英国の新メディア法案、ラジオ制度改革に乗り出す③ IT大手からの産業保護へ

稲木 せつ子
英国の新メディア法案、ラジオ制度改革に乗り出す③ IT大手からの産業保護へ

英国の新メディア法案でラジオに関する法制度が30年ぶりに見直されているが、これまでのところ異例続きの展開となっている。テレビ放送の制度改革がメインとされていたこの法案のうち、公聴会で最も紛糾したのがラジオを保護するための諸規制だ。なかでも台風の目となったのがスマートスピーカーへの規制だった。

スマートスピーカーで流れるラジオの「配信」サービスに優先的な取り扱いを求めるラジオ局と、それを「義務」として受け入れることに反発する米IT大手(AmazonやGoogle)との意見の隔たりが全く埋まらず、IT大手は一様に法案化の見送りを求めたのである(第2回〔10月5日掲載〕参照 )。

異例の紛糾となった議会の公聴会を主催した文化・メディア・スポーツ省(DCMS)の特別委員会(以下、委員会)は、終了後にラジオ関連の法案をめぐる議論だけを抜き出して「ラジオ法案に関する報告書」を出した。本来は9月中にまとめられる予定だった報告書を早め、政府に勧告するという「異例の対応」となったのである。シリーズ最終回となる今回は、委員会が夏休み前に"先出し"した報告書の内容を紹介しながら、今後の法案の行方を占ってみたい。

特別委員会が異例の「抜き出し勧告」

委員会が新メディア法案のテレビに関する報告書を出したのが9月22日。これで委員会による法案評価が全てそろったことになる。しかし、ラジオ規制に関する報告書が先出しされたのは7月21日で、実に2カ月も前倒しで評価と「勧告」がまとめられたのだ。報告書は、これまでのヒアリング(書面および対面での公聴会6回)で明らかになったエビデンス(証言等)に加え、専門家(大学教授)のアドバイス等を参考にしている。

「ラジオ法案に関する報告書」の前文で、委員会は「新メディア法案に関するヒアリングで、ラジオに関する法案が最も争点となり、ラジオ保護を目指した法案の第6章*¹で意見の相違が著しかった」と総括した。そして、スマートスピーカーの規制に触れ、「公聴会で明らかになった業界内の懸念に鑑み、可能な限り早い時期に報告書をまとめることにした」と、異例の抜き出し勧告を行った背景説明をした。そのうえで、政府(草案側)に対して、前倒しした2カ月間を有効利用して、①政府が規制案についての技術的な協議を(IT大手関係者らと)行い、②委員会の勧告を反映した形に法案を修正する――ことを求めた。

特に①については、Googleが公聴会で「規制を遵守するのは技術的に無理かもしれない」と発言しており(=冒頭写真)、規制の実効性を確保するためにも、突っこんだ協議が必要とされたようだ *²。また、委員会が米IT大手への規制を法制化することを強く支持し、勧告で第6条の規制対象をさらに拡大することを提案したことも、「先出し」した理由の一つだろう。委員会が、全ての勧告を法案に反映した修正を求めているため、政府と米IT大手らとの追加協議が今秋の法案議会提出前に必須となるからだ。

「ラジオを規制する法律もネット時代に
適応しなければならない」

ここでメディア法案をもう一度おさらいしておくと、ラジオ関連では、デジタル時代に即応したラジオ産業の保護措置として、①規制緩和=商業ラジオ局の放送免許要件の削減(ジャンル別のコンテンツ放送義務の撤廃)と、②ラジオ局の成長を妨げる可能性がある米IT大手への規制強化=スマートスピーカー規制――の2面からの規制改革を盛り込んだ。実のところ、法案はスマートスピーカーだけを狙い撃ちしているのではない。ネットでラジオコンテンツの配信を扱う「ラジオ選局サービス」という、ネット経由のサービスがラジオ局を排除しないような法的な枠組みをメディア法で作り、将来的にはスマートスピーカーだけでなく、車載音声システムなど新たなサービスを「ラジオ選局サービス」に追加指定することで、技術革新に対応できるラジオ産業保護を目指しているのだ。

委員会の報告書は「音声サービスの聴取時間でラジオの生放送が占める割合が、2017年の75%から22年には63%まで減少するなか、音楽ストリーミングサービスの割合は8%から20%へと2倍以上に増加している」「スマートスピーカーが市場に出たのはここ数年だが、すでに約3分の1の家庭が利用している」と、ラジオを取り巻く環境が大きく変わったとの現状認識を示した。そのうえで、「ラジオがこの新しい世界に適応しなければならないように、ラジオを規制する法律も、それに適応しなければならない」と、ネット時代に即した規制改革の必要性を強調したのである。委員会がネット対応を強く意識した点は、勧告内容からもうかがえる。委員会が行った14の勧告で、ラジオの規制緩和法案に対する勧告は3件で、残りは第6章「ラジオ選局サービス」に関するものだった。

ラジオ規制の緩和:ローカルニュース強化へ

委員会は報告書で「ローカルニュースや情報は、多くの人々をローカルラジオに引きつける」とし、「政府がこの分野を優先することに同意」している。法案の規制緩和措置には、本シリーズの1回目(8月1日掲載)でお伝えしたように、アナログラジオの局ごとに課せられていた規定やジャンル別・特定年齢層向け番組の放送義務の撤廃や、「ローカル性」を重視したコンテンツを放送する義務の緩和が盛り込まれている。委員会は、これらについて全面支持の意向を示し、法案の補助金による支援策についても追加提案をしていない。規制緩和に関する法案で委員会が勧告したのは、デジタル時代のニュースの放送義務の強化だけだった。また、商業ローカルラジオのローカルニュースについては「他の報道機関がリーチするのに苦労している層にリーチできている」と現状を高く評価している。以下が、委員会の主な勧告だ。

▷委員会は「ラジオ局は、地元のニュースや情報を提供する仕事に集中できるようになる」と、商業ラジオ局に課せられた「地元(ローカル)音楽の放送義務」の撤廃案を前向きに評価*³。さらにローカルニュース強化の観点から、地元ラジオが地元で収集したニュースを提供する「義務」について、より明確なガイドラインを作ることを求めた。具体的には、「ガイドライン」を法案に盛り込むか、あるいは、議会への法案提出時に別文書としてガイドラインを公表することを勧告している。
▷ローカルのアナログラジオ局は放送免許の要件として地元のニュースや情報を伝えなければならないことになっているが、現行制度が制定された後に始まったデジタルラジオについては、同様の義務規定がない。メディア法案は、この制度上の欠落部分を大臣の裁量で埋められるように規定しているが、委員会の勧告では、デジタルラジオ局の「地域性要件」を大臣が制定する前にOfcomと協議をすることを「義務」づけるよう求めている。

英国では、メディア行政を政府とは独立した規制機関のOfcom(放送通信庁)が担っている。委員会は、法案のいくつかの条項において、大臣が自己裁量による決定をする前にOfcomが関与するよう明文化を求めている。特に、第6章のような「新たに制定される大臣権限」については、それらを行使する前に、大臣がOfcomと事前協議をすることを義務づけた*⁴ 。  

スマートスピーカー規制を強く支持

公聴会でIT大手側が強く反対したものの、委員会はラジオ業界の懸念により理解を示した。ラジオ局の訴え、すなわち「より強大なプラットフォームが放送局へのアクセスをコントロールし、リスナーを他へ誘導する可能性」は「もっともな懸念」であると認めている。そして、メディア法案に第6章「ラジオ選択サービス」条項が盛り込まれることを強く支持し、政府がこれらの措置を盛り込んだ法案を次期会期の立法プログラムに盛り込むことを推奨した。

予想外だったのは、紛糾した法案よりも委員会の勧告のほうが規制の範囲が広がっている点だ。例えば、委員会は「オンデマンドおよびオンライン専用コンテンツに対する政府のアプローチは市場動向と相反するように思われる」とし、「リスナーは、オンデマンドでコンテンツにアクセスしたり、オンラインのみの放送局を聴くことを選択したりするようになってきており、これらの形態のコンテンツを法案の範囲に含めることは理にかなっている」と踏み込んでいる。
以下が、「ラジオ選択サービス」の規制化を強める主な勧告だ。

▷ラジオ局のオンデマンドおよびオンラインのみの音声コンテンツをOfcomの規制下にある「ラジオ放送局」として扱うよう法案を修正するよう勧告。
▷ラジオの同時配信以外のコンテンツを保護の対象にするため、委員会は「インターネットラジオサービス」の定義*⁵を改正する明確な権限を法案に盛り込むことも勧告。
▷委員会は「コネクテッドカーのメーカーや車載インフォテインメントシステムの提供者はラジオ放送を全く提供しないこともできるし、どのアプリを搭載するかをコントロールすることもできる」と強い危機感を表明し*⁶、「政府とOfcomがこの問題を積極的に精査していく」よう勧告した。
▷法案は「ラジオ選択サービス」の定義を変更し、車載システムのみならず、新技術や新サービスなどを追加指定する権限を担当大臣に与えているが、委員会は、定義の改正には「明確な証拠が伴われるべき」とし、決定前に大臣がOfcomの協議を義務づけるよう勧告。また、大臣が追加指定を決定する前には、Ofcomが業界の利害関係者との協議を行うことを法案のなかで名文化することも勧告した。

スマートスピーカー規制が急がれた理由は

政府は当初、「スマートスピーカー規制」の法制化を見送る考えを示していた。今回、公聴会で議論が紛糾した背景には、昨年春に「実態を調べる必要がある」とし、法制化への意向を示さなかった政府が、方針を変えて法案の第6章(スマートスピーカー規制)を追加した経緯*⁷がある。法案の影響(インパクト)評価調査で、第6章に関する結果だけが公聴会に間に合わなかったことからも、法案に急いで盛り込まれたことがうかがえる。加えて、新しい規制をかける際には関係者との細かな協議が行われるのが原則だが、これが不十分だった。IT大手側は事前協議がなかったことに激しく反発。公聴会では、規制に準拠するための負担が大幅に増えると訴え、今後、英国での事業戦略に影響が出る可能性もあると釘を刺し、法制化を見送るよう求めたのである。

与野党の議員が混在している委員会が、いささか強引とも思える政府の方針転換をどう判断するかが注目されたが、委員会は「法案の第6章は視聴者、プラットフォーム(米IT大手)、放送事業者のニーズのバランスが取れている」と結論づけた。そして、前述したように法案の導入を強く支持したのである。

この判断には、二つの事情がある。一つは、アナログラジオとDAB(デジタルラジオ放送)のいずれにおいても、ラジオ受信機の利用がコロナ禍以降減り続けているという悩ましい傾向だ。Ofcomの最新のメディア調査によると、家庭でのDAB利用率は21年第3四半期の41.9%をピークに減少し、23年第1四半期には35.2%にまで下落している。一方、スマートスピーカーを含むオンラインでのラジオ聴取の割合は、同時期の比較で21.2%から30.9%に増加した。音声サービス別に次世代(15―34歳)の利用傾向をみると、18年には拮抗していたラジオ受信機で聴く生放送とストリーミング音楽の利用(いずれも59%)が、23年上半期にはラジオが41%、音楽ストリーミングは75%と大きく変化している。昔ながらのラジオ利用スタイルが減り*⁸、ネットへの移行がこれまでの市場予測よりも早く進んでいることがわかってきたのだ。

二つめの事情は、法制化スケジュールの問題だ。ラジオ規制の法制化は、一般的に優先順位が非常に低く、過去30年間見直されなかったという立法実績がそれを物語っている。ラジオ局側には「今回のメディア法案にスマートスピーカー規制を盛り込まなければ、次に法制化の機会がいつ訪れるかわからない」という危機感があっただろうし、起草したDCMSも、法案を審査した委員会も、今回の法改正でラジオの配信に関連する規制の枠組みを作っておけば、将来に対応できると考えたようだ。

委員会は第6章の法制化が「業界にとって、一歩踏み込んだ変化を招く」と、IT大手側の訴えに配慮する姿勢をみせ、大臣が特定のデジタル企業を「ラジオ選局サービス」に指定する場合には、指定案件を提案するOfcomに対して「指定で生じるIT大手(プラットフォーム)側の負担とその影響を考慮すべき」と十分な事前協議を行うことを法案に盛り込むよう勧告した。

法案が成立するまで:次のステップは?

委員会のラジオとテレビに関する法案評価と勧告が出そろったので、政府は遅くとも11月22日までに委員会の勧告に対して正式回答をすることになっている。ただし、11月7日**に議会の開会式が予定されており、チャールズ国王が政府の政策方針や優先審議法案について演説(King's Speech)をするため、そこでメディア法案についての政府の回答が盛り込まれる可能性がある。並行して、政府の回答に沿う形で、メディア法案の改正版が議会に提出される予定だ。委員会は全勧告を改正案に反映することを条件に法案の導入を支持し、次の会期においてメディア法案を優先的に審議することを提言しており、年明けから議会でメディア法案の審議が始まるものとみられる。

今後、議会でメディア法案の第6章の扱いがどうなるか注目されるが、テレビを含めた放送産業の保護措置という視点でみると、委員会は動画の規制についてもテレビ局側の訴えを聞き入れたかたちで勧告している。「放送基準」に類似した配信におけるコンテンツ基準の適用範囲について、委員会は大手配信会社のコンテンツに限定せず、全てのVODサービスに適用すべき*⁹だと勧告。また、配信サービスでテレビ局のコンテンツを目立つようにするための「プロミネンス措置」については、「接続機器(スマートTVなど)のユーザーインターフェースの設計の幅が広く、どのようなプロミネンス措置となるかは機器によって大きく異なる」との考えを示し、「重要なのは、公共サービスのコンテンツが常に提供され、簡単に見つけられるようにすること」だと判断。テレビ局が求めた主張を受け入れて、配信プラットフォームでの放送局コンテンツの目立つ度合い(プロミネンス)を、電子番組表(EPG)での規定で使われていた"「適切な」プロミネンス"から"「顕著な」プロミネンス"へと表現を変えるよう勧告している。

ラジオの配信サービスへの規制は、これら全体の保護措置のなかで討議されることになる。政府も法案を評価した委員会も、「ラジオ選局サービス」を規制する枠組みの構築を優先している模様であり、第6章の法制化が実現する可能性が高い。ただし、立法化されても、具体的な「ラジオ選局サービス」の指定には時間がかかる見込みで、規制の詳細についても、立法後にOfcomが肉づけしていくことになる。委員会が求めたようにラジオ局の配信専用コンテンツまで保護対象となるのかは、今後の議会での法案審議に委ねられるが、メディア法案の第6条は施行されれば、世界でも例のないIT大手規制となるだけに、引き続き注目する必要がある。

なお、英国では2024年中に総選挙が行われる見通しで、法案の審議中に選挙となる可能性がある。メディア法案の立法前審査をした委員会は与党(保守党)議員5人、最大野党(労働党)から4人、スコットランド国民党から1人のメディア規制に精通した10人で構成されており、仮に政権が労働党に移っても大きな変更や廃案となることはないとみられている。

【11月9日追記** 】
国王の演説は11月7日に英議会の開会式のなかで行われ、チャールズ新国王は政府方針として、英国の「クリエイティブ産業を守る」法制化に言及し、メディア法案を予定どおり提出する方針を明らかにした。
BBCやITVなどとともに、商業ラジオ連盟(ラジオセンター)もこれを歓迎。ラジオセンターのペイトン代表は「国王の演説がメディア法案を進める政府の意向を確認したことをうれしく思う。ラジオはこれまでにない勢いがあるものの、聴取方法は変化しスマートスピーカーのようなオンラインプラットフォームに移行している。メディア法案のラジオ対策はこうした変化を反映しており、リスナーにラジオの価値を提供するとともに、英国の世界最高のラジオコンテンツの未来を確保するのに役立つ」とコメントした。


*¹ ネット上で「ラジオ選局サービス」を提供する事業(プラットフォーム)を規制する法案で、今回初めて導入された。海外においても類似の規制実例がなく、冒頭に触れたスマートスピーカー規制はその第1弾とされている。

*² 委員会は「法制化した場合の詳細な影響評価がまとまっていなかったことが、議会、利害関係者、国民がラジオ法案を検討するうえでの判断の妨げになった」と苦言を呈した。

*³ 委員会は地元音楽文化の保護はラジオ局がやらなくても、ネット(YouTubeやTikTokなど)においてより多くの自己アピールの可能性があると判断。

* 委員会の勧告は大臣が独断で権限を行使することを制限する効果がある。「メディアの独立性」をしっかり法案に盛り込みたいとする委員会の姿勢は、大変興味深い。

* 現在の定義は「ラジオのネット同時配信をしている放送局」と限定されている。改定する権限が明文化されれば、将来的にネット専用のコンテンツを含めるように修正することが可能になる。

* 委員会は報告書で「車載のインフォテインメントシステムで好みの放送局を容易に見つけるドライバーの能力を政府は過大評価しているのではないかと心配する」と皮肉っていた。

* 音楽ストリーミング利用が増えるなか、同時期比較でオンラインラジオ(18%→17%)やオンデマンドラジオ(8%→7%)の利用は、ほぼ横ばい。他方、ラジオ局も熱心に取り組んでいるポッドキャストの利用は増えている(18%→25%)。

* 政府は2022年4月に出した「メディア白書」のなかでスマートスピーカーについて、「人々が長く親しんできたラジオへのアクセスを第三者が管理(制限)する力を持つ可能性があり、新たな措置が必要かもしれない」としたものの、「ラジオ業界とさらに協力し、スマートスピーカープラットフォームの方針と慣行をより深く理解する必要がある」との考えを示し、規制が必要との結論を示さなかった。

* 委員会は「放送基準(Broadcasting Code)」が全放送事業者に適用されるのと同様に、VOD基準も全VODサービスに適用されるべきである」と明確に提案している。

** 11月2日の公開時には議会の開会式を「11月9日」と記述しましたが、「7日」に変更となったため修正しました。あわせて、末尾に同日の国王の演説内容と業界の反応を追記しました(11月9日10時修正・追記)。

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