MIPCOM 2022が示したポスト・コロナのメディアトレンド① 〜変化への対応が急がれる日本

稲木 せつ子
MIPCOM 2022が示したポスト・コロナのメディアトレンド① 〜変化への対応が急がれる日本

3年ぶりに"フル対面"での開催が実現した世界最大級の動画コンテンツ見本市「MIPCOM 2022101720日)」は、南仏のカンヌに再び11,000人を集めことに成功した。主催者(RX France)側トップのルーシー・スミス氏は、「近年オンライン開催をせざるを得なかった状況の中で、見本市の価値を問う声もあった」と前置きしたうえで、今年は、米英の大手メディアが再び大型展示スペースを構え、取り引きに前向きな発言が続出したことを強調。「数でも、内容においても、大々的に"MIPCOMのカムバック"を印象付けることができた」と誇らしげに総括した。

実のところ今年も、ウクライナ侵攻の影響でロシアからの参加はゼロ、中国勢も大半が参加を見送ったのだが、現地への参加者数が4,600人にとどまった昨年と比べれば、会場のムードは明らかに晴ればれとしたものだった。会場では合言葉のように「Nice to be back(戻って来られて良かった)」という言葉が交わされ、多くが久々の対面での再会を前向きに楽しんでいる感があった。

だが、参加者が「戻ってきた」見本市は、パンデミック前とは異なる世界だった。コロナ禍という特殊な生活環境(ロックダウン等)で増えたネット動画の視聴習慣は、感染規制が解除された欧米のポスト・コロナ時代に定着しただけでなく、テレビ離れを加速させている。MIPCOMでの基調講演や座談会から感じ取ったのは欧米の「レベルアップ」されたメディア環境だ。象徴的なトレンドとして、放送局の「脱皮」と高度に進化した「テレビもどき」の台頭を挙げることができる。

大手放送局の「脱皮ぶり」

とりわけ大手放送局の「脱皮ぶり」は目をみはるものがある。放送開始100周年を迎えた英BBCはその代表格。昨年はブース出展を控えるなど消極的だったが、今年は同協会の制作部門「BBCスタジオ」を全面に押し出して派手な復帰を果たした。基調講演でBBCスタジオのファッセルCEOは「売上の75%BBC以外からの収入で、過去5年で倍増した」と商業面での実績を強調した。また、「次の5年間で売上倍増」を目標にあげ、見本市の参加者に積極的な売り込みや商談を呼びかけた。同じ壇上でBBCのティム・デイビー会長は「BBCスタジオはイギリスの会社ではない」と述べ、ハリウッドの制作会社を買収し、今やグローバルな存在だと宣言し、「公共放送と商業活動は両立できる」との持論も披露した。公共放送のトップの発言としては画期的で、「放送」の殻から抜け出た感じだった。

BBC-Tim Davis .jpg

<ティム・デイビー英BBC会長が持論を披露

データ面で放送局の「脱皮ぶり」を明確に示したのは、仏メディア調査会社メディアメトリのヴォープレ副社長の講演だ。同氏は毎年、動画視聴トレンドを披露しているが、今回初めて、「放送前配信」視聴を加味したデータ分析をした。それによると、BBCのヒット番組『ツーリスト』の総視聴(910万)において、旧来の「放送」視聴(リアル+放送後7日間)が占める割合はわずか28%で、63%が「放送前配信」での視聴だった。民放ITV『ノーリターン』の総視聴(600万)では放送視聴が58%、放送前配信が29%、有料放送(sky)の『Baby』においては、総視聴(57万)のうち、放送視聴が22%で、放送前配信視聴が75%を占めた。ヴォープレ氏は、旧来の視聴率だけではヒットの判断ができないほど配信視聴データが重要だと強調。また、「もはやskyは、有料テレビでなく有料プラットフォームになっている」と語ったのも象徴的だったが、実はBBCもそれに迫っている。

【枠付き】改訂・メディアメトリ講演 グラフ.jpg

筆者が調べたところ、「放送前配信」とは、初回放送後の全話ネット配信のことであり、各局のオンデマンドサービスで一気視聴できる形となっていた。民放ITVの場合、「ノーリターン」の全話は複数のサービスで一気視聴が可能で、視聴者は、無料配信(CM付き)、または有料配信(CMなし)を選べるようになっていた。

注目株はTubi

放送事業者が配信の世界にどんどん進出する中、配信の世界からテレビに近づこうとしている事業者(広告モデルの動画配信=AVODや、無料広告付きストリーミングTVFAST)も力をつけている。彼らは、今年の見本市の注目株だった。業界誌『ワールドスクリーン』は、今年の「トレンド発信者賞」をアメリカのAVODサービス「Tubi」のレウィンソンCEOに与えた。同氏は受賞トークで、「テレビは歴史的にずっと無料(広告モデル)が主流」と述べ、「未来のテレビ、ネット配信でもこの傾向は変わらない。AVODは今後さらに発展する」との見方を示した。同社は、プレミアムコンテンツはSVOD、無料のAVODは古い作品ばかりとされていた暗黙のルールに挑戦し、制作予算をかけたオリジナルドラマ(新作)をTubiで配信してブランド力を上げ、利用者拡大につなげたことも評価された。

TUBI.png

<「トレンド発信者賞」を受賞したTubiのレウィンソンCEO

筆者はTubiの戦略を聞きながら、かつてアメリカで独自の豪華作品で名を上げ、プレミアム・ケーブルとなったHBOの戦略を思い起こした。だが、30年前のテレビと、配信視聴データが細かく把握できる現代との差は歴然だ。Tubiの利用者には「ホラー」番組を何千時間と見るファンが多いそうで、個々の視聴データやSNSでの反応をAIも使いながら分析し、オリジナル作品の構想が検討されるという。ケーブルの専門チャンネルと比べ、FASTチャンネルは細かい視聴データを蓄積・分析しながらコンテンツを編成し、熱狂的なファンづくりを戦略的に行っている。

レウィンソン氏が「Tubiは未来のテレビ」とアピールする中、すでに世界30カ国(北米、中南米、欧州、豪州)で200あまりのチャンネルをストリーミングしているPluto TVも座談会で、趣味・嗜好が細分化された同社のサービスは、「現代人のテレビだ」と主張。Tubiもアメリカ以外に事業を拡大しており、「未来のテレビ」はグローバル事業になりつつある。興味深いのは、両社の経営構造で、Pluto TV4年前に米ViacomCBS(今年パラマウントに改名)の傘下に入っており、Tubi2年前に米FOXグループに買収されている。どちらも4大ネットワークのテレビ局(FOXCBS)と兄弟会社の関係にありテレビ局との親和性が高い。先回りし過ぎかもしれないが、「未来のテレビ」もアメリカメディア大手が市場を牛耳る可能性がある。今回の見本市的では、AVOD/FASTの台頭は市場の拡大と捉えられ、歓迎されたが、ポスト・コロナのメディア環境の中で、コンテンツ取引においても影響力を増しそうだ。

テレビに関わる人間として個人的に励まされたのは欧州の放送局の「脱皮ぶり」で、ポスト・コロナのメディア環境を自分たちで開拓している意気込みが感じられた。前出した仏メディアメトリのヴォープレ氏は、欧州でSVOD利用が伸びているが、その数は、いまだに放送視聴のの1だとし、「放送サービスが大きな危機に見舞われているわけではない」と強調している。インフレと不況が深刻化するなか、イギリスではすでにSVOD利用は若干縮小している。となると、SVODと放送利用の「差」を縮めるのは広告モデルによる配信サービスとなる。欧州の放送局はアメリカのAVODFASTが国内の無料広告モデルシェアを拡大する前に独自のBVODや低額課金のSVODで勢力を保とうとしているのだ。

この点において、素晴らしいコンテンツを作る能力を持ちながら、デジタルメディア戦略で世界の潮流から取り残されている日本の放送局の「遅れ」が気になった。在京テレビキー局を中心に放送の同時配信がようやく広がったが、ネット事業を維持できるビジネスモデルが見つかっていない。早急な対応が急がれる。

最新記事