英政府が3月28日に公表した新メディア法の草案は、書面による意見募集に続いて文化・メディア・スポーツ省(DCMS)の特別委員会による公開ヒアリングが終了した(=冒頭写真は6月20日。BBC、商業ラジオ連盟などからのヒアリング風景)。委員の1人が「予想外に、法案で最も議論を巻き起こしている」としたのがラジオ制度の改革だった。その目玉は、商業・小規模ラジオ局の免許認可条件(放送内容のローカル性や番組編成)などの大幅緩和と音声で起動するデバイス、いわゆる「スマートスピーカー」への規制だ。
ラジオ関連の改正は30年ぶり
新メディア法は、テレビ関連が「2003年放送通信法」制定以来の大刷新となっているが、ラジオの場合、「1990年放送法」制定から実に30年ぶりの大幅改正となる。この間、英国では初のデジタルラジオ放送(DAB)が95年にスタートし、99年に商業ラジオによるデジタルサービスが加わった。そして、04年には狭い地域を対象とした非営利目的のコミュニティラジオ局免許制度が始まり、国内にはラジオ局数が劇的に増えている。独立規制機関のOfcom(放送通信庁)によると、22年3月の時点で英国内で認可されているラジオ局の数はアナログ(AM・FM)局が648、デジタル(DAB)局はそれを少し上回る659ある。ちなみに、アナログ局の半数(319局)がコミュニティラジオで、商業放送(278)よりも多い(商業放送のDABサービス数は648)。
アナログ商業ラジオの規制がつくられた30年前から大きく成長したことになるが、業界内の競争は、インターネットを介したデジタル音声サービスの急成長もあって、年々熾烈化している。スマホの普及でSpotifyやiTunesなどの音楽ストリーミング・サービスが人気となり、人々の音楽消費の方法が大幅に変わった。Ofcomの最新調査によれば、人々が音楽ストリーミング・サービスを1週間に聴く時間の割合は、17年の8%から22年には20%へと2倍以上に増えている。ラジオ放送サービスそのものも、4人に1人は放送ではなくオンラインストリーミングで聴いている。アナログ局は、デジタル放送への移行準備もしながらオンラインサービスの開発も余儀なくされている。政府の調べによると、すでに国内の「インターネットラジオ局」は数千存在しているという。ネット勢の台頭で、経営面での弊害もすでに顕在化している。
無料のインターネットラジオを含む配信系の音声配信サービス(ポッドキャストなど)が急成長しており、デジタルオーディオ広告への支出は19年の8,900万ポンドから、パンデミック後の21年には1億6,400万ポンド(約300億円)と2倍近くに増えた。特に影響を受けたのが、デジタル化に対応しきれない中小のアナログローカル局で、広告収益は横ばいか減少となっている。近年、独立系ラジオ局(グループ)が国内の大手ラジオグループに身売りする事例が後をたたない。
将来に向けて、ローカルラジオのデジタル移行(アナログ終了)を円滑に進めながらラジオ産業の発展を確保するために、商業ラジオ業界は長くラジオの規制緩和を求めてきた。
新メディア法の立法化までの経緯を振り返ると、デジタルラジオの利用が6割に近づいた17年に、政府はアナログ放送終了(停波)時期のめどを見極めるためにラジオ規制等の見直しプロセスを開始。調査報告「デジタルラジオとオーディオ・レビュー」(21年10月発表)のなかで、アナログラジオ局が直面する問題が浮き彫りとなり、そうした障害がデジタル移行(アナログ終了)の遅れにもつながっていることが示唆された。報告書は、ラジオの根強いメディア力を確認したうえで、デジタル移行の促進とラジオ産業の繁栄維持のためには、大幅な規制緩和やラジオ保護措置が必要との勧告を行った(関連記事はこちらを参照)。これを受けた政府は、「ラジオは少なくとも今後10ー15年間は英国メディアの中心的役割を維持する」との方針を示し、英国のラジオを支援し強化すると表明。立法が急がれていたテレビ規制の改正案にラジオの改正条項を加えて、今年3月に新メディア法案が公表された。
アナログラジオは"足かせ"から自由に
改正案によると、アナログラジオの局ごとに課せられていた規定やジャンル別・特定年齢層向け番組の放送義務が撤廃される。これにより、BBC以外のアナログラジオ局は、Ofcomの承認を待たずにそれぞれの経営判断で番組編成や内容を変え、より市場ニーズに合わせたサービスが提供できるようになると期待されている。また、ローカル局に課せられていた一定の「地元音楽や演奏家」のコンテンツを流さなくてはならないなどの「ローカル性」規制がなくなり、番組を地元のみで制作しなくてもよくなる。
これによって、アナログローカル局はようやく足かせがとれ、デジタルやインターネットラジオと同じ土俵で戦えるようになる。商業ラジオ界はすでに経営難からの業界統合が進んでおり、RAJAR(ラジオ共同聴取調査)の最新データ(23年第1四半期)によると、商業ラジオ最大手のグローバルグループの聴取シェアは全ラジオ聴取シェアの23%、2番手のバウアーメディアは18.4%を占めている、「ローカル性」の撤廃でグループ内のローカル局のコンテンツ共通化を含めた経営効率化が期待できるだろう。
中小規模のラジオ局に、よりメリットがあるのは補助金制度に関する改正だ。担当大臣がラジオ局に対して経済援助をする権限が明文化され、交付金、貸付金、保証金などの形でローカルラジオ、ローカルデジタルラジオ、コミュニティラジオのサービスを支援できることになった。放送のデジタル移行への促進やオンライン対応の支援に役立ちそうだ。RAJARの聴取結果では、今年はじめて商業ラジオのオンライン経由による聴取シェア(28%)がアナログ放送(AM・FM)を1ポイント上回ったことが明らかになっている。
デジタル移行に向けての負担軽減を目指し、法案はデジタルマルチプレックス運営免許要件でも規制緩和も行っている(「マルチプレックス」についてはこちらを参照)。これまでは、放送を請け負うチャンネルの数や局の多様性、ローカル性が免許要件で求められたが、これが撤廃される。これにより放送局の変更や追加が自由にできるようになるほか、免許申請や更新手続きも簡略化される。同様にデジタルラジオ局の免許更新も簡便になったのをはじめ、アナログラジオ局の免許期間に柔軟性が与えられ、デジタルに移行した日にアナログ免許を失効させることが可能となった。
ローカルニュース・情報と雇用の確保
今回の大幅緩和には一つだけ要件が厳格化されたものがある。それはローカルニュースの扱いだ。改正案では、前述の恩恵を受けることと引き換えに、地域(ローカル)のニュースと情報を扱う番組が定期的に放送されること、そしてそれらの番組は、地元で収集されたニュースで全部または一部が構成されることが求められた。加えて、内容規制がないデジタルラジオに対しては、担当大臣の権限で、ローカルマルチプレックス事業者が少なくとも1局は「地元で収集されたニュース」を扱うローカルニュースや情報番組を提供するデジタルラジオ局を確保することを義務づけるようにしている。
現状は、多くのデジタルラジオがアナログラジオのサイマル放送をしているため、アナログのコンテンツ規制がそのままDABの世界にも反映されている。今後、アナログ放送の終了で、ローカルニュースの放送が減る危険性がある。前述のマルチプレックスのローカル性確保要件は、こうした事態に対応するもので、改正案では必要に応じて担当大臣がマルチプレックスの要件を修正し、デジタルラジオだけでもローカルニュースや情報の定期的な提供が継続されるようになっている。
ちなみに、「ローカルニュースと情報」の条文に、「地元で収集されたニュースとは、ローカル局のサービスが提供される地域または地方において、雇用または事業を行っている人により収集されたニュースを指す」との定義が加えられた。これは、ラジオ局に記者を直接雇用することを義務づけているわけではない(フリーランスや地元の新聞紙の記者などとの契約も可)が、地元ジャーナリストなどの雇用継続が文脈から奨励されている。同様の配慮はローカル音楽産業に対してもあって、ローカル音楽番組の制作での財政支援が法案に盛り込まれている。また、ローカル音楽に限っては、配信向けコンテンツであっても補助申請の対象となるとしている。
ローカル商業ラジオの業界統合が進むなか、今回の規制緩和でコンテンツの共通化が進むと懸念する声もある。フェイクニュース対策などの観点からも、質の高いニュース報道がローカル局レベルで引き続き提供されることが重視されたようだ。英国のラジオは、EBU(欧州放送連合)の調査で長年「最も信頼できるメディア」に選ばれており(22年発表の最新調査によると、英国での信頼度はラジオ61%、テレビ53%、出版・新聞35%、インターネット21%、SNS9%)、ラジオ利用者からの潜在的ニーズも高い。なによりも、地元に密着したラジオの「ローカル性」は、デジタルオーディオ市場を席巻しているグローバルな大手事業者に対抗できる武器として有効である。
ラジオ産業を守る保護政策も
政府は、法案づくりに直接の指針を与えた「メディア白書」(22年4月発表)のなかで、ラジオを「地域や地元のニュースや情報の提供で、多元性を強化し、地域社会を結びつけ、孤独や精神衛生などの社会問題に取り組むうえで重要な役割を果たしている」と称え、その公共的価値を高く評価している。
また、テレビの陰で見落とされがちだが、ラジオ産業の経済価値も少なくはない。商業ラジオ連盟(ラジオセンター)によると、商業ラジオだけで英国経済に6億8,300万ポンドの経済付加価値(GVA)をもたらし、全国で直接的・間接的に1万2,340人の雇用を生み出しているという。
大幅な規制緩和や財政援助で政府はラジオ局の事業コストが削減されると期待しているが、AmazonやAppleなどの米IT大手が手がける音声サービスは、業界の予想を上回るスピードで市民生活に浸透しつつある。メディア白書で「ラジオを保護する」と表明した政府は、メディア法案に新たな規制の概念「ラジオ選局サービス」(Regulation of radio selection services=法案第6章)を導入して、予防的な保護政策を打ち出した。
本稿の冒頭で、法案を精査する議会特別委の委員による「予想外に、法案で最も議論を巻き起こしている」との発言を紹介したが、ラジオ関連の法案で今も議論が続いているのは、まさにこの部分である。具体的に規制の対象となるのは、音声で起動するスマートスピーカーで、名指しで規制対象となっている米IT大手らが大反対しているからだ。
(第2回はスマートスピーカー規制法案の概要と議論の争点をお伝えします)