米NBCにとって五輪は旨味があるのか 視聴はストリーミングにシフト~「21世紀メディアはどこへ向かう?」 ①

津山恵子
米NBCにとって五輪は旨味があるのか 視聴はストリーミングにシフト~「21世紀メディアはどこへ向かう?」 ①

東京五輪が8月8日、閉幕した。米国で五輪放送権を独占するネットワークテレビ局NBCにとって、「成績表」はどう出たのか。まず、視聴者数は過去最低だった。しかし、ストリーミング配信の視聴者は激増し、「五輪の新しい視聴方法」への道筋をしっかりと開拓した。しかも、広告主からだけではなく、ストリーミング配信契約料を視聴者から直接得るという新たな収入源さえ得た。

米国で五輪の放送権を持つのは、3大ネットワークテレビ局のNBC1局だけ。これは、視聴者にとって何を意味するのか。コンソーシアム形式を取る日本と異なり、CNNも含め、他局で見る五輪ニュースの映像は、金メダル選手の「写真」だけだ。陸上競技選手の新記録の瞬間、女性体操競技で技が決まった瞬間のビデオは、NBC以外の局では見られない。しかも、NBCは時差があった場合、ほとんど生中継はせず、プライムタイム(午後8時〜11時)まで、「感動瞬間」を放送はしない。

しかし、米国の視聴者はプライムタイムの放送まで、競技結果を待つ必要はない。ストリーミング配信で全競技を見られたためだ。視聴できるのは、NBCOlympics.com、NBC Sportsアプリ、ピーコック(Peacock)アプリの3つのプラットフォーム。NBCは、全競技のストリーミング配信を以前から行っていたが、今回新たに加わったのが、親会社NBCユニバーサルが運営するストリーミングサービスのピーコックだ。

ピーコックは2020年7月、Netflixやアマゾン・プライムなどの後塵を拝する形で配信サービスを始めた。ローンチと同時に東京五輪で視聴者を底上げする狙いだったが、五輪は延期となった。基本的にアプリをダウンロードすれば無料・広告付きでほとんどのものが視聴できる。しかし、人気ドラマなどを見るためには月額4.99ドルの有料コースの契約が必要だ。

今回の五輪では、ほぼ全競技を無料で視聴できた。しかし、米国のバスケットボールチームの試合の生中継だけは、有料とした。

ストリーミングなら体操や水泳など花形競技を、リアルタイムで見られる。時差はあったものの、スマートフォンで寝ながらでも視聴できる。また、テレビで放送しない競技でも、馬術などは高所得層の根強いファンがおり、オンラインとしては単価がいい広告収入を得られるという。

収入面をみてみよう。NBCユニバーサルのジェフ・シェル最高経営責任者(CEO)は6月14日、東京五輪では同社として過去最高の広告収入が見込まれ、「楽観視している」と語った。ロイター通信によると、最新の金額は明らかにしていないが、昨年3月時点では12億5千万ドルと発表していた。

NBCは、東京までの4大会で43億8千万ドルの放送権契約を国際オリンピック委員会(IOC)と結んでいる。1大会当たり10億ドル強の放送権料で、全米広告収入が12億5千万ドル超とすると差し引きは単純に2億5千万ドルと、前回のリオ五輪の利益と同水準となる。

一方で、視聴者数は、1988年にNBCが五輪の放送を始めてから過去最低となった。直近の五輪の平均視聴者数(プライムタイム)は以下のとおり。

2021東京五輪 1,550万人
2016リオ五輪 2,670万人
2012ロンドン五輪 3,110万人
2008北京五輪 2,720万人

東京五輪は、ロンドン五輪の半分に落ち込んでいる。その理由は、いくつかある。まず、東京との時差があり過ぎる。競技が行われている時間は、米国の夜から未明にかけてで、NBCが広告がつきやすいプライムタイムまで放送をしない理由もここにある。

第2に、特に若い人の間で、テレビ放送離れが著しい。放送を見るためにペイTV(CATV、光ファイバーサービス)に支払う契約料が高く、契約しない人が増えている。テレビは、ストリーミングのビデオを見て、ゲームを楽しむ端末というのが、筆者の周りでは普通だ。彼らが見る人気番組も、Netflixなどストリーミングに集中している。

第3に、ストリーミングを見る習慣は、新型コロナウイルスの感染拡大による自宅待機・自宅勤務で加速してしまった。

しかし、ストリーミング視聴時間は累計55億分と過去最高だった。若い人は、ストリーミングで好きな時にビデオを視聴し、主にベビーブーマー(米国では1946〜64年生まれ)はテレビで放送を見るという世代による視聴方法の違いを反映している。

デジタル・ジャーナリズムを研究するハーバード大ニーマン・ラボの記事「視聴率は芳しくなかった しかしビデオの将来を見せた」によると、2016年から五輪の視聴率が下がっているにもかかわらず、NBCの広告収入は、12年に対し、16年も21年も増えている。そのカラクリは、視聴率が下がっても、2週間も連日約1550万人もの視聴者を得られる番組は他にはないという「希少性」にある。NBCは、広告主と広告会社に対しそのセールスポイントをアピールしているという。

NBCは、五輪視聴率がよくなかったため、五輪向け広告を広告主には無料で他の時間帯に流したりした。それでも全体として広告収入は上がっている。

また、五輪期間中は、朝の情報ニュース番組「トゥデー・ショー」や夜のニュース番組「NBCナイトリー・ニューズ」の視聴率もかさ上げされた。これは、他のネットワークテレビ局が五輪の動画をニュースで流せないためである。

さらにNBCは、ストリーミング配信のピーコックからの視聴料収入という新たな収入源を得た。

NBCは、ピーコックや他のアプリの五輪データを8月18日時点で公表していない。しかし、前出のニーマン・ラボ記事は、NBCにとって東京五輪が、ストリーミング配信で成功した「元年」になる可能性があると指摘している。

テレビの視聴者数が過去最低だったとはいえ、番組の質が悪かったわけではない。8月11日のアベマプライムに筆者が出演した際、パックンがこう指摘していた。NBCと日本の放送の両方を見比べていたが、NBCでは五輪の歴史の専門家などの話が面白かった、という内容だ。

私も同感だ。しかも、1年の延期、「バブル」の中での隔離、無観客といった異常な条件の中、選手らは次々と記録を更新した。

五輪放送の制作が悪かったのではなく、大会を見る手段が、テレビ放送からストリーミングにシフトした。

五輪と放送局の歴史を振り返ると、放送にとっての技術革新は、五輪を目標に実用化されてきた。1968年のメキシコシティ五輪では、米ABCがカラービデオカメラの小型化に成功した。92年のバルセロナ五輪では、全ての番組をSDとHDの2つのシグナルで初めて送信し、NHKがHDTV機材を初めて使用した。

東京五輪は、新型コロナの感染拡大時に開かれた異常な五輪だった。しかし、NBCは放送局として、新たなサービスを着実に視聴者に提供した。日本の放送局では、どんな技術革新を視聴者に提供したのであろうか。

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