北米で「テレビジャパン」に代わる新配信サービス 在米邦人も歓迎

佐々木 香奈
北米で「テレビジャパン」に代わる新配信サービス 在米邦人も歓迎

北米唯一の24時間日本語テレビチャンネル「テレビジャパン」が3月31日で放送を終えるとのニュースが流れたのが2月半ば。やや大げさな言い方をすれば、北米に住む日本人にとっては衝撃的だった。「そんなあ!」と一瞬たじろぎ、次の瞬間には新たな配信サービスが始まると知って歓喜した日本人は少なくない。米国内でのコードカット(有料のケーブル・衛星テレビ契約を解約すること)の波が、ついに海外での日本語放送事業にも押し寄せ始めた。

テレビジャパンの放送終了に先立つ3月20日、新たな配信サービス「Jme(ジェイミー)」が始まった。これまで別々のサービスだった日本語チャンネルのテレビジャパンと、英語チャンネルの「NHKワールドジャパン」、それに日本の民放ドラマや映画の配信サービス「Dライブラリジャパン」――この3つが一体になったのがJmeだ。『NHK NEWS おはよう日本』や相撲中継、大河ドラマなどNHKのライブ番組に加え、民放のドラマや映画のオンデマンドコンテンツも加わり、いかにも配信時代の新サービスといったラインナップだ。民放の新着ドラマは、日本での放送から1週間遅れのタイミングで配信されるそうだ。Jmeの契約料は月25㌦(+税)。これを高いとみる在米邦人もいるが、Dライブラリジャパン(月額9㌦だった)も加えてテレビジャパン(月額約24ドル) とほぼ同額と思えば、お得な気がする。米国のスポーツ配信サービスなどには月額60㌦もするものがあるのだから。

ケーブル・衛星テレビとの契約が不要に

テレビジャパンは、NHKの関連会社NHKコスモメディア アメリカ社(本社ニューヨーク市)が米国とカナダで日系人コミュニティ向けに運営する日本語チャンネル。サービス開始は1991年にさかのぼる。1日11時間からスタートし、95年から24時間体制になった。テレビジャパンを視聴するためには、当初からこれまで各地のケーブル・衛星テレビプロバイダー(スペクトラムやディッシュネットワークなど)との有料契約が必要だった。これらプロバイダーのテレビプランに加入し、テレビジャパンを追加契約し、月額料金を支払うことで視聴できた。追加料金は地域やプロバイダーによって異なるが、おおむね月24㌦程度。3月20日以降はこの有料テレビ契約なしにJmeを視聴することができる。

DライブラリジャパンもNHKコスモメディア アメリカの運営で、すでに単独サービスとしては終了しJmeに統合されている。唯一、NHKワールドジャパンは、NHKが世界市場に向けて発信する英語チャンネルで、これは有料テレビ契約の基本プランに含まれており、そのままケーブルチャンネルとしても継続されている。 

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<Jmeの「30日間無料トライアル」告知/筆者撮影>

顧客からは「テレビジャパンだけ見たい」

放送から配信に移行する背景には、北米市場で進むコードカットと、それと表裏一体にあるテレビ視聴習慣の変化がある。NHKコスモメディア アメリカの藤野晋平副社長によると、Jmeの構想は3年ほど前から浮上していたという。コロナ禍で加速したコードカットはケーブル・衛星経由で視聴されるテレビジャパンにも大きく影響した。その頃から、「いつになったらインターネットで見られるようになるのか?」「ケーブル・衛星テレビの基本料金が高すぎる。テレビジャパンだけ見られるようにしてほしい」といった顧客からの声が増えていったそうだ。

こうした状況のなか、ケーブル・衛星プロバイダーとの契約内容が壁となって立ちはだかった。これらプロバイダーからは顧客情報を共有してもらえないため、日本人顧客向けのターゲットマーケティングができないだけでなく、テレビジャパン独自のBtoCビジネスの展開も認められていなかった。そのため、「日本人顧客からの要望に応えられない状況が続いていた。Dライブラリジャパンのコンテンツにも制約がかかり、このままのビジネスモデルを継続していては、日本語番組の提供そのものが難しくなるとの危機感が強く、ビジネス上の判断として新サービスへの転換を決めた」と藤野氏は話す。

ちなみに、スマホでJmeアプリをダウンロードすると、アプリ名は「Jme TV」となっているが、サービスの正式名は「Jme」だ。NHKコスモメディア アメリカとしては、「TVという言葉自体がこの先、時代に乗り遅れた印象を与えてしまう可能性を考えた」という。

旧サービスからの流入+新規加入者にも期待

ちなみに筆者はニューヨーク市在住37年、これまでテレビジャパンもDライブラリジャパンも契約したことがなかった。唯一、1年前の日本への一時帰国中、愛猫の世話をしに拙宅に泊まり込んでくれた友人が、ちょうど年末年始だったことから「どうしても『NHK紅白歌合戦』をライブで見たいから、テレビジャパンに加入してくれ」と懇願するので、1カ月だけ加入したことがあった。日本から戻ると直ちにキャンセルしたが、その筆者が今回は3月20日のJme開始を待ちわびた。すぐに登録して視聴を開始。『相棒』や『イチケイのカラス』といった人気シリーズ、ミステリースペシャル「十津川警部の......」といった番組をとりあえず一気見し、毎夜日本に浸っている。

先だっての台湾地震の影響で沖縄に津波が押し寄せた際には、テレビジャパンでライブ速報を見ることができた。日本で起こった災害の速報は、さすがにアメリカのニュースよりNHKが格段に早いし、詳しい。しかも日本語でそれを見られることは実に新鮮だった。米国で暮らす者としての筆者なりの意地のようなものから、日本のニュースも英語での現地報道から得ることに固執していたが、日本語のオプションがあるのは悪くない。

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<新着番組の告知画面/筆者撮影>

それにしても、自分のこの変貌ぶりは何だろうと考えた時、Netflixによるところが大きいことに思い至った。米国のNetflixは日本語コンテンツがどんどん充実してきている。オンデマンドで日本語コンテンツを見られる状況に慣れてしまい、そうなるともっと見たくなるのだ。藤野氏いわく「日本の民放からも多くのコンテンツをJme向けに販売してもらっている。北米ではJmeでしか見られない日本のコンテンツを増やし、(Netflixなど)大手との差別化を図る」。今後の北米日本語コンテンツライフ充実への期待が膨らむというものだ。

自分の例を考えても、旧サービスからの流入組に加え、全くの新規契約者も結構いるのではないかと思えてくる。実は筆者の高齢の友人も、ケーブルチャンネルのテレビジャパンには全く興味を持たなかったのにJmeには登録すると言って、サムスンのCTV用Jmeアプリが完成するのを今日か明日かと待っている。この友人にとってJmeは実に初めての配信利用となる。当然、設定は全て筆者が代行することになっているのだが。

実際、高齢視聴者への対応は気になるところだ。自宅にインターネットを完備していない場合は、Jme視聴のハードルは高いだろう。ネット環境を完備しスマートテレビを持っていても、インターネット経由でのテレビ視聴という概念を理解できない高齢者は多い。NHKコスモメディア アメリカは、「ネット環境の整備とアプリの設定が目下の課題」とし、高齢者への対応策を練っているそうだ。希望者にメールで接続方法を説明したり、同居家族または近くに住む友人が代行設定できるようチラシを作り、4月中に北米6都市のレストランや店舗で配布したりと、地道な取り組みを目下展開中だ。

そして、Jme開始にあたって最も多かった質問の一つが、「スマホやコンピューター画面だけでなく、テレビの大画面でも視聴できるのか」だったそうで、これについては北米で発行される日本語情報各紙に依頼し、テレビ画面での視聴方法を詳しく掲載してもらうことになっている。余談だが、ライブテレビ配信のYouTube TVも、これまでのスマホやタブレット視聴よりも、テレビ大画面での視聴が年々増えているという。テレビを持たない若者が増えた時期を乗り越え、ここにきて配信視聴デバイスとしてのテレビが復活していることも、一つのトレンドとしてある。 

コードカットの行方

米市場調査会社コンバージェンス・リサーチグループが3月発表した最新調査結果で、2023年末時点で全米全世帯の60%が有料テレビ契約をしていなかったことが分かった。 同社の予測では、こうしたコードカット/コードネバー世帯は、26年には全世帯の75%を見込む。こうした状況下での、テレビジャパンの放送から配信への移行となった。これによって、在米日本人の間でのコードカットに拍車がかかると思うかと、藤野氏に質問を投げたところ、「ケーブルテレビや衛星放送を通じて日本のコンテンツをお客様に届けている他の日系事業者も頑張っており、それぞれ契約形態、ビジネスモデルが少しずつ異なります。日本のコンテンツを北米にお住まいの方に広く見てもらいたい、ふるさとに思いをはせてもらいたいという思いは各社同じ。さまざまな手段で日本のコンテンツが見られること、選択肢があることがお客さまにとっても大切で、弊社の新サービス開始で在米日本人のコードカットに拍車がかかるとは考えておりません」との回答(概要)が寄せられた。

今年は米大統領選挙の年でもある。筆者の場合、職業柄コードカットするわけにはいかない。しかし最近テレビ画面で何を見るのかというとNetflixの日本語コンテンツか、クランチロールのアニメか、そしてJmeか、この3つに偏重していることも事実。ケーブルテレビの契約料が非常にもったいない今日このごろである。

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