英国の放送ってどうなってるの?part6 ~英国のローカルテレビ:前編~「データが語る放送のはなし」㉕

木村 幹夫
英国の放送ってどうなってるの?part6 ~英国のローカルテレビ:前編~「データが語る放送のはなし」㉕

英国篇もいよいよ大詰めです。最後は、日本や米国では当たり前でも英国では珍しい(?)ローカルテレビ局のお話しを、前後編に分けてお届けします。

唯一の独立したローカルテレビ局"STV"

英国篇の初回でお話ししたように、現在の英国のテレビ放送は、他の欧州諸国と同様に、全国放送が基本です。しかし、1955年に開局した最初の民放Channel3は、当初、異なる16の放送事業者が16の地域/時間別の放送ライセンスを所有し、運営するという日本の地上波民放ネットワークに類似した構造でした。しかし、ロンドンを拠点とするカールトンとマンチェスターを拠点とするグラナダテレビを軸として統合されていき、最終的に、全英で14の放送ライセンスを所有・運営するITV plc(本社:ロンドン)のITVとスコットランドで2つの放送ライセンスを所有・運営するSTV Group plc(本社:グラスゴー)のSTVの2つに集約されました。

最初から全国放送だったChannel4やChannel5とは異なり、Channel3の場合、現在でも制度上は、1つの全国放送(毎日6・00―9・25のみのライセンス。ITVの朝番組が相当)と15のエリア(リージョンと呼ばれます。ロンドンのみ平日と週末の2ライセンス)を単位とするリージョン局で構成されるネットワークです。しかし、ITVが所有するイングランド、ウェールズ、北アイルランドの13のリージョン局は、地元のローカルニュースは制作しますが、設備上ほぼ中継局としての機能しか持っておらず(個別のマスター設備なし。イングランド内2カ所のRed Beeの設備でのセントラルキャスティング方式)、ITVの支局という位置づけで"ITV Granada"(イングランド北西部とマン島)のようにITVを冠したブランド名で統一されています。ちなみに"Granada"は、ITVになる前の"グラナダテレビ "の名前を残したものです。同局は、『シャーロック・ホームズの冒険』(邦題)などミステリー系のドラマ制作を得意としていました。『名探偵ポワロ』(同)も同局の制作でしたが、統合後はITV制作になりました。

一方、STVの所有・経営主体であるSTV Group plcは株式公開企業であり、資本上、ITVから完全に独立しています。主要株主は、投資ファンドや金融機関など多くの機関投資家で、他のメディア企業やスコットランド政府、地元企業などの傘下でもありません。送信網は他の全ての主要放送事業者と同様にArqivaですが、Red Beeではなく自社のマスター設備を使っています。ローカルニュースの取材・制作・放送はもちろん、自社のスタジオ部門があり、ドラマなどの番組制作も行います。日本のローカルテレビ局の多くよりも資本上の独立性が高く、番組制作力も比較的高い水準を有しています。

以下、STVについてやや詳しくご紹介することにします。

スコットランドを"ローカルエリア"と呼ぶには
やや無理があるが......

ご承知のように、スコットランドは歴史的にイングランドとは別の国であり、2014年の住民投票では55対45でなんとか英国に留まりましたが、独立志向の強い地域です。独自の文化と言語を有し、自治政府と独自の議会を持つ連合王国の構成国(カントリー)です。日本のローカルエリアと比較すること自体に無理があるような気もしますが、その人口は545万人程度と日本で言えば、ちょうど北海道や福岡県と同じくらいです。ちなみに面積は北海道よりやや狭い程度です。

本稿では無理やり(?)英国のローカル局の一例として見てみることにします。

人口は北海道・福岡、売上は名古屋

STVの本社は、スコットランド最大の都市グラスゴーを流れるクライド川の河畔にあります(画像参照)。工業・港湾都市グラスゴーらしい近代的な社屋ですね。ここに本社とスタジオ(制作部門)が集約されています。筆者は2010年代に2度ほどこの社屋を訪問したことがありますが、内部も機能的、実用的なつくりです。

STV.jpg

<STV本社&スタジオ(グラスゴー)

*By Leslie Barrie

社員数は放送、スタジオ、デジタル、管理各部門の合計で400人強。2022年の総売上高は前年比4.6%減の1億3,780万ポンド(約220億円)、営業利益率は18.7%でした。同年のITV plcの売上高は前年比8%増の37億2,800万ポンド(約6,000億円)、営業利益率は14%でした。売上はITVのわずか3.7%しかありませんが、営業利益率ではITVよりやや高い水準を維持しています。うち広告収入は1億1,000万ポンド(約180億円)ですから、80%がデジタルを含む広告収入です。残り20%はスタジオ部門の収入です。

人口が、北海道・福岡規模で、売上高が名古屋規模なのは、STVがスコットランドにおける独占的な地上波民放テレビであることが大きいと思います。スコットランドには他にローカルの地上波民放テレビはありません。

もっとも、BBCは同じグラスゴーに画像のように大規模な制作・放送拠点を持っています。STVのすぐ近所にある似たようなガラス張りのモダンな局舎ですが、STVよりふたまわり近く大きく、辺りでもひときわ目立つ建物です。どこかの国でも似たようなことがあり......。

BBC.jpg

<BBCスコットランドの局舎・スタジオ

*BBC Scotlandウェブサイトより

ITVの番組制作費の7%を負担

さて、肝心の番組編成ですが、まずはITVとの関係を整理しておきます。なお、以下ご紹介する情報は、筆者がSTVで直接伺った情報とウェブサイト、STVやITVの年次報告書などで得られた情報をもとにしています。

STVにとってITVは"キー局"に当たります。日本の場合、ニュース・ネットワークの負担金などは別として、ローカル局はキー・準キー局が制作する全国ネット番組の制作費そのものを負担することは(基本的に)ありません。しかし、STVはITV(正確にはメインチャンネルITV1)の制作費のうち、全英でのスコットランドの人口シェアに相当する7%を負担しています。

そのため、STVはITVから供給される全ての番組の全てのCM枠を自社の収入にすることができます(ただし、番販の権利や収益配分はなし)。とはいえ、全てのCM枠を自分でセールスするのではなく、枠の約80%はITVが全国広告主に対してセールスし、STVはITVに手数料を支払います。残りの20%はSTVがもっぱらスコットランド内で自社でセールスします。

STVの番組の95%はITVの番組で、自社制作や購入・持ち込み番組は合わせても5%程度しかありません。なおITVの番組は局のロゴを全てSTVのものに差し替えて放送されます。ネット配信も同様で、STV Playerで視聴できる番組の大部分(ほとんど)はITVの番組です。放送同様、ITVのネット配信ITVXはスコットランドでは視聴できませんし、STV Playerもスコットランド以外では視聴できません。従って、STVはネット配信でも全てのCM枠を自社の収入にしています。

自社制作番組は週に5時間程度

図表に、STVの1週間のタイムテーブルから自社制作番組だけを抜き出し、お示ししました。1日あたり平日は40―80分程度、週末は15分。1週間で5時間程度です。内訳はローカルニュース(STV News)以外には、月曜から木曜の夜に放送されるスコットランドの時事問題を扱う番組(Scotland Tonight)、金曜の19時に放送されるマガジン形式のエンターテインメント番組(What's ON Scotland)の2つです。後者の番組は番宣も兼ねているようです。

以前ご紹介した米国の直営・系列ローカルテレビ局の編成では、1日あたりの自社制作番組(全てローカルニュースとローカル情報番組)放送時間は、最小クラスのマーケットの局で2時間30分程度、ニューヨークの局で7時間程度でした。それに比べるとSTVは随分少ないですが、これは、自社制作番組以外でも全て自社でセールスできるためのようです。

図表1.jpg

<図表. STVの自社制作番組(2023年4月最終週)

*STVウェブサイトより筆者作成

ローカルニュースは、多くの時間帯でITVが供給する全国ニュース番組に続いて放送されますが、日本の朝や夕方のニュースによく見られる全国ニュース番組の一部という形式ではありません。STVのローカルニュース番組では、スコットランドを4つのエリアに分け、エリア別にニュースを差し替えています(CMもそれぞれ異なるとのこと)。放送時間は短いですが、ローカルニュースには力を入れています。

さて、この記事を最初から注意深く読んでいた方は、ここで疑問に思うことがあると思います。STVのスタジオ部門は何を作っているのでしょうか? 自社制作のドラマなんて編成されていませんよね。

次回後編では、制作部門STVスタジオとネット配信STV Playerについてお話しします。

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