営するFacebookとInstagramへの広告出稿を停止すると発表した。
先行するオーストラリアにみる「オンラインニュース法」の課題
この法案についても、問題点が指摘されている。
まずは、IT企業がメディアの勝者と敗者を決めることになるという点である。
オーストラリア連邦財務局は2022年末、NMBCの導入1年で初のレビューをまとめ、同規則の導入を"成功"だと自己評価した。報道機関全体で34件、2億豪ドル超の契約が結ばれ、市場の約61%が少なくとも1件の契約でカバーされたことになる。
ただ、大企業と小規模な独立系組織との間の「情報の非対称性」は改善されないまま、小規模メディアは少額で契約に合意し、多額の資金を得た大規模メディアがその資金を活用して小規模メディアの人材を引き抜くといった事態が発生している。これは、IT企業の企図した"分断支配"が奏功した形だ。情報の透明性が確保されていれば、このような事態をある程度防げたとの指摘も多い。
また、オーストラリアでは、小規模メディアとの交渉の席に着こうともしないケースも報告されている。同規則の元での個別交渉に持ち込まれることを避け、Googleニュースショーケースなど、IT企業が提供する助成金やプログラムを強要する傾向もみられる。
さらには、プラットフォームに掲載されたニュースコンテンツに対して報酬が支払われるのではなく、プラットフォームのニーズに応じたコンテンツへの資金提供という形で契約が成立する傾向も出ている。
つまり、オーストラリアの場合、透明性の欠如などによって、このシステムは、IT企業がジャーナリズムを支援するという目的のためではなく、IT企業のビジネスを優先する形で進められている。
カナダの「改善」がどの程度、効果を発揮するかは、注視する必要がある。
IT企業のインフラ化への警戒を
同法ではAIの登場による商業的、法的、政策的な課題には対応できていない。
パブロ・ロドリゲス文化遺産相は、オンラインニュース法の対象は、GoogleとMetaの2社であると明言した。Twitter、Apple、TikTokなどのプラットフォームはもちろん、ChatGPTを開発したOpenAIや、BingにChatGPTを組み込んだMicrosoftも除外されている。従って、これらのIT企業は報道機関と交渉・契約の義務が課せられないということになる。
また、規制の対象となるのは、ニュースコンテンツの複製と、ニュースコンテンツへのアクセスを容易にする行為であるから、生成型AIは該当しない。
加えて、こうした生成型AIの登場によって、今後6~12カ月で、Googleなどを通してオリジナルリンクへと導かれていた情報の流れが阻害され、これまでのニュース消費のあり方が破壊される可能性も危惧されている。
GoogleやMetaから支払われる資金はロビー活動の"多様化と拡大"と捉えるべき、と指摘するのは、IT企業による報道機関取り込み戦略について調査したアムステルダム大学などの研究グループだ。同グループは、守秘義務のもとデータ収集に苦労しつつも、「政府のIT規制への意思の強さと、IT企業による国ごとの支払い意向には相関関係がある」という示唆を得たという。
例えば、ブラジルでの支払い件数が多いのは、審議中のフェイクニュース法案により、IT企業が報道機関に対するコンテンツ使用料支払いの危機に直面しているからだ。IT企業はまた、自分たちへの反発を抑え、世論を有利な方向に導くため、資金を拠出している。報道機関の依存度を高め、事実上のインフラと化すことで、IT企業に立ち向かうことを困難にする戦略の一環でもある。
報道機関は、資金を取り戻せてよしとするのではなく、IT企業の"インフラ化"で足元を侵食されないよう、警戒を怠らずにいる必要があるようだ。
(*)カナダにおけるNetflixなどの番組制作は、2014-19年で3倍増となっているのに対し、国内放送局や番組制作会社による番組制作は、90億規模の産業で3億9,000万ドルの減少となっている。詳細は「加で放送法改正案成立、英も草案公表:IT企業との競争環境は整うか~AIの台頭は新たな懸念材料に」(「民放経営四季報」2023夏No.140参照)
<主な参考資料>
〇The US has a strong case against Canada's Online Streaming Act(The Hill 2023.5.18)