大きな事件が起こると、米国ではケーブルニュース局が真価を発揮する。新型コロナウイルスが猛威を振るい始めた2020年もそうだった。自宅待機中、情報に飢える国民は1日中テレビのニュースにかじりついた。
そして今、ウクライナでの戦争という大惨事。筆者が住むニューヨーク市にはウクライナ人も多く住んでおり、母国の様子を知りたい彼らにとって、24時間体制で現地からのニュースを流すケーブル局の存在は大きい。当然、視聴者数にも顕著に表れる。ニールセンによれば、ロシアのウクライナ侵攻開始後の米3大ケーブルニュース局(CNN、MSNBC、FOXニュース〈以下FOX〉)を合わせた平均視聴者数は640万人。大きなニュースがなかった今年1月は400万人だった。1月比で増加率が最も高いのがCNNの178%増で、MSNBCが51%増、FOXが64%増だ。
ウクライナ報道で信頼取り戻す
CNNなどは、一気に視聴者の信頼を取り戻した感がある。近年CNNは、キャスターやアナリストによる意見報道に偏ったことから「オピニオン・ネットワーク」などと呼ばれ、その"意見"が革新寄りの中道派から保守寄りに流れたためにコアの視聴者離れが進んでいた。ところが、今は目が覚めたかのように本来のニュース報道に徹している。その組織力と中継技術を駆使し、現地のウクライナ人兵士や防空壕で避難生活を送る一般市民の声、爆撃を受けた街の模様、隣国に逃れた難民の様子などを連日伝えている。MSNBCも、ハンガリーとの国境にキャスターを送り、難民と地元ボランティアらの生の声をリポート。一方で、ウクライナで取材中のFOXのジャーナリスト2人がロシアの攻撃に巻き込まれ殉職する事件も起こった。
"ロシア寄り"に批判も
ケーブルニュース局は、24時間絶え間なくニュースを伝えているため、枯渇期などは意見報道に偏ってしまうのも理解できなくはない。しかも、今はSNSで情報を得られる時代。ケーブルニュースはその存在価値を維持するために、近年はキャスターをタレント化し、彼らの意見や色をより濃く押し出すようになっている。視聴者にとっては、もはやキャスターによるトークショーを見る感覚に近い。
筆者は常々、米国のケーブルニュース局は、国民の世論に直接影響を与えていると思っている。裏を返せば国民が頼るニュース源ということ。それだけに責任は重大だ。その意味で、FOXのウクライナ報道には懸念が生じる。自身の番組でロシアのプロパガンダを広め、ウクライナ攻撃を正当化しているキャスターがいる状況は見過ごせない。憲法修正第一条により報道・言論の自由が守られているとはいえ、米メディアとしてのモラルもある。あまり極端な報道をすれば、メディアへの信頼度も下がってしまう。さすがに他局も無視できず、CNNとMSNBCは戦地からの報道の合間に、FOXの報道姿勢を厳しく批判。地上波局ABCのニューストーク番組「The View」のホストは14日、FOXでも特に過激なロシア寄りの報道を続けるキャスターについて「国として捜査を開始すべきだ」と、米司法当局に対し番組内で訴えた。
そして、3大ケーブルニュース局の中で、視聴者数のトップは常にFOX。残り2局を合わせた視聴者数が、やっとFOXを少し上回る。このケーブルテレビ視聴者数に見られる保守・革新の二極化が、政治・世論の二極化をそのまま、実に顕著に表していると思う。
つまりは、それだけケーブルニュース局が米国民の意識や意見の構築に影響力を持っているということだ。米オンラインニュースメディアAxiosと調査会社Ipsosが20年3月から2年間にわたり行った新型コロナに関する共同アンケートでも、「メディアが新型コロナの感染状況を左右した」との結論が出ている。また、3大ケーブルネットワークの視聴者の回答を比較し、彼らの意思決定や行動に、情報源がいかに大きく影響するかが示された。たとえば、人種や年齢、居住地域などの条件に関係なくワクチン接種率が高かったのがCNNとMSNBCの視聴者、低かったのはFOXの視聴者だった。
民主主義が崖っぷちにある米国。今年は中間選挙の年でもある。世論と並行して、注目すべきはケーブルニュース局の動向ではないだろうか。