英国の新メディア法案、ラジオ制度改革に乗り出す② スマートスピーカーの規制で紛糾

稲木 せつ子
英国の新メディア法案、ラジオ制度改革に乗り出す② スマートスピーカーの規制で紛糾

英政府が3月28日に公表した新メディア法案には、このシリーズの第1回(8月1日掲載)の最後でお伝えしたように米国の大手IT企業によるオンラインサービスを意識した「産業保護政策」が盛り込まれており、その扱いをめぐって紛糾が予想されていたが、法案の公表後に最も揉めたのは、ラジオを保護するための諸規制だった。紛糾したのは、新たに起草された第6章だ。メディアを所掌する文化・メディア・スポーツ省(DCMS)がここに「ラジオ選局サービスに関する規制」(Regulation of radio selection services)という新たな概念を導入したからだ。

法案どおりに規制化されると、同国で認可された全ラジオ局をスマートスピーカーで聴けるようにすることなどが義務づけられることからAmazonやGoogleが真正面から反発。公開ヒアリングでこの規制の見送りを要請するなど、今秋から始まる議会での審議に少なからず影響を与えている(=冒頭写真はAmazonからのヒアリング風景)。Googleが「世界にも例のない法案」と警戒するスマートスピーカー規制法案とは? その概要と争点をまとめた。

「ラジオ選局サービス」規制とは

「ラジオ選局サービス」とは、「ラジオ受信機(DAB=デジタルラジオ放送を含む)以外の方法で複数のラジオ局のコンテンツをオンラインで楽しめるようにするサービス」を指す。大前提となるのは、国内で多くのラジオ局が「放送」のネット同時配信をしているメディア環境があることで、ネット上でそれぞれのラジオ局の選局を可能にしているサービスが「ラジオ選局サービス」となる。なお、法案では「音声アシスタントを利用して提供されるサービス」に限定し、規制対象となるのは「英国内で相当数の人々によって利用されているとみなされる場合のみ」と定義されている。

前回のリポートで英国にはBBCラジオ、大手の商業ラジオグループ、中小規模の独立商業ラジオ、さらに規模が小さいコミュニティラジオと多様なサービスがあると紹介したが*¹、これらのラジオ局の配信サービスの実態も、事業規模で異なっている。BBCや商業ラジオグループは独自の「ラジオアプリ(BBC Soundsなど)」を提供し、グループ内のラジオ局のネット配信を行っている。資金力が少ない独立系のラジオ局やコミュニティラジオ局は、低価格(最低料金/年109ポンド)で参加できるラジオ配信プラットフォーム「Radioplayer」*²を利用したり、グローバル大手のオーディオ配信サービス(TuneIn Radio)などと提携しラジオの配信サービスを行っており、同国のラジオ局の大半は何らかのかたちでネット配信している。

多くの利用者は前述したBBC Sounds、RadioplayerやTuneIn Radioなどのアプリを使って、"アプリ内で選局"して聴いており、アプリはスマホなどさまざまなデバイスへのインストールに対応している。並行してラジオ利用が急速に増えているのが、音声起動で動く多機能スピーカー(Amazon Echoなどのスマートスピーカー)だ。2016年に同国に導入されて以来、5年あまりで全成人の3人に1人が所有するほど普及しており、ここで2番目によく使われる用途がラジオ聴取となっている*³

利用者にとっては便利なアプリやデバイスなのだが、ラジオ局の立場は複雑で、これまでラジオ受信機を通じて直接つながっていたリスナーとの緊密な関係をネット環境で保つことが難しくなっている。「ラジオ選局サービスに関する規制」は、このようにラジオ局とは別の便利なアプリやデバイスが介在してしまうネット環境下で、それを仲介するプラットフォーム側が「ゲートキーパー化」してラジオ産業に不公平な不利益*⁴を与えないような措置が加えられている。

なかでも、音声アシストを使ってユーザーが選んだラジオ局を流すサービスの代表格がスマートスピーカーだ。法案を起草したDCMSは、「ラジオ選局サービス」に指定されるのは市場で最も普及しているスマートスピーカー(Amazon EchoとGoogle Nest)の音声起動プラットフォームだと説明したことから、メディア報道でこの法案が「スマートスピーカー規制」とも呼ばれるようになった。

選局サービスに課せられる多くの制限

法案は第6章の冒頭で規制対象となる「ラジオ選局サービス」(以下サービス)を定義したうえで、「サービスへの規制」としていくつもの運営面での制限を加えている。主な規制は次の5つだ。

①サービスは、英国で認可された全てのラジオ局(約750局)をスマートスピーカー経由で利用者が聴取できるようにする必要がある
②サービスは、音声コマンドに従ってラジオ局を選局し、効率よく流す(他のことをしない)
③ラジオ局の同時配信を複数の方法で配信できる場合、どの方法を優先させるかを決めるのはラジオ局で、サービスはそれを受け入れなければならない。
④サービスは①―③を可能にするための代償を、ラジオ局に請求できない
⑤ラジオ番組の配信中に、サービスが自己都合や自己裁量で配信を中断したり、ラジオ局のCMとは別の広告を被せたりすることはできない

ラジオのネット同時配信の規制は、ケーブルや衛星の多チャンネル放送の再送信規制と似ているので、それにあてはめると理解しやすいかもしれない。前記の①は、概念的にケーブルテレビの「マストキャリー」と似た規制だ。また、規制④でサービスは「マストキャリー」のラジオ局の配信を無償でしなくてはならないことになっている。⑤もオペレーター側が番組の音声の上に勝手に情報やCMをオーバーレイできないことになっているケーブルや衛星の再送信規制と似ている。

ケーブルテレビの再送信と異なるのは、規則の②と③だ。ケーブルテレビのEPGでは1つの放送局に1つのチャンネルが割り当てられているが、ネット環境だと1対1の関係が成立しないことがある。例えば、英国で最も人気があるBBCの第2ラジオをスマートスピーカーで聴く場合、利用者はBBCの専用アプリ(BBC Sounds)に加えて、多数のラジオ局をまとめたアプリ(RadioplayerやTuneIn Radio)などを経由しても同じ番組を聴くことができる。Amazonのスマートスピーカーで「TuneInでBBC2をかけて」と明確に音声指示をした場合、サービスは、その指示どおり素早くラジオを流すことが要求されている(規則②)。だが、利用者が「BBC2をかけて」とだけ指示した場合、どう対応すべきかを規制しているのが③である。つまり、音声指示の経由ルートがあいまいな場合には、放送局側が「BBC Sounds経由で配信する」と優先ルートを指定することができ、サービスはそれに従うというものだ。

「ラジオ選局サービス」の初回の指定候補となっている米大手IT企業2社(Amazon、Google)は、法案への書面による意見募集で意見を提出し、前述の特別委員会でのヒアリングでも「規制する根拠がきちんと示されていない」「技術的に実現が難しい」など真っ向から反対の姿勢を打ち出した。

争点はアクセス、データ、イノベーション

前述した5つの規制に反対する米大手IT企業などの主張とラジオ局の主張を規制の内容別にまとめてみた。

★稲木さん図表確定版.jpg

それぞれの項目で双方の主張内容や懸念が異なり、議論がかみ合っていない。両者ともいかにリスナーの耳を自分の方に傾けさせるか、満足させるかで競い合っているのだが、多機能を兼ね備えるスマートスピーカーを運営するサービス側と、サービスの一部だけにかかわるラジオ局側との立場の違いも議論が平行線をたどる理由ではないかと思われる。

ラジオ局にしてみれば、ネットでは音楽配信やネット専門のニュース、ポッドキャストを配信するライバルなどが次々と生まれており、コンテンツ面での競争が熾烈化している。こうしたなかで、リスナーの利用データをマネタイズやサービス向上に直ちに使える「一次情報」として手に入れられるかどうかは、死活問題なのだ。

米IT大手のAmazonやGoogleは顧客中心のビジネスをしており、多機能プラットフォームとしては、ラジオに特化したスキル(対応アプリ)などの開発に多大な投資を行うことは大きな負担となっている。法制化されればより複雑なシステム改修が必須で、追加の負担が増えることによって他のサービス開発やイノベーションへの投資が後回しになる可能性もあるとして、この規制は最終的に「利用者のみならず、誰のためにもならない」と訴えた。

特筆しておきたいのは、米IT大手や産業界が公聴会で「ラジオ選局サービスに関する規制」をこの時期に法制化する必要があるのかという大きな疑問を繰り返し投げかけたことだった。彼らは、スマートスピーカーの普及がラジオの活性化(利用増)につながっており、「ラジオとは共存共栄の関係にある」と主張。Googleの公共政策マネジャーは「共生的な成功物語であるのに、ラジオ業界対ハイテク業界という構図で議論されることは不満だ」と語っている。Amazonも「ラジオは顧客のAlexa利用において重要な役割を担っており、多大な投資をして2019年にラジオ局向けのスキル(アプリ)キットを開発し、すでに940のラジオパートナーが参加している」と、ラジオ利用が増えるよう努めてきたことを強調している。

ダブル規制を懸念する声も

ラジオ局側は米IT大手とラジオ業界とのパワーバランスが今後逆転することを問題視しているが、向こう10年の両者の成長予想では、ラジオの収益は31.6%増のプラス成長となっている。スマートスピーカー側は2―3倍の急成長を遂げると予測されているが、10年後のスマートスピーカー側の最大収益予測額(4億5,800万ポンド)は依然ラジオの総利益予想(14億300万ポンド)の3分の1にとどまる。こうしたこともあり、現段階で規制化する必要があるのかで双方の意見が分かれている。

Googleは、英議会で目下並行して審議が進んでいるデジタル規制法案「デジタル市場、競争、消費者法案」*に触れ、「将来起こりうる市場の問題を是正するための、十分に議論され、確立された法的メカニズム(=規制の枠組み)はすでにある」と述べ、メディア法の第6章はダブル規制になるとも訴えている。

公聴会では、IT企業が加盟する業界団体「techUK」も米IT大手の擁護にまわり、第6章の法制化を今回は見送るよう促した。「ラジオ業界が規制を通じて安心感を得たいという気持ちは理解できるが、この規制は不適切で、ユーザーの思いどおりにラジオを聴くことができないようにするのは、英国のラジオ業界に不測のダメージをもたらす」と警告。また、「スマートスピーカーが市場に投入されてまだ7年ほどで、消費者により多くの選択肢とより優れた機能を提供するイノベーションはまだたくさん起こりうる」とし、規制が進化を阻害する危険性があり、「最終的には消費者に不利益をもたらす」と語っている。

公聴会でのラジオ側とプラットフォーム側の訴えは、どこまでも平行線をたどっているのだが、公聴会は7月初めに終了し、法制化のプロセスは一歩先に進んだ。法案の行方は、公聴会を主催したDCMSの特別委員会が、双方の主張をどう評価し、どのような勧告をするのかにかかっていたのだが、7月21日に予定を大幅に前倒しにしてラジオ関連法案のみ報告書が出された。法案の一部だけを抜き出したかたちで勧告が出るのは異例のことだ。しかも、報告書では、法案にはなかった「ラジオのオンデマンドコンテンツ」についての勧告も盛り込まれた。特別委員会は報告書の意見を反映した修正案を秋の議会に提出することを求めている。このように、ラジオ規制では「予想外」が続いている。

次の第3回(最終回)では、委員会の評価や勧告について紹介し、英国メディアの最新データを紹介しながら、新メディア法案によるラジオ規制の行方を占いたい。


*¹ アナログ(AM・FM)局が648、デジタル(DAB)局が659あるが、サイマル放送局が多く、重複を除いたラジオ局の総数は750局ほどといわれている。

*² Radioplayerは非営利のラジオのオンライン配信プラットフォーム。配信技術を開発したのはBBCで、欧州各国に技術提供し、各国ごとにRadioplayerがある。大手自動車メーカーとの提携も進めており、ラジオのネット利用の拡大に貢献。Radioplayer UKには500以上の放送局が参加している。

*³ スマートスピーカーの主な用途でストリーミング音楽を聴く(60%)とラジオのライブ配信を聴く(58%)がほぼ同じ割合となっている。

*公聴会で、商業ラジオ連盟(ラジオセンター)の代表が同様の懸念を発言していた。同団体はここ数年、ラジオ保護を働きかけている。

*同法案のなかで、メディア行政と関連がある部分は、既存の競争市場局内でデジタル分野を監督するデジタル市場ユニット(DMA)の強化措置。具体的には、DMAにデジタル市場で大きな影響力を持つ企業を「戦略的市場ステータス(SMS)」企業と特定する権限を与え、市場の競争を妨げていないかをより細かく監視して違反があればDMAの判断で多額の罰金を課すことができるようにする。SMS指定の要件は、グループの年間売上高が世界で250億ポンド、英国内で10億ポンドを超える企業となっていることから、米国のIT大手に対する措置とされている。

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