今年も米ラスベガスを舞台に4月5日から9日まで開催された世界最大の放送機器展「NABショー」。メディア情勢に関するセミナーも数多く開かれるコンベンションで、展示は「機器」からAIやクラウド活用サービス面に移った感があり、「映像産業」としての活気を見せた。一方、政策面では主催者NAB(全米放送事業者連盟)がローカル局対策で国に何を求めていくか注目された。参加登録者は5万5,000人と前年より6,000人ほど減った。しかし、参加者の53%は初登録、また出展者1,100社中125社が初出展だそうで、「狭義の放送」からの「選手交代」が進んでいる印象がある。
「ローカル局所有規制の緩和を」
就任3年目のカーティス・ルジェットNAB会長はこれまでロビイスト、政治家と続いてきた会長の中で久々のプロパー。また第2次トランプ政権が発足してアメリカが大きく変化する中で政府に対して何を求めるのか、スピーチが注目された。「放送局は、危険な気象現象の報道から地元のスポーツやニュースの取材まで、地域社会にとって極めて重要な役割を果たしている」と強調し、連邦通信委員会(FCC)に対して求める6つの政策を挙げ、「ローカル放送局がこの重要な役割を継続できるよう、政策の実現に向けて引き続き取り組んでいく」と述べた。
〈NABがFCCに求める6つの政策〉
①放送局の競争を促進するために、時代遅れの放送局所有規制を近代化する
②公共の安全を確保するためにAMラジオの自動車内設置(の義務化)(3月12日付記事参照)
③重要なインフラを守るために次世代地デジをサポート
④既存の広告税控除への有害な変更の防止
⑤地方ラジオへの新たなパフォーマンス税に反対(3月12日付記事参照)
⑥放送局のローカルコンテンツへの投資の保護
①はNABにとって長年の懸案で、トランプ政権下で施策「棚卸し」に着手したFCCに対してNABが強く求めている。現行規則では単一のローカルテレビ局グループが所有できるのは全米世帯の39%未満。同一ローカル放送エリア内で所有できる大手ネットワーク傘下のローカル局数にも上限がある。ラジオ局は同一エリア内で展開できる局数に制限がある。これはネットやスマホが普及する前に作られた放送のみを縛る規制で、YouTube、Apple、Amazon、Spotifyといった配信プラットフォームには制限がない。中小規模のローカルテレビ・ラジオ局は合併による規模拡大もできず、配信プラットフォームに太刀打ちできないというのがNABの主張だ。
〈カーティス・ルジェットNAB会長:NAB提供〉
〈AIに特化したエリア。中小含めベンチャーが出展〉
米国ではいくつものローカル局を持つ会社があり、その配下に入っている局は多い。規制緩和が実現すれば、放送局の合従連衡は進み、ローカル局生き残りの選択肢は増えるだろう。地方新聞の廃刊が相次ぎ、地域情報が届かない「ニュース砂漠」が問題となっている米国。また「コードカット」と言われるケーブルテレビ離れが進んだが、ローカル局はケーブルテレビから「再放送料」を徴収してきた経緯があり、ケーブル離れはローカル局の収入減につながる。資本規制の緩和がどう進むか、注目される。
次世代地デジか、5G放送か・・・
重要政策の③に出てきた次世代地デジ。関連機器メーカーともども出展した。ラスベガスで1月に開催された民生系ショーのCESでも展示しているが、それ以降、共和党政権に代わり、2月にはNABが次世代テレビへの移行計画策定を求めFCCに請願書を出すという変化があった。請願は「米国人口の70%を占める上位55市場は2028年2月までに現行のATSC1.0による放送を終了し、残りの放送局も2030年2月までにATSC3.0への移行を完了する」という2段階のスケジュールがその内容。次世代地デジ関係者は「政権が代わってからあまりにいろいろな変化が起きているので次世代地デジに関しては、まだ急激な変化はない」といささか当惑気味に述べた。
〈次世代地デジ「ATSC3.0」ブース〉
「内憂」もある。「次世代放送よりネット5Gの時代では?」と、次世代地デジへの切り替えに異を唱える勢力が放送界の中にある。小出力のテレビ局のグループで、「小規模局の強制切り替えは反対、5Gでの放送を」と主張している。「フルパワー放送局(最大1,000kW)=NABはこれら放送局の団体=次世代地デジへの切り替え派」と「小出力のテレビ局(15kWまで)=低出力テレビ放送事業者協会(LPTVBA)=5G放送支持」という構図だ。5G放送支持派は、NABショー期間中も5G放送のメリットをアピールするセッションを開き、5Gはすでにスマートフォンに実装されていて柔軟性、拡張性がある、世界的な規格の統一に向けた動きとの整合性があると強調した。
ところでNABショーには「フューチャーパーク」という新規技術を紹介する一角があり、かつてはNHKが8K映像のシアターを構えていた。このところNHKの出展はなく、今や米国方式次世代地デジを導入している韓国勢中心になった。また、地デジでは日本方式を採用したものの、次世代地デジでは米国方式を採用したブラジルはその将来戦略についてのセッションを開いた。これも考えさせられるシーンだった。
〈「フューチャーパーク」は米国式次世代地デジを採用した韓国勢が占拠〉
AIやクラウド活用のオンパレード
駆け足で会場内の印象を......。セッションでもマスター機能のクラウド利用が提案されていたが、一般のネット回線を利用することでの遅延や中断、セキュリティー対策も俎上に。放送界でも存在感を増すAWS(アマゾンウェブサービス)はF1のレースシミュレーター体験、クラウドを利用したライブ映像制作、AIを利用したハイライト映像の自動制作をデモしていた。「価格明記」で最大級のブースを構えるBlackmagic Designでは映像をクラウド上の配信先に出力するデモが注目されていた。キヤノンは昨秋の欧州IBCに続き人間のカメラマンが撮る映像に合わせてAIが残り数台のカメラで違う角度の映像を撮るデモを披露。ソニーではバーチャルセット背景のLED表示がより自然に見える技術が注目された。
〈AWSはロビーでeスポーツF1をデモ〉
〈AWSライブクラウドプロダクションのデモ〉
〈「AIって最低?」と挑戦的な巨大サイネージ〉
「放送」だけでなく「配信」があるからか賑わう展示、かたやローカル局の存続問題。これはコインの裏表なのか......。米国の動向から目が離せない。