民放ラジオの未来を探る NABショー2025に見る最新動向とAI活用

片野 利彦
民放ラジオの未来を探る NABショー2025に見る最新動向とAI活用

民放連ラジオ委員会は、民放ラジオ局の経営課題の解決に向けた取り組みの一環で、2014年から米国ラジオ業界の調査を実施している。今回、民放ラジオ経営に役立つ最新動向を把握する目的で、2019年以来6年ぶりに、在京ラジオ社からなる調査団をNABショーへ派遣し、米国ラジオ業界を中心とした最新の取り組みを取材した。NABショーの基礎的な情報や全体の概要は先行する長井展光氏の寄稿に譲ることとし、本稿では民放ラジオから見たNABショーについて報告する。

なお、本調査はTBSラジオ、文化放送、ニッポン放送、J-WAVEから調査員を派遣し、Media Japan Networkの協力を得て行われた。

「ビデオポッドキャスト」の隆盛

IAB(米・The Interactive Advertising Bureau)とPwCの「Internet Advertising Revenue Report:Full Year 2024」によれば、2024年のポッドキャスト広告費は24.3億ドル(約3,524億円)となり、前年比26%増と大きな成長を見せた。そのような中で、ポッドキャストのフォーマットの一つである"ビデオポッドキャスト"が注目を浴びている。デジタル音声広告市場は成長を続けているものの、依然としてデジタルビデオ広告と比較すると小規模である。映像付き音声コンテンツであるビデオポッドキャストは、YouTubeなどのプラットフォームで配信することでオーディエンスの精緻なターゲティングが可能となるうえ、コネクテッドTV広告の在庫として扱われることで、GoogleやSpotifyなどのプラットフォーム経由での新規広告主の流入も期待されている。音声メディアにとっては、より大きな収益機会を秘めていると見られている。

とはいえ、制作現場に目を転じると、ラジオ局が映像制作に取り組むのは、ノウハウや専用機材の面で一定のハードルがある。NABショーでは、その解決につながり得るソリューションを展示する企業が見受けられた。

その一つが、2020年設立のRiverside社である。同社はAWSクラウドを基盤としたビデオポッドキャスト制作プラットフォーム「Riverside.fm」を提供している。日本語を含む数十言語に対応するRiverside.fmの編集画面には、動画・音声波形・文字起こしされたスクリプトが同期して表示される。最大の特長はその編集の容易さで、例えばスクリプト上の不要な部分を削除すると、対応する動画・音声が削除され、音声波形を編集した場合も同様に連動する部分が編集される。動画編集には不慣れなラジオディレクターでも、音声に近い感覚で編集が可能である。

また、SNS投稿機能も統合されており、投稿先に応じたアスペクト比(YouTubeは16:9、TikTokは9:16、Instagramは1:1など)への動画の変換も容易に行える。同社の担当者いわく、既存の映像コンテンツとビデオポッドキャストの違いは「名称が異なるだけ」とのこと。ラジオ局にとっては、制作コストを抑えながらリーチ拡大のためのリソースを確保できる有益なツールになり得るだろう。

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<Riverside.fmの操作画面。動画・音声波形・スクリプトが同期して表示される>

AIの実装

今回のNABショーの主要トレンドの一つであるAIについても、ラジオの観点から事例を収集した。

一例として、放送業界におけるAI技術のリーディングカンパニーであるFuturi社に個別取材を行った。同社はCM自動生成サービス「SpotOn」を提供している。これは、広告主に関する基礎的な情報を入力し、希望するCMのトーン(例:フレンドリー、真面目、ハッピーなどの感情)を選択するだけで、AIが自動的に脚本を生成し、自然なAI音声によるCMを完成させる機能である。これをクライアント向けのCMサンプルとして利用することで、効果的な提案が迅速かつ低コストで実現しており、特に小規模なラジオ局で導入されているそうである。同社はこの他、SNS上のニューストレンドを地域ごとに可視化するツールや、AIパーソナリティなどのサービスを世界22カ国、7,000を超える放送局に展開している。なお、日本語のAI音声のデモでは発音に不自然な部分があったものの、AI技術の進歩の早さからすれば、近い将来の克服を予感させる水準ではあった。

NABショーでは連日、関係者が登壇するミニシンポジウムのような"セッション"が場内の各所で開かれている。AI関連のセッションの一つでは、Futuri社のソリューションを評価すべき事例として挙げつつ、AIを利用する際の一般論として、「ハルシネーション」(もっともらしいが事実とは異なる情報)や機密情報の扱いなどへの留意が必要だとの指摘もあった。また、マーケティング領域でのAIの活用については、各プラットフォームを横断したユーザーデータの連携などの取り組みも紹介されていた。

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<会期中は様々なセッションが開催。写真は中小ローカルラジオ局向けのフォーラムの模様>

画期的なRadio Automation System(RAS)

近年のNABショーはいわゆる従来の放送にとどまらず、映像・音声・制作・配信など、コンテンツの上流から下流まで、そのバックヤードも含め、広範な産業領域をカバーしている。その中で、新たな潮流として上記のようなAI関連技術が注目を集めている一方、RAS(Radio Automation System)、すなわちラジオ局の運用業務、特に音声コンテンツのスケジューリングや送出(プレイアウト)関連の業務を自動化するためのシステムや関連機器も、一定のボリュームで展示されていた。ここではRCS、ENCO、WideOrbitといった"老舗"に並んで、来場者の注目を集めていたドイツ企業、Radio.Cloud社を紹介する。

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<BABYMETALのファンだというRadio.Cloud社の社員(写真右)が取材に応じた>

同社のRASサービス「Radio.Cloud」は"完全クラウドベースのソリューション"をうたっており、生放送、番組収録、メディアプレイヤー、タイムテーブル管理、コンテンツ管理、編集といった機能を包括している。例えば、基本機能の一つであるBroadcast Clock機能では、番組などの進行を「Elements」と呼ばれる要素をドラッグ&ドロップすることで容易に作成でき、それが円形グラフで可視化され、直感的に把握できるデザインとなっている。また、Live Studio機能では、マイク、コンピューター、インターネット環境さえあれば、場所を選ばずに生放送が可能となる。画面上の仮想フェーダーや物理フェーダーを通じた操作が可能で、映像付きでのリモート出演者の接続機能もある。このほか、AIによるDJ機能もあり、AIボイスとスクリプト(台本)の自動生成により一気通貫で音声コンテンツの制作が可能で、実際に24時間の編成をAIで作成し、AI DJによるトークで運用しているラジオ局も既にあるという。「Radio.Cloud」は、今回のNABショー内の賞を複数獲得しており、業界内での注目の高さがうかがえた。

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<Broadcast Clock機能機能の画面>

その他の動向と展望

その他、今回のNABショーの特徴としてはスポーツ分野への関心の高まりから、新たに「スポーツ・サミット」が設けられ、スポーツ中継、ファンエンゲージメント、権利ビジネスなどの課題についても議論が交わされた。放送局におけるスポーツコンテンツは、地元チームや選手の応援というローカル性や、受け手へのリーチやエンゲージメントの強化という点でますます重要となっており、今後もさらに価値が高まると見られている。

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<スポーツサミットでのセッションの模様>

先行する今年のNABショーに関するレポートなどで、AIがあらゆる分野の製品に溶け込み、実装が当たり前になったといった記述を見かけた。上記の事例以外にも多数の製品やサービスを取材したが、今後この傾向はさらなる広がりと深化を見せると思われる。民放ラジオがさまざまな課題に直面する中、経営面のメリットや新たなビジネスの種、さらに制作面の効率化につながる先進例を見つけるべく、継続的な調査の必要性を実感した今回のNABショーであった。

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