国際パートナーとの共同開発が進むMIPCOM 2022②〜ディスカバリーで課題を抱える日本勢〜

稲木 せつ子
国際パートナーとの共同開発が進むMIPCOM 2022②〜ディスカバリーで課題を抱える日本勢〜

後編ではMIPCOMのコンテンツトレンドや日本勢の活躍ぶりについて触れたい。イベント終了直近に日本からのベテラン参加者から質問を受けた。「かつてなら北欧の暗い雰囲気のドラマ(ノルディック・ノアール)や、完成度が高まったトルコドラマなど、分かりやすい傾向があったが、コンテンツに関する講演を聞いても、何がトレンドなのか掴みづらい。今年は何がトレンドなのか」ということだった。

実のところ、この感想そのものがトレンドで、飛び抜けたものが見えない理由として、放送からオンデマンドへのコンテンツ消費の移行があり、見本市では「多極化したクリエイティビティ」が紹介されるようになっているように思う。話題作を紹介するセッション「フレッシュTV」などで取り上げられる作品は、放送、ローカルSVODやAVOD......と、異なる視聴者ベースを持つプラットフォームから選ばれている。どのプラットフォームでヒットしたのかを注目したらよいし、前編で触れたとおり、作品が放送以外の場で視聴されることが増え、ヒット作の定義が変わってきている(前編、メディアメトリのヴォープレ副社長の講演内容参照)。

とは言え、欧州で暮らす筆者の偏見があるが、ウクライナ戦争の影響を受けている欧州のムードが滲み出た見本市だったように思う。歌、料理やゲーム番組などで、以前のような豪華なセットが少なくなった。東欧やドイツの放送関係者によると、戦争による高インフレで今年に入って製作費が5割増になったそうだ。賞金の額も減っており、全体にこじんまりした感がある。ロシアのウクライナ侵攻や高インフレ、地球温暖化による自然災害など、未来に期待が持てない停滞感がある。「フレッシュTV」で、80年代ごろの雰囲気を意識した演出や切り口がヒットになっているとの指摘に説得力を感じた。逆に暗い世相を映すコンテンツも人気で、「実在犯罪」ものは再現ものからドキュメンタリーまで強い人気がある。

「クリエイターズ・ハブ」が新設

3年ぶりに対面交渉が実現した見本市だが、ここで期待を集めたのは、共同制作や資金調達の場として新設された「クリエイターズ・ハブ」だ。打ち合わせエリアに加え、プロデューサーや配給者らが共同制作体験を語る座談会や、共同制作に関する講義などが開催された。主催者(RX France)側トップのルーシー・スミス氏は、「コンテンツ産業のニーズとトレンドを反映させることを目指した」と語っているが、たしかに見本市での取引は、出来上がった番組やフォーマットの売買から、共同開発・制作や投資家が加わった資金調達での「パートナー探し」にシフトしている。特に今年の経済状況の悪化は「ハブ」の存在価値を高めた。

Creaters' Hub.jpg<存在価値の高まる「ハブ」

SVODに加え、AVODやFASTの台頭で、共同開発や共同セールスの機会も増えそうだ。「ハブ」では、細分化された「ニッチ」なテーマに特化したセッションもあり、男性同士の純愛ドラマ「ボーイズラブ(BL)」を扱った座談会には、テレビ東京の斉木裕明執行役員(国際事業室長)が登壇してBLドラマが日本で支持される歴史的背景を説明した。同氏によると、BLは今のところアジアの女性に支持されている「ニッチ」なジャンルだが、グローバルFASTで「BLチャンネル」が実現されれば、コンテンツ流通は一気に変わるかもしれない。

「トレジャーボックス・ジャパン」も復活

さて、MIPCOMでの日本勢の動きだが、日本から在京、在阪のテレビ局をはじめ約250人が現地入りし、各社が試写会や朝食会など、さまざまな戦略でイベントに臨んだ。皮切りは「国際ドラマフェスティバル in TOKYO実行委員会」主催の"MIPCOM BUYERS' AWARD for Japanese Drama"の受賞発表イベント。朝食会形式での開催は今年で2回目だが、今年はノミネート作品を制作した放送局のセールス担当が、会場でバイヤーと直接で話をしながら意見交換や商談をすることができた(詳細はこちら)。

オールジャパンの動きとしては、コロナ禍で中断されていた日本勢のフォーマット紹介イベント「トレジャーボックス・ジャパン」も今回復活している。コロナ禍でマーケティングが困難だった2020年度は、番組フォーマットやリメイク権の取引量が落ち込んでいただけに、総務省が同イベントを後押ししたのはタイムリーだった。情報流通行政局放送コンテンツ海外流通推進室の向井ちほみ室長は、韓国、スペインなど、国がかりでコンテンツ推進を行っている他国の状況を目のあたりにして「支援のあり方で参考になった」と述べ、見本市の重要性を認識して、「日本のコンテンツを引き続きしっかり応援したい」と話していた。

トレジャーボックスジャパン.jpg<「トレジャーボックス・ジャパン」で日本勢が集う

今年は日本勢が主催するイベントの出席者数がわずかだが前年割れという結果となったと聞いている。米英大手のカムバックで「日本」の存在が薄らいだようだ。「ディスカバリー(見つけてもらう)」は昔からの課題だが、見本市に参加した日本通のバイヤーからは、オールジャパンのイベントでの出品コンテンツの「質のばらつき」を指摘する声があがった。「日本的な、『皆が参加する』という数合わせではなく、良いものを絞ってラインアップした方が魅力的で、次につながる」との厳しい指摘だ。他方、刷新の動きもあった。以前は放送局だけが参加していた「トレジャーボックス・ジャパン」に、今年は吉本興業が加わったのだ。フォーマットは、日本テレビが放送している「笑ってはいけないシリーズ」。同社は、日本のアマゾンプライムで人気を博した『ドキュメンタル』のフォーマットセールスの実績で、自信をつけているようだ。放送局でないプレーヤーの参加が刺激となり、日本勢が切磋琢磨する、健全な競争を期待したい。

民放2局の有意義な「挑戦」

個別の動きでも有意義な「挑戦」があった。海外市場のニーズに的を絞ったフォーマット開発を目指したのはTBSテレビ。選んだジャンルは日本ではハードルが高い恋愛リアリティー番組。アメリカの制作会社との共同開発が新ジャンルへの挑戦を容易にしたようだ。AIを新機軸としたデート番組のアイデアで一致したものの、日本側の提案は、AIの選別が正しかったかどうかを問う切り口となった。だが、この手のジャンルの視聴ニーズは「恋愛ドラマ」の要素。共同開発者側のインプットで企画の方針は軌道修正され、デートを重ねる二人のドラマを描く演出に落ち着いた。TBS側は深夜帯を確保して『LOVE by A.I.(ラブバイエーアイ)』を放送。MIPCOMにバイヤーを招いたプレゼン(カバー写真参照)では、AIと対話をするシーンなどセットデザインを含めた紹介を効果的に行っていた。共同開発者は『ザ・マスクドシンガー』をグローバルヒットさせた名プロデューサーのクレイグ・プレスティス氏であったこともあり、多くのバイヤーが集まった。セールスを担当する瀬川郷守メディアビジネス局グローバルビジネス部担当部長は、会場で予想以上の反応があったことに手応えを感じたとのことだ。同氏はまた、今回がTBSにとっては初の海外共同開発であり、開発過程で多くの学びがあったとのことで、共同開発のメリットを感じている様子だった。

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<関西テレビ『エルピス~』試写会

大阪からは、関西テレビが女性蔑視をサブテーマに扱う社会派サスペンスドラマ『エルピス―希望、あるいは災い―』を世界初上映した。同社は2017年にもアジア発のドラマとして初めて国際的な見本市(MIPTV 2017)でプレミア上映を果たしているが、今回の作品は冤罪事件を題材にした「犯罪」ドラマで、今「旬」の題材だ。また、欧米で関心が高い「ダイバーシティ問題」が性差別や女性蔑視という形で描かれており、その点でも注目された。面白い作品と思ったが、試写を終えたハリウッドの女性脚本家の感想は意外なもので、「不倫でもなく、社内恋愛が発覚して異動させられる設定だが、欧米の視聴者はなぜ咎められるのかが理解できない。アジア的」ということだった。ひと昔前なら大きな壁だが、欧米との社会性の差は、SVODであれば超えられる壁ではないかと思う。

The Head red carpet.JPG

<『The Head』の出演者たち

アプローチが異なるが、日本がうまく共同制作に関わっている事例を紹介したい。日本のHulu Japanは今年のMIPCOMで話題になったドラマ2作品に共同制作として関わっていた。1つは欧州の大手制作会社メディア・プロ制作の極限心理ドラマ『The Head』シーズン2。Hulu Japanはシーズン1の制作に企画段階から関わっている。具体的には作品に共同出資し、人気タレント山下智久の出演を確保、アジア配給ではHBOアジアを巻き込んだ。グローバルヒットとなった同作品の続編(シーズン2)では、共同制作の座組みは変えず、Hulu Japanが福士蒼汰の採用に関わった。

もう1つは、日本の人気コミック『神の雫』の実写ドラマだ。仏公共放送(フランス・テレビジョン)との共同制作で、撮影はアメリカの大手プロダクション会社が手がけている。Hulu Japanは漫画の原作者や出版社(講談社)とのドラマ化の交渉に関わったほか、『The Head』つながりで山下智久の出演をとりつけている。仕掛け人となった同社の長澤 一史CCOに「神の雫」プロジェクトが生まれた経緯をたずねると、『The Head』の成功をきっかけに欧州から共同制作で声がかかるようになったという。たまたま講談社とのつながりがあり、"トントン拍子"で国際プロジェクトが成立した。成功は商機を呼び寄せるようだ。同氏はプロデュース業務に徹して、撮影が始まったら制作は欧州勢に任せて効率的に進めており、コンテンツビジネスとして成功を収めている。

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<韓国コンテンツ振興院(KOCCA)のブース。
コンテンツプレビューができるよう、全ての商談テーブルにモニターを設置>

11月21日、韓国の文化体育観光部は、MIPCOM 2022で韓国企業が結んだドラマやフォーマットなどの輸出契約額は、約1,664万ドル(約23億3,767万円)となり、前年比2倍以上(105%)、パンデミック前(19年)と比べて4%アップとなったと発表した。『イカゲーム』(ネットフリックス)のメガヒットで韓国コンテンツの注目度は高かったようで、パンデミックからの復活を示した格好となった。

日本勢の成果も気になるところだが、TBSや関西テレビの事例を含め、日本のテイストや問題意識が進出したい欧米市場にフィットするように工夫するのは容易ではない。だが、やってみないと学びはないので、果敢にチャレンジしている姿にエールを送りたい。

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